第15話③

 さてさて。

 お客様ご来店の日である。


 ロザリンの占いは当たるけれど、それはいつもギリッギリで。

 つまり、高確率でジャスティンへの返済日イコールお客様の来店日となるわけだ。

 ロザリンの占いは当たるとわかっていても、貸した側としてはやっぱり心配で。

 その心配にプラスして、昨晩の食べ過ぎもあり、胃は若干、もやっとしている。

 それにしても、ジャスティンがお酒に弱いなんて意外だった。

 ミアにしても得意な方ではないので、余ったワインはロザリンに飲んでもらおう。


 ロザリンの喜ぶ顔を思い描きながら、ミアは自分の住まいである、アパートメントのメゾネットを見渡した。

 ミアが借りているこの家は、二階と三階が繋がったメゾネットだ。

 二階はワンフロアで、窓側付近にはミアの仕事机を置き、そして入口近くにはお客様対応用のテーブルとソファーを置いている。ちなみに、ミアが食事をするのも、このテーブルである。

 二階と三階は吹き抜けになっていて、ミアお気に入りの螺旋階段を上ると寝室が一部屋あった。間取りでいえば、1LDKとなるのか。

 大家のベッソンによると、このアパートメントの以前の持ち主は芸術家だったそうだ。

 その人は、ここで絵画や彫刻を作成し保管していたようで、そのためにこの部屋だけこんな間取りにしたそうだ。芸術家が亡くなりベッソンがここを買って間貸しするようになったが、芸術家の部屋だけは、一般人には使い勝手が悪いといった理由で、長いこと借り手がつかなかった。仕方がないと家賃を下げた途端、ミアからの入居の申し込みがあったという。

 ミアとしては、賃料の安さとこの吹き抜けが決め手となって借りたのだから、ありがたい話である。

 お客様を迎えるため、部屋の掃除も済んでいる。

 そうだ、郵便受けでも見てこようか。

 ミアは階段を下りて一階にある郵便ポストに向かった。


 ポストを開けると、一通の手紙があった。

 差し出し人を見なくてもその文字でわかる。

 母からだ。

 母は人間界で暮らすミアがどんな仕事に就いているのか、しつこく聞いてくる。

 貸金業と伝えていいものか、ミアは迷い、はぐらかしていた。

 ミアの父と母は、子ども為の施設を営んでいる。

 その施設のために、両親はジャスティンにお金を借りた。

 ミアは、両親について考えると複雑な気持ちになる。

 互いに愛情はあるけれど、多分、ミアが欲しい愛情と両親が娘に向けるそれの形は違う。

 正しいとか、間違っているではなく、仕方がないことなのだと思おうとはしている。


「あの……すみません」

 遠慮がちな女性の声に振りむくと、ミアよりも少し年が上の女性が立っていた。

 女性の身なりは質素で、買い物帰りなのか腕には蔓で編んだカゴを下げていた。

「あなたですか? うちの夫にお金を貸した人って」

 初めて見る女性に、ミアはどうしたものかと考える。

 お金を貸した人はたくさんいる。

 女性の夫についても、部屋に戻り書類を確認すればわかるだろうけれど。

「わたしは貸金業を営んでいますが、どなたにお貸ししたかをご本人の許可なく教えることはしていません。失礼ですが、委任状をお持ちですか?」

「! こっちがなにもわからないと思って、バカにして。難しい言葉で誤魔化そうとしているんだわ! あなたから借りたお金が返せないって、夫は部屋に閉じこもってノイローゼのようになってるんですよ」

 ノイローゼ……。女性には貸した人の名まえは教えられないと言ったが、逆に、ミアがそんな状況になっている客が誰なのか知りたいと思った。

「あの」

 ミアが女性にそう尋ねようとした瞬間、女性は籠に手を入れなにかを掴むと、それをミアに向け投げつけた。

 ぐしょりとワンピースの胸元が濡れ、猛烈な腐臭が漂った。卵だ。

「この、人でなしっ!」

 女性は憎々しげにそう叫ぶと、ミアの前から立ち去った。

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