第23話

 演奏は最高潮という雰囲気。入口を開けば音の圧が個体のように僕の体を押し出そうとしてくる。体中からなけなしのやる気を集めて一歩踏み込んだ。

 今回のライブは僕らのようにカバー曲だけで演奏を行うバンドと、自前でオリジナル曲を持っているバンドが両方いるタイプのものだ。著作権に関してはライブハウスが包括契約を結んでいるので基本的に自由に楽曲を選択できる。

 ケーシー君は長くオリジナル一本でやっているバンドだ。楽曲を作るところからやっている彼らの演奏は、本当ならかぶりつきで見たいとそう思っていた。なのに今は、こうして同じ部屋に入ることすら躊躇している。僕が起こしたミスはあのときだけじゃなくて、ずっと後を引いている。

 何かを取り戻そうと思ったわけではないけれど、ヤスさんのおかげで戻ってきたのだ。目で見えるもの、耳で聞こえるものまでは否定せずにいよう。

 独特の楽曲はプロと比較してしまえば洗練されているとは思えない。好みとは異なるジャンルだとも思う。けれど少なくとも自分たちが歌うために自分たちで作った歌なのだと、そう感じさせられるから、この曲は正しいのではないかと思った。

 さすがに上手い演奏が、この印象を裏付けている。

 まだ、ドラムスの方を向いて技術を盗んでやろうなんて気持ちにはなれないけれど、せめて最後まで聴こう。それくらいには切り替えができた。

 演奏内容と合うような合わないようなひょうきんなMCが終わり、ヤスさんたちのバンドが入って来る。

 四人。僕らと同じ楽器数にボーカルだけが独立している。

 ここで、一つ気が付いたことがあった。ヤスさんがギターを持っていない。

 最初に入場してそのままドラムスローンにどかっと座り込む。

 今日のヤスさんのパートはドラムスだったのか……。それほど周りが見えていなかったということだ。

 とりあえず、「演奏を見ろ」というさっきの言葉は納得がいった。お前のパートを見せてやるからちゃんと勉強していけ、とそんな感じだろうか。

 強めのパーマがかかった低い声の人、たぶんボーカルがMCをしているんだけど、ヤスさんに気を取られていたのと、ぼそぼそしゃべっていたせいで良く聞き取れなかった。

 いつの間にか演奏が始まっている。


 楽曲を聴いて、最初に感じたのは『分厚い』ということだった。今話していた人と同人物とは思えない重さのある歌声。うちと違って別パートなだけあってギターは素人目に見ても高度なことをやっている。技術だけではなくて、聴く側が『良い』と感じられる上手い演奏だった。

 ヤスさんたちリズムセクションは二人の力を余すことなく引き出すために黒子に徹している印象だ。それでも、ドラムスに関して言えば自分でやっているから、リズムの正確さにせよ響きの良さにせよ、簡単に真似できるものではないことくらいわかる。

 ギターも弾けるヤスさんだけど、恐らく彼が『本業』にしているのはドラムだ。

 上手い演奏を見れば見るだけ、苦しむことになる。自分と彼らが同じ場所に立っただけの別世界の人間なのだと感じさせられることになる。ただ、約束したから聴く。すごいものを楽しめずに聴く。それってどうなんだろう。

 きっちり持ち時間を使い切ったヤスさんたちの出番は終わった。結局ボーカルの人は歌声以外はずっと何を言っているのかわからなかったけれど、不満に感じている人は少ないと思う。それだけの歌だったから。

「行こうか」

 優枝が言った。

 今日のライブはまだ続く。けれど未成年な僕たちは厳密に時間を取り決めての参加だった。そのタイムリミットが迫っている。

 忙しそうに動き回るスタッフさんたちに会釈をして、PAブースで「ありがとうございました」と伝えてから退室した。

 控室で荷物を整理する。当然、たった今演奏を終えたヤスさんたちもそこにいる。

 ボーカルの人はペットボトルの水をごくごく飲み、ギターの人とベースの人は反省会のようなことをしている。

 ヤスさんはごしごしとタオルで頭を拭いていたけれど、僕に気が付くと目線でドアの方を向いた。

「先に準備してもらっていい?」

 桜花たちに一言断ってから控室を出た。

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