phase.2

いくら逃げようとも気味の悪い音はどこからともなく聞こえてくる。

時には耳をつんざくような奇声やボソボソと何かを呟くような声が聞こえた。

明らかに 人ではないモノ が見えることもあった。

幸いなことに私はまだ彼らに見つかっていないようで泡の怪物以降追いかけられることはなかった。


しばらくこの建物を探索して分かったことが三つある。

一つ、ここには窓が存在しないこと。

二つ、鍵のかかった扉がいくつもあること。

三つ、その扉を開ける鍵は怪物の声や姿を確認した場所に必ずある、ということだ。

怪物がいるかもしれない場所に自ら向かうのは本当に気が進まない。

しかし鍵を手に入れないと出口に辿り着くことも出来ない。今にもおかしくなりそうな精神状態でまた一つ、中から微かにうめき声の聞こえる扉を開けた。


「うぅ…」

部屋の中にいたのは怪物ではなく人だった。



「君も気が付いたらここに?」

大きな怪我はないものの消耗しきっている様子の男がそう尋ねてくる。

君も、ということはこの男も同じ境遇なのだろう。

「はい。何でここにいるのかも、自分の名前も、全部分かりません」

私がそう言うと、あまり感情の読めない表情で男は「そうか」と呟いた。

そしてしっかりと目を合わせて「一緒に出口を探そう」と言ってくれた。

ずっと一人で心細かった私はじわりと目頭が温かくなるのを感じて、顔を隠すように力強く頷いた。



「なんて呼べばいいかな」

お互いに名前を忘れてしまった私たちは呼び方に困っていた。


「君は、全体的に白いから…シロちゃん、とか?あ、猫みたいで嫌かな」

「…じゃあ、お兄さんは黒いからクロ?」

「…はは、そうだね、クロでいいよ」

「じゃあ私もシロでいい」

「うん、改めて…よろしく、シロちゃん」

「よろしく、クロ」

「はは、呼び捨てなんだ」


その後も私たちは恐怖を紛らわせる為にたくさん話をした。

感情の表現が控えめな割にクロは意外とよく喋る。

記憶がないからお互い自分について喋ることはなかったけれど不思議と会話は弾んだ。

クロは目が覚めたら赤黒いドロドロの怪物が体中を這っていたらしい。

慌てて振り払って部屋を飛び出したところで私が見たのと同じ泡状の怪物に襲われたのだという。そして命辛々逃げ込んだ先で倒れているところを私が見つけた。

「だからシロちゃんは俺の命の恩人だね」

クロはしきりに何度もそう言う。あまり助けた実感はないのだけれど。


「ぐぇ」

「ぐぇ」

「ぐぇ」


突如蛙の潰れたような声が三回続く。

私もクロも慌てて声の先を見ると人型の、人じゃないモノが三つ私たちの背後に迫っていた。まるで影をそのまま立体にしたかのような不気味な姿に笑った目元だけがはっきりと見える。気付いた時にはその真っ黒な手に突き飛ばされ、さっきまで開けられなかった扉の先に閉じ込められていた。

「シロちゃん!」

焦ったクロの声がもう開けられない扉の向こうでよく響いた。

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