第4話 嘘(正解)と真実(まちがい)

 それが、自分が見ている夢だという事にはすぐに気がついた。


 しばらくは見ていなかったが……あの小娘のせいだとはすぐに気がつく。



 まるで、鏡を見ているのに、別人がいる気分だ。


 目の前の人間やがみは、至って真面目に事件に向き合っている。

 当時は18歳……警官という職について間もない。


 狂人と異常人が集うこの島で……

 目の前の男は力をつけることだけで満足しその正義を執行できると信じている。


 そんな愚かな人間の側には、男の妹が新人として手柄に焦っている男の手助けをしている。

 来年ようやく中学を卒業する、まだ幼い少女。

 それでも、新人である兄を心配するようにその手助けを名乗り出た。


 

 その手助けの甲斐もあってか、追っていた事件の犯人である殺人鬼を追い詰める。

 殺人鬼に拳銃を突きつけ追い詰める。


 迷いが生じる……。

 こんな島のこんな場所で……引き金を引いても……

 それはきっと正当化されるんだ。


 情けをかける必要の無い相手……

 目の前の殺人鬼は幾度も同じ命を手にかけてきたのだ。



 失うものなんて無い……むしろ、こいつに命を奪われたモノへの報いを……

 迷うな……撃て、八神ソウスイ……そう自分に告げる。


 迷わず引き金を引け……その先には後悔しかない。


 そんなちっぽけな綺麗ごとや情けは誰も救わない……


 引き金を引け……早く、引き金を……


 その俺の声は、夢の住人に届かない。



 やめろ……やめてくれ……

 やがて、夢は佳境を迎える。


 もう……やめてくれ……


 そんな、形ばかり優秀な成績で警官となった男の前に少女が立ちはばかっている。

 馬鹿な真似しないでと……次の行動を阻止する。


 殺人鬼は拘束され、事件は終息する。


 だから……


 俺は、殺人鬼キラーと呼ばれることもないそんな未来を願う少女は、

 にっこりと微笑み……


 「将来、私がお兄ちゃんのパートナーになってあげる」

 そんな危なっかしい、男のそばにいると言う。


 男は、鼻で笑い拳銃をおろし後ろを振り返る。


 「……婚期が遅れるぞ、こんな男の世話をする前にてめぇが幸せになれ」

 そう男は返す。


 少女は楽しそうに笑いながら……


 「お兄ちゃんが出世して……お兄ちゃんが結婚したら、考える………」

 その言葉が……途中で途切れる。



 不思議に思い男が振り返る。



 思考が追いつかない……

 気がつけば手にした拳銃を発砲していた。


 拳銃の弾は殺人鬼の額を撃ち抜いた。


 「……ごめんね、今の約束……果たせそうにないや……ごめんね、おにいちゃん」

 殺人鬼が手にしていたナイフが少女の腹部を突き抜け、腹部からその先端が見えている。


 少女はそのナイフによる致命傷に倒れ……

 殺人鬼は男が放った銃弾による致命傷で倒れる……


 「……ひ……より?」

 男がよろよろと少女に近寄る……


 「いつもの……悪戯だろ?悪い……冗談だろ?」

 よろよろとその身体の元に寄ると抱きかかえる。


 「おに……ちゃん……わね……ひよ、りの……自慢の、優しい、お兄ちゃん……だから……ね……」

 ずっと変わらずに……居てね。

 そう、がくりと握った手が重力に逆らうことを止めた。



 「あ、あ……あぁーーーーーーーっ」

 目の前の男はただ……情けなく泣け叫ぶ。

 自分の無力さと不甲斐なさを省みるだけしかできない。


 「あーーーーーーーーーーっ」

 そんな叫ぶ男をあざ笑うように……


 「ひひっひひひ……」

 虫の息の殺人鬼は、地に蹲りながら笑い続けている。


 「あっ…う……ああ……」

 冷静さを失っている……


 妹が……ひよりが……

 なのに、なんでこんな奴が……?


 拳銃の音が鳴り響く。

 息の根も聞こえなくなったその殺人鬼の頭を何度も何度も、

 その骨が粉々になるまで何度も何度も踏み続ける。


 ふざけるなっ……ふざけるなっ……


 ひよりが笑うことのできなくなった世界で、

 てめぇのきたねぇ笑い声を響かせるんじゃねぇ……


 壊せ……壊せ……


 許すな……絶対に……


 そんなさつじんきに……

 そんな綺麗ごとや情けは……絶対にかけるな……もう二度と後悔などするなっ



 ・

 ・

 ・




 また……翌朝。




 答えなど簡単だ……

 正せ……見ているものを正しい形に……


 ほらそれはそこに居る……。




 鬼刀 ジンは……一人誰よりも先に客間に居た。


 次男であるエンと同様に壁に吊るされるようにその姿があった。



 朝食、自然と集まった者たち。

 その……目の前の出来事を受け入れられない中、

 一人、ボクの隣で震える女性。


 鬼刀 ヤシャ……


 ボクの目の前には紛れもなく、鬼刀 ジンの死骸がある。

 それは、ボクの目がしっかりと確認している。


 見た真実を受け入れろ。

 見てない嘘を見極めろ。


 ボクの目の前で起きた二つの事件。


 そんなモノに目をくれるな。


 を見るな。

 を見ろ。


 そこにそれは隠れている。


 逸見トウタお前は、警察でも探偵でも無い。


 アリバイもトリックも考えるな……


 綻びを探せ……嘘を探せ……


 それがこたえだろ……それがお前の探す戯言だ。





 そんな事件の後だ。

 それぞれが、自由に与えられた食事を取り、ボクは自部屋に戻ってきた。


 その場にはナギちゃん、ヒイラギ、ネイネちゃん、そして……ヤシャちゃん、ボクを合わせた5名が居る。



 次は自分だと震えるヤシャちゃん……

 鬼刀家と呼ばれ、それなりの剣術を持つ家庭であろう。


 そんな彼女たちですら、鬼の前では震えているだけだった。



 「ヤシャちゃん……正直に答えてほしいんだ」

 ボクがそう彼女に告げる。

 彼女の知る……真実を……嘘を……正さないとならない。


 「……長男、次男、三女、末っ子……の四人は本当にきょうだいなのかな?」

 そのボクの質問に……



 「……コウだけは……義母あいつの連れ子」

 そうぼそりと呟く。


 ゆっくりと頭の中でパズルを嵌めていく。


 「あの……乾 コタロウタという人は?」

 そのボクの質問に、ヤシャちゃんは首をふり……


 「乾 コトハが連れてきた……」

 それしか知らないと……告げる。



 人を見抜く力があるわけじゃないが、嘘はついていないだろう。


 「それじゃ……その乾 コトハは?」

 そのボクの質問に、ヤシャちゃんが青冷める。


 ナギちゃんも、ヒイラギも、ネイネちゃんも黙ってボクらのやり取りを見ている。


 「……し……らない」

 震える声でそう告げる。


 それは、答えだ……ヤシャちゃん。



 「それじゃ、次の質問をYESかNOで答えてくれる?」

 ボクのその問いかけに、沈黙する。


 ボクは構わず続ける。


 「乾 コトハは……ヤシャちゃん、君のお母さんなんだよね?」

 ボクのその問いかけに……

 場は沈黙する。


 「残念だけど……そこでの沈黙はさ……」

 YESなんだ……ヤシャちゃん。


 ボクのその言葉に振るえ続ける。


 最高に痴れ事だ。

 震える彼女……

 壊して……正す……


 お前はそれで、彼女を救っているつもりなのか?


 その偽りを何処まで受け入れる?

 その嘘を何処まで知っている?



 「いったい、どういう事だよ」

 そうヒイラギがボクに問う。


 「鬼刀家は、ガイ、アゲハ、ジン、エン、ヤシャの五名……」

 ボクはそう自分の頭の中を整理するように……


 「母、アゲハを失い……義母として、レイとコウの二人が新しい家族となった」

 ボクはそう整理する。


 「そして、屋敷の手伝いとして雇われた乾 コトハ、乾 コタロウタ……多分、この二人も義母の二人と同時期に雇われたんじゃないのかな?」

 ボクのその質問に……ヤシャちゃんは沈黙で返答する。


 今回のしんじつ二人と部外者の二人が同時に現れた……


 王手はかかっている……それでも、いったい何が足りない?


 鬼刀の名を語らぬ二人がそこに居る……


 「母親が……鬼を連れて帰ってきた?ってことは……」

 ネイネちゃんが……その真実にたどり着く。


 王手はかかっている……軍艦将棋には、

 地雷……スパイが紛れている……


 最後の一手に戸惑っている。


 彼女やしゃちゃんは何処までその偽りを把握している?

 彼女やしゃちゃんは何処までその嘘を知っている?


 そこに綻びがある……

 彼女が信じている真実うそがそこにまだ在るんじゃないのか?


 その綻びは何処だ?

 お前の探すこたえはなんだ?


 逸見トウタ……お前は馬鹿か?

 痴れ事ばかり言っているだけか?


 彼女は正直に答えただろ……


 彼女はそれを知っているしそれを知らないと答えた。


 後はそれを正すだけだ……



 考えろよ……お前の小さな脳で……


 そう、彼女はそれを見間違うはずは無い。

 見誤るとするのなら……


 だったらそれがでいいのだろう……


 ただ……それは、そいつは……


 たぶん、ボクが動くことなく、彼、彼女がどうにかしてくれる。



 だから……ボクは……



 その視線は今もボクを追い続ける……


 それは救いか……災いか……



 もしかすると……そんな何者かの出番など今回は必要ないのかもしれない。


 

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