第7話

「友永、結局今年も部活入んねーの? だったら将棋部入ってくれよ。毎日は出なくていいから」

「部員の勧誘上手くいってないの?」

 一年のときからの友人、小暮和樹と僕はエナジードリンクをちびちび飲みながら話をする。エナジードリンクといっても高いロング缶のやつではなくて国産メーカーが昔から作っているビタミン系のもの。カフェインほどほどでなんとなく体に優しい気がする。

 ここは自販機の隣にあるベンチ。駅前の大通りから外れていて周辺には有料駐車場くらいしかないから人気ひとけが多くない。昔ゲームセンターに通っていたときに見つけた穴場だった。できることならどこかおしゃれなカフェでも通いたいところだけど、学生はお金がないのだ。場末感が漂おうと、交友スペースは大切にしないといけない。

「一人だけ仮入部があった。でも女の子だからな。他は男しかいないし、このままだとすぐやめちゃいそうで……。去年五人も先輩が卒業したのが痛かったな。一人も新入部員いなかったら部室、とりあげられる……」

「なら、その子に優しくしてあげなよ。貴重な一年生なんだから」

「いや、それも微妙なんだよ。もうすでに三年生がどぎまぎしててさ。うちの部、女の子慣れしてるやつ少ないからどうしても意識しちゃうんだろうな」

 自分だって将棋部なのに他人事のように言っているのには理由がある。こいつはモテる男なのだ。

「そういうときこそ小暮の出番でしょ。いつもみたいにふわっとたらし込んだらいいじゃない」

「人聞きの悪いこと言うなよ……。なんだ、誑し込むって」

 こんな言い方をしているけれど、そもそも僕たちの出会いからして彼が見ず知らずの大人の女の人からそこの自販機でジュースを奢ってもらっているのに出会ったからだった。

 ゲームセンターからの帰りにジュースを買おうとしていた僕は、学校で顔を見たことのある彼に声をかけたのだ、「お姉さんか誰か?」って。そうしたらこいつは今そこで初めて会ったと答えたのである。衝撃だった。世の中には逆ナンというものが実在したのかと唸った。以後、三度似たようなことを繰り返した上で、僕は恐れおののいた。なんだこの現象はと。何があればたった一人の平凡な高校一年生が大人にここまで構われるのだと。

 ちなみに三回の中には一度だけサラリーマンっぽいおじさんがいて、よりいっそう混乱することにもなった。

 恐る恐るなんでこんなことになるのか訊いてみたところ彼は答えた。「人生相談をやっている」と。

 この近くの通りには評判のいい辻占い師がいて、そこそこ列をつくっていたりする。暇にあかせて列からあぶれた人に声をかけてみたのだそうだ。「気になることがあるのなら話くらい聞きますよ」と。勇気あるな。

 たまたまその人が占いでなくてもよい人で、小暮には話を聞く才能があった。結果、先方は満足して帰って行ったのだが、後日他の人間を連れてまた声をかけてきたのだという。「悪いけどまた相談に乗ってくれないか」と。その場で連れ合いの人の懺悔のような話を聞き、何故か感謝された上で連絡先を交換したらしい。僕がもう少し真面目な人間だったら学校へ報告しようか迷い始めていたと思う。

 その後もぼちぼち人生相談業を続けていたけれど、二人目あたりから報酬の話があがって小暮は困惑することになった。赤の他人の悩みをそこそこ真剣に聞けるだけあって、この男はかなりのお人好しでもある。言い値でもらっておけばいいものを、報酬はなしでと言い張った。大人には大人の面子がある。当然のようにしばらくもめた後に決まったのが、報酬一件ジュース一本の約束なのだという。

 その場に居合わせたのが僕だったと。

 以来、僕と小暮は街をぶらついた後なんかに、ここにきて話をするようになった。

 世界のどこかにはこんな物語も転がっている。主人公は当然小暮。僕はその友人枠にすらいるかどうか。

「でも仲良くなることくらいできるんじゃないか」

「……まぁ、それなりに勝算はある」

「ならいいじゃない。ちやほやしてあげなよ」

「俺一人仲良くてもだめなんだよ。チームなんだからバランスとらないと」

 さすが聞き上手。含蓄のある言葉だ。

「だから友永が入ってくれると助かるんだけどな。うまくすれば向坂さんもついてくるだろう」

 それはどうだろうか。逆はあるかもしれないけど。

「どちらにせよ無理だよ。今年は軽音同好会で活動することになったから。優枝もいっしょ」

「え、なんだ、聞いてないぞ。そんな集まり、うちの学校にあったか?」

「昨日できたんだ。創立メンバーってわけ」

「へぇー。やっぱり言い出したのは向坂さん? そういえば友永もドラムやってるって言ってたもんな」

 自分の希望が潰えた直後だというのにこの反応である。そんなところがモテる理由なんだろう。

「バンドってよくわからないんだけど、もう少し人数いた方がいいんじゃないか。同好会って二人でつくれたっけ?」

「もう一人いるよ、A組の田所さん。ベースができるんだ」

「えっと、あのちっちゃい子だったっけ。やんちゃ坊主っぽい」

「……たぶん合ってる、かな」

「なんだ友永、俺のことを人誑しとか言っておきながら自分はちゃっかり女子二人と仲良くやってるんじゃないか」

 それは確かに否定できない。とはいえ内情はもっと複雑で苦いものだけれど。

「そうなると当てが外れたな。なんとか将棋部存続のアイデアを考えないと」

「まだ新年度始まったばかりだし、今月中くらいは勧誘頑張ってみたら」

「将棋部って決め打ちで入るやつが多いから初速命なんだよ……。だけど、まぁ、言う通りだ。やるだけやってみるか」

 爽やかで前向き。この男を真似してみれば、もう少し優枝は僕の方を向いてくれるようになるだろうか。

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