第10話

「私だけで良かったのに」

 なぜか不満そうに言われてしまった。

「念のため、だよ。DTMソフトの方は目処が立ったし。もしかしたら書類の記入事項とかで勝手に決められないこととかあるかもしれないでしょ」

 僕と田所さん。二人で街中を自転車でひた走る。目的地は市役所だ。

 ゴールデンウィークに行うプチライブの申請を行うためだった。

「結局全員いなかったら同じじゃない?」

 優枝はお留守番。例によってギターと歌の猛練習中です。

「その辺は大丈夫。優枝が言いそうなことはだいたいわかるから。任せて」

 田所さんのことが嫌いというわけではないのだけれど、なんとなく優枝のことだとマウントを取りに行ってしまう。

 自分でも小さい男だと思う。田所さん自身は「へー」と答えるだけで気にもしていなさそうなのがまた……。

「でも、なんで申請先が市役所なんだろうね。場所自体は鉄道会社の管轄なんでしょ」

 バツが悪くなってちょっと疑問に思っていたことを投げかけてみた。

「確かね。連絡通路を予約制で出し物に使う案を、今の市長が推進したらしいよ。街の文化活動を盛り上げる、とかで。ロンドンの地下鉄を参考にしたんだって」

 期待していたわけでもなかったのだけれど、思いのほかちゃんとした回答を得ることができた。なるほど。

 しかし、市役所は平日しか開いてないのが困るな。どうしても放課後にやることになるので窓口の締切まで時間が短い。終業前の受付に滑り込みでやってきた僕たちは、順番待ちの用紙をとると一息ついた。

 番号は百八十二。これだけの人数が一日にここを訪ねてくるのか。そんなことを考えているうちに、呼び出し音といっしょに電光掲示板に番号が表示された。

 総合受付で連絡通路での音楽活動申請について問い合わせた結果、文化振興課へ向かうように言われる。えっと場所は、二階か。

 ちょっとわかりにくい場所にある階段を見つけて上り、看板を見ながら到着した文化振興課は建屋の隅に位置するオフィスデスク六つほどの小さなセクションだった。

 職員は二人しかおらず、残りの席は空いている。終業時間よりはまだ早いから会議か何かやっているのかもしれない。

「連絡通路の利用申請をしたいのですが」

 整理番号が出された用紙を持って声をかけると、在籍していたうちの一人、女性がのそりと立ち上がりこちらへ向かってきた。胸元のプレートには山口と書いてある。

「はいはい、っと。これはまた若いお客さんね。部活動か何か?」

 制服を着ていたことから推測されたらしい。概ね正解。

「同好会活動です。ゴールデンウィーク中に何度か演奏会をやりたくて」

「ほー、いいね。ここを使いたいって人、最近は上の世代が多くて。若い人大歓迎よ」

 この人は公務員ではないのか。さっきから物腰がやたらフリーダムな気がするんですけど。

「でもゴールデンウィークか。もうけっこう埋まってるのよね。希望日時はある?」

 これは事前に決めてあった。

「土、日だと助かりますが、他の曜日でも大丈夫です。二日か三日ほどやりたいんですけど」

「土曜なら五月の二日が空いてるかな。十三時四十五分から」

「じゃあその日をお願いできますか」

「了解、他は土日はかつかつだね。終わりごろの時間ならねじ込めなくもないんだけど、他のグループが押してるともめやすいんだよね……。あ、そうだ演目は?」

「軽音楽、バンドです。ポップスを中心にやる予定です」

「お、いいね、青春だ。あのさ、提案なんだけど四月二十九日はどう? 朝九時四十五分から。朝一の時間なんだけど、前の人がいないから準備ゆっくりできるよ。お昼どきほどじゃないけど、それなりには人通りもあると思うし」

 なるほど。けっこういろいろ考えてくれて助かるな。この日なら大丈夫だろう。田所さんともいちおうアイコンタクトで確認。

「じゃあ、その日で――」

 最終的に、四月二十九日、五月二日、五月五日と中二日の日程で三日間予約を入れることになった。

「――これが注意事項ね。目を通しておいて」

 A四用紙を一枚渡される。

「三十分前から待機区域を使ってもOK。最初の十五分は準備時間だけど前の人達の撤収時間でもあるから喧嘩にならないように。何かあったらこの電話番号に連絡ね。初日は一番目だから、開場確認している職員に確認してもらってもいいわ。そんなところかな」

「わかりました」

「こっちの三枚は、当日みんなの目に見えるところに掲示するように。日にちによって用紙が違うから気を付けて」

 スケジュールが埋まっているということは、手続きをした人間も多いということだ。おかげで流れが洗練されている。滞りなく予約をすることができて助かった。

「がんばってねー」

 ありがたい応援を受けながら、終業間近の市役所をあとにする。

 よし、これで音源の準備に専念できる。

 一仕事終わったことで気持ちを切り替えていると、じっと田所さんがこちらを見つめているのに気が付いた。

「どうかした?」

「……なんでもない」

 受け答えに何か変なところでもあっただろうか。なんだか気恥しい。

 結局、彼女の言う通りに些細なことだったのか、何事もなかったかのように、今後の段取りについて話してから、今日のところは解散となった。

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