君が堕ちる迄

狼崎 野良

盗賊が堕ちる迄 編

白魔導士 トウマが堕ちる迄

あいつが現れなければ、俺とアシアはずっと兄と妹

それ以外自覚することは無かっただろう。




「トウマ兄、僕…行ってくるね」

「あぁ」

「…寂しくない?」

「ハハハ!お前は今にも泣きそうな顔をしてるけどな」

「うぅ〜〜〜」

「勇者メルクーア。妹を……アシアを頼む」

「あぁ。彼女は全力で守り通そう」

「ちょっと、メルクーア。僕は君達の、危なっかしいところが放っておけないから、ついていくんだからね?」


「─アシア」

「お兄?」

「お前の実家はココだ。いつでも好きな時に帰ってこい」

「うん!お兄、僕の活躍楽しみに待っててね!」




そう言って妹であるアシアを見送ってから早数ヶ月。

正確に言えばアシアは妹ではない。


彼女は幼い頃村の近くの洞窟で発見された女の子だった。

白魔力を持つ俺は、この村の神父の様な立場だ。

白魔力は弱い魔物を退ける力がある。

勇者や聖女の力と比べたらさほど大きな力ではないが、村を守る結界を張ったり、小さな瘴気を浄化することもできる。

その為俺は定期的に、村の周辺で瘴気の浄化を行っていた。


アシアを見つけた当時も、仲間と共に瘴気の浄化をしに行く予定で足を運んだ。

まだ俺が10歳くらいの頃だったと思う。


しかし、タイミングが悪かったのだろう。

洞窟に足を踏み入れると魔物の足跡があり、血の跡があった。

俺達は洞窟の奥へ駆け寄ると、既に息絶えた2人の男女がいた。

周りに魔物の気配が無いのを確認し近寄ると、小さくすすり泣く声が聞こえた。

そこに居たのがアシアだった。

恐らくアシアの家族は魔物に襲われながらも、子であるアシアを護ったのだろう。


近しい年齢だったのもあり

俺は彼女を村で引き取ることにし、俺の妹として一緒に暮らすことになった。



アシアと過ごす日々はあっという間だった。

まさか暗殺技術を会得するとは思わなかったけど

そんな我が妹、我が子のように可愛がった子を勇者に託すのだ。

寂しくないといえば嘘になるが、帰りを待つのは家族として当然のことだ。


今頃元気にやっているだろうか、どの辺りにいるだろうか。

そんなことを考えながら、俺は昔アシアを拾った洞窟へと足を運んだ。


そろそろ瘴気が湧き、浄化に行く時期だ。

以前の様にもう”間に合わなかった”何てことにならない様

以前より短い周期で検査に来るようになった。


だが、洞窟に入る時に違和感を感じた。


洞窟内に魔素が満ちていた。

まるで意図的に力が消されていたようにも、こじ開けられたようにも見える。


魔素というのは魔族の持つオーラの様なもの。

魔素を持つものは聖なる力や白魔力を嫌う。

それ故に俺達、白魔導士は結界の石に白の魔力を込める。

そうすることで結界の役割を果たし、低ランクの魔物などの侵入を防ぐことができる。


しかし今ここにある石はどうだろうか

聖なる力のカケラなどは存在せず

魔素が満ち、ここを魔族が通った事を示している。

恐らく、俺の結界が通じないレベルの魔族が。


「まさか…」


考える前に俺の足は村へと向かっていった。

もう同じことは繰り返さない、そう思っていたのに。



嫌な予感とは的中するものだ。



村中、阿鼻叫喚

多くの魔族が村を襲いにきていた。

その殆どは空を飛ぶモノ


空を飛ぶとはいえ、結界は空まで続くもの。

結界石を壊さなければ入ることは叶わない。

─だが、結界の一つは既に壊れていることを知っている。

綻びから狙ってきたのだろう。


「おやぁ?こんな村にお客さんかな?」

「っ!!」


背後から語り掛けられ、反射的に逃げる。

振り向くと背後には翼が生え、耳は尖り

肌は人とは思えぬ色の人物が立っていた。


この世界の吸血鬼だ。


「…白い、忌々しい魔力だ。俺達はそれが嫌いだ。さしずめこの村の結界を守る主というところか」


魔族が白い魔力を苦手とするのは本当だった。

それならば、助けが来るまでこいつらを足止めくらいできるかもしれない。


アイツの、アシアの帰る場所を壊されてたまるか


俺は吸血鬼の目をかいくぐり村の中へと走り、村人の状況を確認する。



死人はいなかった。

血は飛び散っているものの、死人はいない。


だが代わりに、変わり果てた者がいた



「トーマ、トーマ、トーマじゃないか」

「お……まえ」

「何を驚いているんだ、これくらいで」


目の前には吸血鬼と同じ風貌の村人がいた

目の前だけではない。


村の至る所にいる。

それらは皆、首には噛まれた跡がある。


「助けを呼ぼうとしたのか?残念だな坊や。もうココにかつての村人はいない。みんな俺達の仲間となったのだ」

「ふ、ふざけるな!!!!」

「ふざけてなんてないさ」

吸血鬼が間近に近づいてくる

「俺達は仲間を増やしにきたのだ。何故巫山戯る必要がある」

「仲間を…増やしに…?!」

「そう…どこぞの勇者に仲間がやられてね。それならば、人から補充するしかあるまい?」

「………まさか、魔族とは」

「概ね予想通りだ!とは言え全ての魔族が伝染するわけないじゃないが……この俺達の様な高等種こそなせる技。さぁ、お前も我らの仲間になろうじゃないか!」

「ぐっぁ…!!」


吸血鬼の口はこちらの返答など待つ間も与えず

すぐ様首筋へと噛み付いてきた。


しかし俺にはこの白い魔力がある。

例え高等種からの汚染であろうと、自らを浄化することはできる。

白魔導士の中でも浄化力が高い方だ。


俺は内側を巣食おうとする汚染された魔力を浄化し、吸血鬼を振り払う。

「っなんてことだ…アレを浄化したのか?」

「フッ!!」

目を見開く吸血鬼に一発お見舞いする。

白魔導士は浄化の力がメインの為、魔族との相性はいい。

己に魔力を込めた身体で攻撃を与えることにより、相手に的確に浄化力を叩き込む事ができる。

「ぐぅっ??!?!」

「吸血鬼!俺はお前達に屈しない。全て浄化してやる!!!」


村人達を魔族の手から守る為

アシアの、アシアの故郷を護る為


村人がほとんど吸血鬼と化してしまった為、こちら側の陣営はほぼいないも同然だった。

しかし吸血鬼と化した村人達はトウマに近寄ろうとせず、遠目から眺めている。

恐らく、村人はなりたて。自分の力で浄化することにより元に戻るかもしれない。

そう考えたトウマは先ずは殲滅をする為、村人以外の吸血鬼に殴り込みに行く。



「…ふぅん……なかなかやるじゃないか、アイツ……だが……なんだか引っかかるぞ?心に黒い何かを溜めている。内側…?そうか」


高みの見物をしていた吸血鬼の一人がトウマの目の前へと降り立ち、トウマの首を狙おうとする。

しかし気配に気づいていたトウマは後ろへと避ける


「かかったな」

「何…?!」


後ろへと避けた途端、体が何者かによって拘束される。

「ハーピー!!」

「っ?!」

「♬────」


突如響き渡る不協和音

頭がおかしくなってしまうかのような爆音が、不安定な音が、辺りに広がる。

体の芯、脳の芯まで揺さぶられる感覚に陥った。

「っぅ……や……め……」

「流石の白魔導士も拘束され、この音の前では手も足も出まい」

再び、噛まれる

「っ────!!」

噛まれた所から何か異物が入り込むのを感じる

先ほどと同じ様に、血を吸うのと同時に汚染された魔力を流し込み、俺を汚染しようとするのがわかった。

抵抗しなければ


不協和音と痛みの中、トウマは先程と同じように己を浄化する。

抵抗して,抵抗して、抵抗して、屈せず───


「そう言えば、知っているか人間

己が好む相手の血は,極上の味だそうだ」


「─は」


極上の、味

頭に響く、ストンと、頭に入ってきた言葉


「…やはり…お前、好いている女がいるな?」

「……」

「お前からは白い魔力しか感じないはずなのに、内に渦巻く不思議なもの。何か気になっていたんだ。そうか、恋心か」

「っ!!」

抵抗して、拘束を振り解こうとするも、やはりハーピーの歌と抜かれた血のせいでうまく力が入らない。

「─お前、やっぱり俺たちの仲間になれ」

「五月蝿い…俺はお前達を退けて村の人達を!!!!!」

「大切な人の帰る場所を、守るって?」

「!!!」


心が読まれ、動揺する。

「良い…!!お前みたいに強い奴は堕とし甲斐がある!!もっと、もっと抵抗してみせろ!!

更に、噛まれ汚染される。

しかも一人ではなく、複数人の吸血鬼から

「ゔ…ぁぁぁぁぁあああ!!!!!」

「ハハッ!!スゴイ、素晴らしい!!これだけの人数を持ってしても堕ちない!!!その浄化力が汚染する力に代わったらどれだけ強くなるか!!魔王様の手土産にするにはぴったりだ!!!!!」

「が…ゔ……」


浄化だ

浄化、浄化、浄化して、浄化して、浄化、し、て


しなければ、ここで負けるわけには


「お前は何の為に守る?」

「…れの…俺の、妹アシアを護るために!!!」

「アシア!!あの勇者一向の盗賊か!!ハハハ!!─なら、より一層お前は俺たちの仲間になるべきだ」

「♬♬」


不協和音が更に強くなる。

更に増えたハーピーが不協和音を奏で,絶妙で狂いそうになる音を響かせる。


段々、頭が働かなくなってくる


「まも…る……浄化……これぐらい 浄化 して」


血が、足りない

魔力が、足りない

このままでは、死ぬ


それでも、堕ちないと、その精神だけで

トウマは耐えていた。


「お前は頑張ったよ。でもな、人間一人が我々魔王軍に敵うはず無いんだ。だって、ほら見てみろ



お前の味方はもう誰もいない」

「………」


村へ、目を映す

朧げな瞳で、村を見る


村人は、異色の肌へと変色し、翼を生やし

集団でこちらを見ている。


誰一人、俺以外


この村に人間は残っていなかった。



それでも

「ぁ…しあ……」


耐えなければ。人で在らなければ。アシアに、勇者に、この事を伝えなければ、あの時村を護ってくれた、勇者達の努力は


「やはり俺の目に狂いはなかった」

「がっ─」

喉を噛みちぎるかの如く、強く強く吸血鬼がトウマの首を噛む

先ほどと比べ物にならない、汚染された力が流れ込んでくる。


トウマの身体はもう動かす力がなく



浄化をする為の魔力も、ほぼ残っていなかった。


「っ……ぁ……?」


世界が暗転していく

身体が汚染されていく

身体の組織が変化していく

身体が作り替えられていく


息も絶えそうな程に衰弱した身体は

足りなくなった血を補う様に、足りなくなった魔力を補う様に


その汚染を受け入れていった。


ダメだ、ダメだ、ダメだダメだいけないいけない抵抗抵抗を抵抗をして



アイツを

 護る


     兄で


在らなければ





                         イケナイノニ




「吸血鬼王、この村の人々は皆、ハーピー族と吸血鬼族に転異完了しました。」

「ご苦労」


吸血鬼王と呼ばれた男の腕にはトウマが死んだかの様に抱えられている。

「こちらももう終わる、先に引き上げてろ。城で新たな仲間達を迎え入れようじゃ無いか!」

「ハッ!!」


吸血鬼とハーピー達は、村を離れ

残るは吸血鬼王とトウマだけになった。

トウマは、他の吸血鬼化した人と比べ

人の姿を保ってはいるものの、耳,爪,牙は伸び、目は虚ろ。その瞳からは黒い涙が溢れていた。

「こんなに時間がかかったのはお前が初めてだ。目覚めはどうだ?」

「……あし……あ……逃げ…」

「ハハ…まだ自我が残っているのか??こんな逸材なら勇者と共に旅立たれていたら我々は危機に面していたことだろう。だが、俺たちの仲間となってしまえばコチラのものだ」

王はそっとトウマの額に手を添える。

「……トウマ,と言ったな。どうだ?そのアシアとやら……お前の手で染めてしまうのはどうだ」

「…っあしあ…」

妹を、染める?

「勇者に取られてさぞ悔しかろう?お前の手で取り返すんだ」

「アシアを…取りかえ…す…?」

妹を、取り返す?俺の妹なのに?

「そう、お前のその"汚染力"は他の同胞の力をも凌ぐ強さだ。そんなお前の力さえあれば俺と同様、大事な人を汚染できる。自分の仲間にできる。」

「…」

「愛しい人の血は美味だ」

「……アシアの…血は、美味…」

「そう!!お前の大切なアシアは、お前の手で掴みたいだろう?」


ダメだとわかっていた

わかっていた

わかっていたのに

頭から離れられない


アシアを、大切な妹を、この手で汚染する


護るはずだった彼女を、自分の手で壊し、自分のものとする

想像をしてしまった。

どうして、どうして

こんなに



幸福な気持ちになるんだろう。


「愛してる、アシアは、大切な俺の妹」

「悔しいか?」

「あぁ、悔しい、悔しいよ」

「それなら──今のお前なら俺の言いたい事、わかるな?トウマ。」

「吸血鬼王の為、魔王様の為に、勇者一行を汚染する。アシアを、愛で汚染する」


ゆっくりと王の腕から離れ、キラキラと輝く黒い翼を大きく広げる。



そうだ、どんな姿になっても護ることに変わりは無いんだ。一緒なんだ。


「アシア、兄ちゃんが、護ってやるからな」

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