Pandemic

まえうしろ

phase.1

ゴポゴポ、と誰かが溺れてもがいているような、そんな気味の悪い音がずっと後をつけてくる。

私は怖くて走り回った。暗い暗い廃病院のようなこの場所は、いくら逃げ回っても窓すら見当たらない。足元は何かで濡れている。同じように壁も濡れている。

鉄臭い匂いに気付かないふりをしながら私は出口を探し続けた。



「暑い…」

あまりの暑さに目が覚めた。いつのまに眠ってしまったのだろうか?

気が付いたら見覚えのない真っ白なワンピースを着て、知らないベッドの上で横になっていた。

「どこ?ここ…私、何を…」

そう口に出して気付いた。私は、そもそもどこにいて、何をしていたんだっけ?

何も思い出せない。住んでいた場所も、家族のことも、自分の名前すらも。

気味が悪くなってとりあえずベッドから抜け出した。

起きたばかりで記憶が混乱しているだけかもしれない。

誰かに会えばすんなり思い出せるかもしれない。

そんな楽観的なことを考えて、目の前にある扉を押し開けた。すると、


部屋の中央に、見たこともない巨大な泡状の怪物がいた。


「っ…!」

驚きすぎて声も出なかった。

泡のようにぶくぶくとした形状に肉感のある皮膚、目が歪に何個もあって常にぎょろぎょろと四方八方を見ている。周囲は血肉の腐ったような悪臭が漂っていた。

私はその強烈な臭いに思わずむせ返る。

その瞬間、バラバラな方向を見ていたはずの歪な目玉達がすべてこちらを向いた。

目が合った。合ってしまった。


ぐじゅり、と形容できない音を出したかと思うとその怪物はずるずると私に近づいてくる。

決して速くはないが怯えて足が震える私に追いつくには十分なスピードだ。

滑る床を震える足で踏みしめきれずに転ぶ姿はさぞかし滑稽だっただろう。

必死で這いずりながら私は怪物から一番遠い場所にある扉に縋りつき、滑り込んだ。

開けた先はどうやら部屋ではないようで長い廊下に繋がっている。相変わらず薄暗いもののここに怪物の姿は見当たらない。あまりの恐怖に後ろを振り返らずに逃げ回った。

そうしていつしか泡の怪物はいなくなっていた。ただずっと、ゴポゴポという音だけがついてまわった。



『 あれをここから出してはいけない 』

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