第2話

 向坂優枝さきさかゆえは端的に言って馬鹿である。

 底抜けの馬鹿と言っていい。しかも行動力まであるから始末に負えない。頻繁に、余人に想像できない馬鹿をやらかす。僕はそれを何度も見てきたから確かだ。

 やや珍しいことに彼女は頭の回転が速い馬鹿でもある。

 問題があれば解決方法を模索し、最適解を見つけ出す力がある。加えて非常に忍耐強く、現実的な判断(あくまで実行可能という意味で)のもとに計画を立案、実行する適正があった。その結果、僕の前には試練が立ちはだかることになるのだ。

 小学生の彼女は、どうしても日本で最大の湖畔を自分の力で走破してみたくなった。

 約二百キロメートル。訓練を積んだ子なら自転車を使えば同年代でも達成できなくはない。そんな距離だ。ただ、一日では不可能だった。必然、宿泊を前提に計画を立てねばならず、彼女の両親は反対した。彼らは社会人として当たり前に忙しくて優枝のために同伴までできなかったのだ。

 当初、優枝は一人で滋賀県まで向かい、自転車を現地調達した上で自分だけで宿泊することが可能だからやらせてくれ、と主張した。彼らは常識的な判断の元、彼女の性別なんかを理由にやはり反対を続けた。しかし、これは彼女の張った罠だったのだ。

 なら、幼馴染の映ちゃん、つまり僕と行くと主張した。あまり関係のないことだけど、この時点で当人はそんな話は一言も聞かされていない。

 ただし、僕の両親は違った。彼らは優枝の両親と比較すると少しだけ時間的余裕があり、レジャーに対してはかなり理解のある方だった。加えて、娘のいない家庭事情から次男の幼馴染である優枝を溺愛していた。

 このとき、ある程度相談を受けていた彼らは、優枝の立てた計画の綿密さに驚き、すっかり応援する側になっていたのだ。結果、話し合いは主に大人の間で行われ、いつの間にか僕と優枝の二人が、僕の両親とともに滋賀県へ向かい、彼らの援助の元、琵琶湖一週に挑戦することが決まっていた。

 決して楽な体験ではなく、なんなら途中で吐くほど辛い旅となったのだが、それはまた別の話だ。


 中学生になった彼女は突如勝負の世界に興味を持った。

 それならそれで妥当な選択肢はいくらでもある。例えば、運動部で全国大会でも目指せば良い。そこには青春の汗と涙があったはずなのだ。

 なのに優枝が選んだのは、あろうことかカードゲームであるポーカーだった。まぁこれだって、別に競技自体が不健全なわけではない。この世界にも奥深い駆け引きと、真剣にとりくむ人達がいる。単に歴史的に賭け事と深い関係があり、つい最近まで未成年が国内の大会に参加できなかったというそれだけだ。

 ここで問題となるのが『つい最近』という部分だ。

 僕たちが中学二年生だった当時、大会運営は競技者の裾野を広げるためにジュニアの部というものを開催することにした。

 このニュースを、優枝はどこかから聞きつけてきたのだ。そして、自分も大会に出ると言い張った。目的は『日本一のプレイヤーと勝負するため』ということになる。

 ジュニアの部で優勝すれば、エキシビジョンマッチとして本大会優勝者と勝負することができる。このときの優枝はとにかく、頂点にいる人間と真剣勝負がしたくてたまらなかった。僕には理解できない感情だけど……。

 ジュニア大会は開催第一回ということで予選もなく、事前登録をして現地へ集合さえすれば参加できた。シード権もなし。それも彼女にとって追い風となった。

 恐らくガチンコで臨んだ選手はあまり多くなく、何割かは運によって敗退したのだと思う。そんな中で、常軌を逸した情熱で技術を磨いた彼女に、勝利の女神は微笑んだ。

 カウンティングから、現場にいる僕を頼ったここでは言えないような技まで使って挑戦権を掴み取った。なりふり構わない相手にも栄光を与えるのだから、女神は思ったよりも潔癖ではないということを僕は学んだ。

 最終的にエキシビジョンでぼこぼこにされることになるのだが、優枝は終始満足そうだった。頂きの高さを知ることが楽しいらしい。

 余談が二つある。一つは、この件で延々練習相手をさせられた僕が、そこそこカードの取り扱いが上手くなってしまったこと。その後にあった修学旅行中の余興で勝ちすぎてハブにされるという憂き目を見た。

 もう一つは、一回目の挑戦で優枝がすっかり満足してしまって、次大会からは参加していないこと。毎年運営から送ってくる招待状は封も開かれずにシュレッダーにかけられているようだ。担当者が浮かばれない話である。

 ちょっと思いついた事件について話したわけだけど、彼女にはこんな逸話がいくつもある。これだけで、どんな人物なのか多少はわかってもらえたんじゃないだろうか。

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