曖昧なけれどたしかな日々

13-01 部誌『薄明』平成二九年夏季号にまつわる後日談



 そのようにして、きっと、あらゆることはぜんぶ、統一性をうしなった。


 こういうことだ。


 俺には、たとえば、出生の秘密がある。

 俺には、たとえば、誰かの痛みを見て見ぬふりした過去がある。

 俺には、たとえば、半分だけ血の繋がった妹がふたりいる。

 俺には、たとえば、書いてきた文章がある。

 俺には、たとえば、……たとえば、たとえば……。


 そしてそれらの「たとえば」は、なにひとつ、統一された物語を生み出さない。


 変な夢を見たことも、変な出来事に巻き込まれたことも。

 

 べつにそれらはただなんとなく偶然に起きて、結果として、俺をここに運んできて、すべてがつながって大きな物語を生み出したりはしない。


 なにか綺麗なエンディングに、俺を運んだりはしない。

 日々は、あたりまえに危うく、あたりまえに続いて……。


 いくつかのことは、たぶん、忘れられる。


 そして罪は、償いは、終わらない。



「きっと、それでいいんだよ」、と青葉は言った。


「それでいいと思ってしまったら、だめなんだけど。だから、言葉じゃむずかしいな」


 ほんとうに自分のことみたいに、彼女は困った顔をするのだ。


「不可能な償いを、果たし得ない償いを、それでもなお続けること。そうすることでしか許されなくて、でも、そうすることで許されるとは思ってはいけなくて、だからその……『こうすれば許される』と『こうしても許されない』の反復横跳びのなかで……たぶん、その往復だけが……たぶん、ぎりぎり許されることなんじゃないかな」


 それが正しいのかどうか、俺は知らない。

 正しいかどうかも、もう、関係ないかもしれない。




 捏造された二冊の『薄明』と、新しく作った『薄明』は、奇妙なほどの騒動につながった。俺は新しく作った夏季号で、去年のましろ先輩の書いた文章の一部を補足するようなかたちの散文を書いた。そのために、『ましろ先輩が書いた文章の不足を補うようなかたちで、捏造した春季号・夏季号を根拠にした。


 そのために、去年のましろ先輩の大立ち回りを覚えていた新聞部とオカルト研究部が『薄明』の内容に着目し、おかげで俺はオカ研の現部長と新聞部を通して対談するはめにまでなった。


「去年の部誌におけるましろ先輩の原稿は、ページ数の関係もあって不十分であり、結果として記述が曖昧であったり論証が不十分な部分があった。また一部の文章には明確な誤りがあり、それを修正しつつ彼女の論を厳密にしていくことが自分の役割だと思った」というようなことを俺は喋った。


 俺が捏造したのは七不思議の詳細だ。

 

 まず、『予言の手紙』の射程について言及した。それは『予言』とは名付けられているが、この言葉はましろ先輩が名付けたものであって、文章中にはそれが予言であるとは記されていない。ただ明らかにおかしな届き方をする手紙があるというだけだ。性質的に予言は未来から届くものであるが、それは過去から届くかもしれないし、未来から届くかもしれない。また、ここではない別の世界とつながっているかもしれない。またその七不思議は別の七不思議である『鏡のなかの異界』ともつながっているかもしれない。ここが俺のいちばん大切な部分だった。そして『薄明』平成四年春季号に残る記述をさかのぼると、『それは過去すらも変えてしまうかもしれない』。オカルト研究部の現部長は俺が知らないSFのタイトルを挙げつつ俺の意見に興奮した様子だった。「そしてここからが大事なところですが」と俺はもったいぶっていったのだった。「この手紙は図書室の本にメモ用紙のようなものとして挟まっているそうですが、手紙が挟まれていた本にこちらから手紙を挟んでおくと、そのメモはいつのまにかなくなっているそうです。つまり、手紙はこちらからも届くのです」このあたりが対談の最高潮になった。放送部のインタビュアーは「でもそれは誰かのイタズラってことは考えられないんでしょうか」といったが、俺とオカ研部長は無視した。「記述によると、たとえば図書室の本棚にある本でなくとも借りていた本でもそういうことが起きたそうです」俺はためをつくった。「誰が人の鞄のなかに入っている本を取り出してそれに手紙を挟むでしょう? ただのイタズラのために?」「ううむ」と楽しげにインタビュアーは唸った。


 俺は適当なことを言った。「きっとこれらの七不思議はそれぞれがお互いに密接に関わり合っているのではないでしょうか。それらに通底しているのはおそらく、この学校には、異界や異境とでも呼ぶべきべつの空間、べつのルールがあるということ。そこからそれらの不思議は、我々の現実に滲み出ているのではないでしょうか。もちろん俺はオカルト研究部の人間ではありませんから、そういうことをまるっきり信じるという立場ではありませんが、俺は文芸部ですから、言いたいのはこういうことです。文章を読めば、ちゃんと読めば、そしてそれが正しいことを記述していると信じるならば……それはそういうことになるんです。書かれたことが嘘かもしれないとか、そんなことを考えるのは文芸部のやることではないです。文芸部は文章を読み、書く部です。俺たちはもっとも基本的な意味で、書かれた文章を読むことが仕事なんです。そこに書かれたことが本当かどうかとか、検討するのはとりあえず後回しにして、俺たちはその文章を、とりあえず読む。そしてその意味を理解しようと努める。その結果、こういう文章が出来上がりました。少なくともそういう文章を書いた人間がいた。あとのことは、オカルト研究部さんに判断をお願いしたいです」


 もちろん嘘だ。書かれたことは嘘だ。書いたのは俺なんだから。そして、ましろ先輩のケアも忘れてはいなかった。


「桜の木の守り神というどこか牧歌的な七不思議に関しても、ましろ先輩が記述した以上の文章が見つかりました。彼女は異界の存在であり、「異界」……なんらかのかたちで「異界」に辿り着いたものだけが、その姿を認識し、その声を聞くことができる。そういう話になっています。このように、原文を読み、あらたなる注釈をつけることが、たぶん俺たちがしなきゃいけないことです」


 嘘だ。

 俺がつくったのは注釈ではない。モンタージュだ。


 それでいい。

 嘘でもいい。


 俺はやがて罰をうけるのかもしれない。

 少なくとも、正しいことをしようとしてはいない。


 おかしなことを言っているやつ、という評判になって、もともと浮き気味だった俺はクラスからさらに浮いた。それはそれとして話しかけてくれるやつは増えた。副産物、というにはあまりにも大きい影響が俺の身に起きた。


 それはそれとして、オカルト研究部の現部長は、なにかと文芸部にやってきて俺に意見を聞いてくることが増えた。俺は正直けっこう困った。



 そして、俺は、ボルヘスの『伝奇集』に手紙を挟んだのだ。


 ちどりに。

 彼女に。


 届くわけがない。


 だから、こうした。『たくさん書いた』。

 

 ちどりがいなくなるより前の、文芸部の人間に、あるいは、この高校の図書室を利用したすべての人に、誰でもいい、誰かに届くように。

 届いたところでどうなるかもわからない。


 とにかくそこに、俺のあやまちと、俺の迂闊さと、……を、書いた。


 手紙はたしかにどこかに消えていた。どこに届いたかは知らない。

 いまのところ、世界はなにも変わっていない。

 

 ちせがみつけた一枚の手紙が帰ってきただけだ。


 それで十分という気もした。



 なにが終わったのかわからないまま、なにか終わったような気がして、俺はあたりまえに日々を過ごし、もうすぐくる夏休みに、少しだけ心を沸き立たせながら生活をした。

 

 ときどき屋上に昇って、空を見た。


 そこにある空は、あたりまえの青空だろうか。

 ほんとうの青空だろうか。


 どちらかもわからない。

 でも……たぶん、俺はいま、ひとりではないんだろう。

 そういうことが、少しだけわかった。


 少しだけ、それがうしろめたくて……そのうしろめたさに、少しほっとして、ほっとしている自分がまたうしろめたくて……。


 ときどき鳥の影が飛んでいった。


 ときどき、青葉が俺のところにあらわれて、俺の膝に頭をのせて昼寝をした。

 

 そういうときほんとうに思う。

 こいつはたぶん、俺がぜんぜん気付かないところで、俺をずっと助けていたのかもしれない。


 俺に与えられるそういう時間が、ちどりや、あの子にもあってもよかったのだ。あって悪かったわけがない。


 それが……悲しいと思うのは、きっと思い上がりで。

 その思い上がりのなかで、俺は瀬尾の髪にふれる。


 彼女の口元が猫みたいにゆるむ。


「……起きてるだろ」


「……ねてるよー」


 


 

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