第4話
『ロックンロールは、別に俺たちを苦悩から解放してもくれないし逃避させてもくれない。 ただ、悩んだまま躍らせるんだ』
衝撃の告白から一夜明けた四月八日。
今日が僕らの通う高校の始業式にあたる。
バンドの最終メンバーであるところの田所桜花さんを勧誘する予定日。
成功すれば、その足で同好会活動申請を職員室までしにいくという最短経路の計画だ。申請に必要な最低人数は三名なので、そのあたりも最低限。
「なんで同好会なの? バンドを組むだけなら学校以外でもできるよね」
始業式にホームルーム、休み明けお決まりの「気を引き締めるように」というお説教を教師から受けたその後。優枝と合流した僕はクラスの違う田所さんに会うために、演劇部の活動用に確保された空き教室へと向かう。
どうしてこの部屋なのか優枝に聞いてみたところ、鍵が開いているのに誰もいないからだそうだ。みんな新入生の勧誘に直行するかららしい。なんでそんなことを知っているんだろう。
「それはね、志学祭に出たいからだよ。校庭にでっかい仮設ステージができるでしょ。あそこで
志学祭とは九月の終わりにうちの学校で行われる催しもの。いわゆる学園祭のことである。そこそこ大規模にやるので近隣からも人が集まる。
「倍率高いんじゃないの?」
「そうだね。絶対出られるってほどじゃないかも」
去年見た感じではステージへの注目度はかなり高い。
僕らのような音楽関係、落語、漫談、クイズ大会、大道芸にアクション演劇とバラエティ豊かな催しが行われていた記憶がある。レベルもかなり高かった。
出店で遊び、軽食を購入した人達が集まって休憩がてら見ていくわけだ。
「でもね、部活じゃなくても真面目に活動していれば出場はできるみたいだよ。演劇部なんかは体育館の方を使うからみんなで争奪戦っていうわけでもないし」
聞いてみると、演出の都合で屋外が使えない見世物はけっこうあるらしい。それもそうか。
「今から練習すればいけるね」
まだ半年近くある。用意周到な優枝らしい意見だった。
「桜花ー、お待たせ!」
辿り着いた空き教室。先にホームルームが終わっていたらしい女の子が所在なさげに立っている。
日ごろ演劇部が使用しているだけあって、椅子と机は教室の後ろに全て寄せてあるので座る場所もなかったのだろう。悪いことをしたのでは。
「ん。私も今来たところ」
なのに、返答はデートの待ち合わせに早めに向かった彼氏そのもの。ささやかな優しさか、あるいはただの事実だった。
「今日はちょっとお願いがあってさー」
僕と田所さんが微妙な距離感で目礼しあっている間にも、優枝はどんどん話を進めて行く。お互い、顔と名前くらいは知っているけれど、できれば先に紹介して欲しい。
「新年度始まったし、バンドやらない? こっちの映ちゃんもいっしょに!」
心中の願いに気が付いてくれたわけではないだろうけど、本題のついでに名前を出してもらう。
「バンド……? えっと、友永も?」
「そう、私たち三人で! 桜花も部活はやってないでしょ」
「……まあ」
「映ちゃんはね、ドラムス兼力仕事担当。これでもまぁまぁ叩けるんだよ。でね、できたら桜花にはベースをお願いしたいなって」
まぁまぁて……。力仕事が僕の役割だということ自体に異論はない。でも、例によって勝手に決まっているのはどうか。
「え、あ、うん」
ちょっとだけ歯切れの悪い返答。雲行きが微妙だな。それに、こういう反応は僕の考えていた田所さん像とも違う。とはいっても彼女について知っていることはほとんどないけれど。
田所桜花さん。今日から二年A組。小柄な体格に、あとちょっと短かったらチェリーショートになるほど短いヘアースタイル。少し男っぽい、というか乱暴な喋り方をする印象。なぜかはわからないけれど、彼女が大きな声で話しているところによく出くわす気がする。
あとは、優枝が高校に入って出会った『大切な人』。
「バンドって三人で?」
「うん、そのつもり。まずは同好会をつくるのが目標かな。だからさ、力を貸して欲しいの、お願い!」
「そうだね。えっと……」
ちょっと
「急に言われても困るよね。今すぐに決めないといけない話ってわけじゃないからさ。良かったら考えてみて欲しいってだけなんだ。そのときに、メンバーの顔を知ってたら助かるだろ。だから今日は僕もいっしょに来たんだよ。それで不安にさせてたらごめん」
「あ! いや、そうじゃない。大丈夫だから!」
ちょっと大きな声だった。必要なボリュームより二割増しくらい。今までもじもじしていたので驚くけど、こっちの方が僕の印象の中の彼女に近いかな。
「バンドやる?」
追い込む優枝。
「えと、う、ちょっとだけ考えさせて。今週、そう今週中には返事するから」
焦る田所さん。こら、優枝だめだよ。
「了解! 待ってるから!」
「わかった。それじゃ、また明日!」
手早く答えると、田所さんは教室を出て行ってしまった。
でもちゃんと挨拶するいい子なのだなというのはわかった。
「あとちょっとでいけたと思うんだけどなぁ……」
「いや、困ってたでしょ。そこまで拒否しているわけでもなさそうだったけど、急に言われたら誰だって躊躇するって。考える時間が必要なこともあるよ」
「そういうものかな」
本来は『そういうもの』のはずなのだけれど、考えてみれば優枝は僕相手のときはいつも即決を求めていた。もしかしたらその弊害が出てしまったのか。
「同好会申請は急ぐわけじゃないんだからさ。少し時間をあげた方がいいよ。急かしたらだめ」
「はーい……。でも、予定変わっちゃったな。あ、そうだ、映ちゃん、私今アンプ探してるのね。そっちの相談乗ってもらっていい?」
まだバンドが始められるかはわからない。けれど、確かに本気でやるなら必要なものはいくらでもある。今のうちに目星をつけておくのも悪くないか。
「わかった、じゃあいっしょに帰ろうか」
なんだかんだ言って僕だってわくわくしているのだなと思う。それにこうして形だけでも優枝とデートができるなら、それはそれで僥倖ということにしておこう。
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