盗賊 アシアが堕ちる迄

迷いの森

一度迷うと二度と出ることは叶わないという

出られても正気を失うという


「メルクーア、聖女、魔道士、何処」


アシアは勇者一向の一人だ。

職業は盗賊,宝物を開けたり暗殺をしたりなど身を潜める職だ。

この森でも気配を消しながら辺りを見回していたのだが

気づけば仲間と逸れていた。


「…気配がわからない…」


迷いの森というだけある。仲間の気配が一切感じられなかった。


「僕がいないと、みんな大変。早く合流しないと」


とにかく僅かな痕跡を見逃さないように歩き回ると

ようやく気配がした。


ただし、人の気配ではなかった。

「っ!!魔物」

「魔物だなんて酷いな、俺とアシアの仲じゃないか」

「─────え?」


確かに違う気配なのに,よく知る顔が

「どう…して、お兄から、魔物の、気配が」

そこにはあった。

アシアが勇者一向と旅に出る前まで

生まれてからずっと自分を育ててくれた、育ての兄 トウマが。


トウマと呼ばれる青年は、じわじわと此方に歩んでくる。

ふらふらと、両手を広げながら、朧げな瞳で此方を愛おしそうに眺めてくる。


「アシア、アシア、あしあ、あしあ、寂しかったよ。勇者と共に旅をしてしまって、会いたくて会いたくて,来てしまった」

「え…トウマお兄なんで…どうやって…」

「あぁ…アレ、あぁ、これ?アシアが、アシアが大切すぎて、こうなったんだ。アシアがアシアはアシアを、汚して俺の手で壊すんだ。もう俺から離レラレナイヨウニ」


脱兎

ヤバい、と感じた


トウマはアシアの育ての兄

共に暮らしてきた優しいお兄さんだった。両親を亡くしたアシアをここまで育ててくれた、本当の兄の様に慕っていた

兄だった。


「あぁ,アシア!!アシア!!!!!お前の血はさぞ美味しいんだろ??!喰わせてくれ穢させてくれ!!!!!」


トウマは、白魔道士だった。

聖女ほどではないが、浄化の力を持つ珍しい青年だった。


この世で魔王軍が人々を魔物に変えて来ているのは今までも見てきた。勇者達と共にそんな人々を見てきた。

しかし、聖なる力を持つ者は他の人より抵抗力が高いのだ。

浄化の力は聖なる力。少なくともトウマはそんな力を持っていたのだ。

そんなに簡単に魔物に変貌するはずがなかった。


だが、今の彼はどうだろうか、今のトウマの姿はどうだろうか

耳は長くなり、白目は赤黒く変色し、髪の色も変化している。翼も生え、牙も爪も長く

その姿は魔物 吸血鬼と類似していた。


「うわっ!!」

追いつかれまいと逃げども、足場は最悪な森の中。泥濘にハマり、身体が転倒する。

「逃げるなんて酷いじゃないか。俺たち、兄妹だろ?」


追いつかれ、竦む足を動かすこともできず、ゆっくりと振り向く。

何度見ても、アシアの知る兄ではなかった。

もしかしたら偽物なのではないか。森が見せてる幻覚ではないか。

そう思いたかった、だがそんな願いはすぐに打ち砕かれた。

「偽物だと思うだろ?でもほら、これ。アシアが作ってくれたブレスレット、この世に一つしかない、だろ?」

アシアが,旅立つ前に兄に渡した

この世でたった一つのブレスレット

目の前の彼はそれを付けていた。

「アシアのことは手に取るようにわかるよ。だって俺の大事な大事な妹だから」

「く、くるなぁああああ!!」

近づく彼へ、ナイフを投げる。毒のナイフ。

吸血鬼へと化した人間がこの程度でやられるはずがないとは理解はしているが

今のアシアには抵抗心を表すことしかできなかった。

「…アシア、いつからこんな悪い子に」

「アンタは、僕の知ってるお兄じゃない!!!!」

「───勇者メルクーア、か」

「え?」

「勇者の元にいると勇者に染まる。知ってるぞ、アシアが勇者を慕うこと」

「な、んで…お兄」


目の前の兄は

今まで見たことない表情でこちらを見下ろしていた。

優しくない、冷たい、軽蔑。


なんで、そんな目で見るの


怯えるアシアを見て、トウマはくるりと表情を変える。

「あぁ、そうか。そうだそうだアシア!!そんなに大事ならお前も勇者に愛を注ぐといい!!!」

「………え?」

「言うこと聞かない子は躾が必要だからな」


ぐわっとアシアの視界が上がった。

恐怖で立ち上がれなかった身体は気付けば仰向けになっていた。

何が起こったか一瞬理解できなかったが、吸血鬼による念力だろう。

地面と身体が糸で縫われたかのように指一本動かすことができず、アシアは目で彼のことを追うこともできなくなっていた。



どうして

こんな、ことに

なってしまったのだろう



「さて…今のお前にピッタリの奴があるんだ」

「……」


恐怖で声も出ない


「おやスみアシア、そしておハようだ、アシア」


糸を引く、咀嚼音に近い音が耳元で聞こえた。

吐息が首元にかかり

首が,噛まれている。吸われている、血が

兄に、トウマに

それでもアシアは声が出ない。喪失感に襲われていた。


やがて、兄の牙が離れ

「あぁ……甘美、美味、美味い、美味い、あの方の言うとおりだ!!なぁ、アシア!!」


ドッ


アシアの左首に何かが刺さった。

何が刺さったかは見えなかった。

だが刺さった何かは,確実に刺さった箇所から何かが入り込んでいた。


自分の体が,熱く,燃えたぎるように、汚れ、穢れていく感覚


「っぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!!」


痛い痛い痛い痛い痛い暑い暑い熱い熱いどうしてわからないなんでこんなことになっているのわからないなにもわからない

抵抗しなければ、壊される、壊される


どうして


どうして




どうして










どうして、こんな時にメルクーアの顔が浮かぶんだろう。

勇者、大好きな、勇者、メルクーア。


「ゆ…しゃ……」

「意識があるなんて大したもんだ…まだ壊れないなんて」


大好き,大好き、大好き大好き大好き大好き大好き

勇者勇者勇者勇者勇者

メルクーアメルクーアメルクーアメルクーア





メルクーア、ダイスキ、たべてしまいたい






「…いや、もう壊れているか。ホラ、俺とおんなじだよ、アシア」

「勇者、大好き」

「そうそう、アシア、それでいい。勇者,好きだろ?」

「ボク、私、勇者、メルクーア、大好き」

「メルクーア、どうしたい?」

「メルクーア…食べたい!!食べたい食べたい食べたい!!メルクーア,私が、割いて、剥いで、お腹の中に入れるの。一緒なの!!」


アシアは

思考は既に壊れていた。

アシアの面影は残っているが、牙が生え,獣の耳が生え,爪が伸び、手や足は獣の様な毛が生えていた。

「大好き、食べる、勇者、ワタシが、食べる。お兄には、あげない」

「アシア、俺はお前がそばにいるだけでいい。可愛い、俺のペット。ならアシア、今のお前がやることはわかるな?今のお前は犬並の嗅覚だ。勇者の位置、わかるよな」

「わかる、わかる!さっきまで、わからなかったのに!!お兄は、やっぱりすごい!!お兄様!!わたし、わたし!!」




勇者を 食べに行きたいな

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君が堕ちる迄 狼崎 野良 @sakinora

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