第16話④
「服、洗わなきゃ」
ミアは足元に落ちた卵の殻を拾うと、アパートメントの階段を上った。
手に持っていた母からの手紙も汚れてしまった。
とにかく、シャワーを浴びよう。
服についたこの匂いは、とれるだろうか。
手紙はさすがに洗えない。
読んだらすぐに捨てるしかないだろう。
ミアが部屋に戻ると、ソファーにジャスティンが座っていた。
毎度の不法侵入だけれど、なにも言う気は起きない。
彼はミアを見た途端、恐ろしい顔で立ち上がりミアのそばに来た。
「誰にやられた?」
ジャスティンがミアの腕を掴む。彼の声はいつにもまして低い。
「あなたには関係ない。近づかないで、汚れるわ」
「そんなのかまわない。誰にやられた。言うんだ」
ジャスティンは手を離さない。
「私がお金を貸した人の奥さん。わたしに借りたお金が返せなくて部屋から出てこないって。ノイローゼだって」
「逆恨みだな。怒りをぶつける相手を間違えている。愚かだ」
ジャスティンが鼻で笑う。
彼は正しい。あの女性が怒る相手は、自分の夫だ。
でも、そういうことではないのだ。
「……あなたには、わからないのよ」
ミアはジャスティンの腕を振りほどく。
「みんな、そんな強くない。お金だって、借りたくて借りたわけじゃない。あの女性だって、本当はこんなこと、人に卵をぶつけるなんてしたくなかったはずよ。でも、そうなってしまうの。わたし、わかる。だから、苦しいのよ」
「ミア」
「帰って。あなたに返すお金はまだそろってないわ」
ミアはそのままバスルームへ駆け込むと鍵をかけた。
シャワーの蛇口を捻るが、お湯など出てこない。給湯器の元栓を開けていないので当然だ。それでもかまわず、ミアは服のままシャワーの下に立つ。
「逆恨みは、わたしのほうよ」
冷たい水に打たれながらミアはごちる。
ジャスティンはミアの心配をしてくれたのだ。
それに対してミアはお礼を言うどころか、やつあたりをしてしまった。
謝らなくちゃ。
やることなすこと、上手くいかない。
それでも、とことんどん底までみじめな気持ちにならないのは、変な話だがお腹がすいていないからだ。
夕べのジャスティンの差し入れを、ミアは文句を言いつつも食べた。
それが、今のミアの元気を作っている。
ぺしゃんこにならない気力を作っている。
ちゃんと食べないとダメなんだ。
ミアは自分の生活を犠牲にして、お金を貸した。
それが正しいと思っていた。
けれど、あれは、そんな自分に酔っていただけなのかもしれない。
安い善意だ。
自分が健やかでないと、正しい判断や冷静な対応ができない。
仕事に大切なその二つができなくなるような働き方では、だめなんだ。
ここ二週間のミアは、間違っていた。
貸金業を始めて約半年。
ミアは働くことについて、初めて考えた。
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