第9話

「ゴールデンウィークの活動計画を発表します!」

 納屋改めガレージを拠点とした同好会活動にも慣れてきたころ。唐突に優枝が言い出した。

「何かやるの?」

 家から持ってきていた袋菓子を開けるために格闘していた僕は、とりあえず動きを止めて話を聞くことにした。ドラムを叩くとなんだか無性にお腹が減るんだよな……。

「もちろん軽音楽同好会なんだからライブだよ!」

 ライブ。なるほど。

 あれから優枝は自主練を繰り返し、『チェリー』と『Basket case』にギターはもちろん歌まで合わせられるようになってきている。後者は英語なのだけれど、優枝のアルトボイスには原曲にない独特の魅力があって、身内のことながらけっこう人にも聞かせられるのでは、とは思っていたところだ。

 ライブなんてやれるものならやってみたいに決まっているのだけれど……。

「場所は?」

「東駅連絡通路!」

 駅?

「東駅ってあの東駅だよね」

 最寄り駅から二駅移動すると、この地域の乗り換えが集中するちょっとしたターミナルがある。そこから少し歩いたところにある地下鉄の駅が東駅だ。

 ここまでの通路はずっと地下にあるのだけれど距離が長くて評判が悪かったような気がする。

「うんそう。あの通路、真ん中らへんが広くなってるでしょ。あそこって実は申請したらライブやっていい場所なんだよ!」

 どうだという顔で伝えてくる優枝。へーそうなのか。

「この辺でバンドやってる人はけっこう活用してるよ。知らなかった?」

 田所さんが補足してくれる。

「特に見た覚えはないなぁ」

「夕方から夜が多いから、その時間に通らないと知らないかもね」

 それどころか、駅自体も数えるほどしか活用したことがないから、仕方のないことかもしれない。

「面白そうだけど、機材が大変かもね。貸出とかなさそうだし、っていうか僕のドラムはどうしたら……」

「映ちゃんごめん! その話なんだけど、今回は我慢してもらいたいのです!」

 両手を合わせて拝む優枝。えー。

「代わりに大役があるから」

「荷物持ち?」

 彼女たちはそれぞれの楽器を持てば大荷物だ。なら自然と僕の仕事は決まってくる。

「……それも、だけどもうひとつ」

「……何?」

 嫌な予感がする。

 優枝が無理難題を言うとき。だいたい一番面倒なことを口にする前にこんな感じがするのだ。

「打ち込み……。ドラムまわりだけデータで作って欲しい」

「本番でどう使うの?」

「スマホに入れてbluetoothスピーカーで流すの」

 なるほど。スピーカーはたしか優枝が持っているし、なんとかなりそうな気はする。

 ただし、それはデータがあれば、だ。

 基本的に僕にはDTMの知識はないから、調べるところから始めなければいけない。

 しかし、ゴールデンウィークといえば四月の終わりから。もうそんなに日にちが残されていないのが問題だった。

「とりあえず、調べてみる。演目は?」

 だけど、僕は優枝の無茶ぶりをあまり断らない。

 大変なことだとしても優枝が僕の能力を過信しているわけではないことは確かだからだ。彼女の信じる僕に可能だというのなら、どこかにできる道がある。

 わずかに驚きを感じさせる顔でこちらを見る田所さんと続ける優枝。

「一単位十五分だから、いつもの二曲かな。それをできたら三日間くらい。二日目以降は録画して同好会活動報告として提出するよ」

 なるほど、それでゲリラライブとかじゃなくて申請する場所を見つけてきたのか。ちゃんとしてるな。

 ――あっ、一つ問題がある。

「優枝、その報告って先生たちも目を通すんだよね」

「わからないけどたぶん。なんで?」

「じゃあ、『Basket case』は無理かも……」

「え? ちゃんと練習してるし、大丈夫だと思うけど。打ち込みが難しいとか?」

 この曲にはドラムの見せ場がある。やってみないとどう聞こえるかはわからないけど、問題はそこじゃない。

「違うよ優枝、歌詞の方が問題なんだ……」

 あ、という顔をする田所さんと優枝。もしかしたら田所さんは英語の成績良い方なのかもしれない。

 この曲は、精神的な抑圧に対する抗いをテーマにしている。

 センシティブな題材といえばそうだけれど、もっと大きな問題として性的表現がある。英語で歌えば目立たないとは思うけれど、かなりあからさまに歌の中にセックスとか娼婦とかの単語が出てくるのだ。ロックである以上珍しくはないことだけれど、学校の課外活動として考えるなら気を付けた方が良い部分ではある。

 なんで気が付かなかったんだろう……。

「う、やっぱりだめ……?」

「微妙なところだと思う」

 本音を言えば、高い確率で見過ごしてもらえる気がする。しかし見つかったときが問題なのだ。リスクは、危険があるかないかではなく、あったときにどうなるかで決めなければならない。

 決断したのは田所さんだった。

「……三曲目、練習しよう。優枝、『明日も』なら歌詞は全部覚えてるよね! SHISHAMOの! 私、すぐにタブ譜を起こすから」

 『明日も』。何かのコマーシャルソングだ。

 昔の、といっても記憶にある程度の話だからここにあるCDよりは随分と最近の曲ということになる。

 優枝はテレビで流れていたこの歌が好きでよく口ずさんでいた。カラオケでも歌えるくらいだから歌詞の方は大丈夫だろう。楽曲に詳しい田所さんが決めたってことは、ギターはそこまで難しくないのかもしれない。

 当然、僕は叩いたことがないけれど、今回に限っていえば打ち込みさえできれば関係ないし、もしかしたら妙案なのかもしれない。

「私、できるかな?」

 いつも自信家の優枝も、情報が少なければ人並みに不安になる。けれど、田所さんは間髪入れずに続けた。

「保証する。これまでと同じだけ練習できるなら間に合う。雑用は全部私に任せて」

 なんていうか恰好よかった。本当なら優枝の近くに居続けた僕が言いたかった言葉だ。

 でも、今回は田所さんが言って正解だった。

 想い人の言葉以上に誰かを奮い立たせるものなんてないから。

「……うん、やってみる。曲もかけられるし、今すぐ始められるよ!」

 素早くスマホでストリーミングサービスから曲目を選ぶ。ちょっと音は小さいかもしれないけれど、練習できないほどではない。

 案の定、優枝のやる気は燃え上がっている。こうなれば必ずやり遂げる女だということを僕以上に知っている人間はいないだろう。

 なら、僕は僕のやり方で恰好つけなければならない。そのためには……。

「じゃあ、家の方で打ち込みについて調べてみる。練習終わったら鍵はそのままで帰っても大丈夫だから」

 与えられた責務をこなすことから始めよう。

 ひそかに二人に対してライバル心を燃やすのだった。

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