第11話
「そういえばさ、新入部員の勧誘、うまくいってる?」
「ああ、実は仮入部の子が友達を連れて正式に入部してくれた。首の皮一枚で部の存続が決まったよ」
「へぇー、急展開だな。この前は辞めちゃうんじゃないかって心配してたのに」
「まぁな、っていうかスマホ見ながら訊くなよ……。こっちにとっては大切な話なんだぞ」
そう、僕は今このときもずっとスマホとにらめっこをしている。
別に小暮に嫌がらせをしているというわけではなくて、ちゃんと理由がある。
「次の連休にライブやるって言ったでしょ。その準備に必要なんだよ」
「お、あれか。友永の出番はないっていう。なんだっけ。裏方の仕事があるんだよな」
「今まさにやってるのがそれだよ。データの打ち込み」
優枝から押し付けられた、もとい託された仕事。ドラムスの代わりのデータ作成のことだ。
「スマホとか使うのか。知らなかった」
そうなんだよ。
DTMソフトを探すところから始めた僕は、早々に自分のスマホに純正の音楽アプリがあることを知った。
プロが使うようなものと比較すると機能は制限されているけれど、ドラムの音源として使うなら十分らしいという評価。これで作った楽曲はそのままスピーカーに送信できるので効率もいい。そしてなによりも無料というのが素晴らしい。
早速ダウンロードしてみると、たしかに必要十分程度には使えることがわかった。
ただで使用できるだけあってネット上でも初心者向けのサイトが充実している。それを活用することで、形だけはリズム音源の作成を間に合わせることができた。
何事もやってみるものだ。
ただし当然のことだけど生音とはずいぶん違う質感になってしまう。
言って見ればこれは僕の演奏の代わりである。できることなら完成度の高いものを用意したかった。だからこうやって微調整を繰り返しているのだ。
「連休の水、土、火でやるんだっけ? 都合つけて聞きに行くわ」
「ありがと、僕の出番はないけどね」
「まぁそう言うなって、いっしょに観客やろうぜ。ストリートライブなんだからサクラがいれば人も集まりやすいだろ」
その通り。
会場は名前を聞けばわかるように、駅と駅の間にある通路だ。人通りが多くても基本的にみんな素通りする。仮に興味を持ってくれる人がいてもそんな中では立ち止まりにくいだろう。
だから、僕は会場のセッティングが済んだら観客を装って立っているつもりではあった。やることもないのにステージ側にはいられないからね……。
そこに小暮が加わってくれるというのなら願ってもない。
何人か眺めている人がいるなら優枝たちの心理的にも多少はやりやすくなることだろう。
「お代はコーラ一缶でいいか?」
「間にあってるよ。別のものにしてくれ」
それはそうか。
でも、演奏後のコーラは格別なんだぞ。まぁ僕もお前も出番はないのだけれど……。
四月二十九日、水曜日。
他の連休からぽつんと外れた一日だけの祝日。とはいえ休みには違いない。天気もなかなかよく、行楽日和なので日帰りで遊びに行く人で駅はごった返していた。
「人、一杯だねー」
「思ったより沢山の人に聴いてもらえそうだね」
人通りがなければ立ち止まってくれる人だっていなくなる。
混雑は悪いことではないはず。
僕ら三人は待ち合わせ時間の九時十五分を前に早々に全員集まってしまった。規律正しい軽音楽同好会である。
優枝と田所さんの背中にはソフトケースにそれぞれの楽器。僕はキャリーバッグ一つといういで立ち。なんとか邪魔にならない量で荷物を抑えることができた。
地下道へのエスカレーターに乗って、リノリウムの道を真っすぐ五分ほど。会場はすぐにわかった。
広くなった通路がチェーンで三か所に分割されている。
右から順にステージ、観客、通路ということだろう。なるほど、こうやって歩く人の邪魔にならないようにするのか。
現地では大人の男性が二人、通路の幅を調整したり、指示用看板を設置したりしている。
「おはようございます。松高軽音楽同好会です」
優枝の挨拶に男性たちが顔をあげる。
「おはよう。一番目の人達?」
「はい」
「もう準備初めてもらっていいよ。音を出すのだけは開始五分前からでお願い」
事前にもらった用紙にもそんなことが書いてあった。用意に時間をとれるのは正直助かる。なにせ初めてのことだから。
「そこの壁の柱があるでしょう。あのあたりに配布された表記用紙を張り出しておいて下さい。あそこならガムテープ使っても大丈夫だから」
細かいことを教えてもらいながらセッティングを開始する。
市役所の山口さんが言う通り、この時間にして良かったかもしれない。この人たちは準備が終われば帰ってしまうだろうし、前の人の撤収にあわせて準備をすれば混乱していた可能性も高い。
キャリーケースを開いて中身の確認。入っているのは小型のアンプが一つ、優枝のbluetoothスピーカー、意外とかさばるケーブル類、モバイルバッテリー、三脚、ペットボトルに紙コップ、タオル。中で動く隙間もないほど詰め込んだため、逆に故障の可能性は低いかもしれない。
音はまだ出せないので機材の設置場所をざっくり調整、ケーブル類を接続していく。
作業をしていた人がスピーカーの場所に助言をくれたりした。
優枝たちは楽器の方を確認している。いよいよだ。
僕の出番はないはずなのに、不思議な高揚感がある。
九時四十分。しばらく前に設営の人たちは帰ってしまった。ここからは僕たちだけだ。
アンプとスピーカーの電源を入れた。小さなハウリングが聴こえる。よし、故障もないみたいだ。最小の音で優枝たちが楽器の確認。僕はスピーカーとスマホのペアリング。接続よし。テスト用に音源を走らせるとちゃんとスピーカーがリズムを刻み始めた。
大丈夫。これならいける。
優枝と田所さんに向けてサムズアップ。向こうも同じように返してきた。
準備完了だ。
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