ここから始まるの恋のお話

瓜生久一 / 九一

Point of No Return

第1話

「映ちゃんの子どもを産みたいの」

 春うららの並木道。

 今まさに桜咲き誇る素晴らしい景色の中、幼馴染の女の子から衝撃的な告白を受けた。

 思わず息を止めて考えを巡らせる。四月一日はもう終わった。周囲に人の気配はないし、彼女が僕を騙す理由も思いつかない。

 だから、思ったままに答えることにする。

「……でも、優枝、好きなひとがいるって言ってたじゃん」

「そう、そうなの。それと関係しているの」

 まくし立てるように続けられるけど、まったく理解できない。

 少なくとも優枝の好きなひとというのは僕のことではないし、そもそも女の子だったはずだ。だから僕なんて本当にお呼びではない。

「私ね、前にも言った通り桜花のこと好きなのね、凄く。一生いっしょにいたいし、家族になりたい。でもそうしたらね、子どもも欲しくなるなって」

 ……なるほど、ちょっとだけつながった。だけど、だめなつながり方だ。僕の幸福とは関係がない。

「でも、私と桜花じゃ子どもってつくれないでしょう。できるなら自分の子がいいから、IPS細胞とか代理出産とかいろいろ調べてみたけれど、どれも決め手にかけるの。一番良さそうなのが男の人との間に子どもをつくることだった」

 ちょっとでも話をらそうと、提案しようとしたことは全部否定されてしまった。

 昔からそうだ。優枝は何かやろうと思い立ったら徹底的に調べる。その上で必ずやり遂げる女の子なのだ。小五のときの自転車琵琶湖一週も、中二のときのポーカー日本一挑戦も。

 ただ、その目標がくるくる変わることと、突拍子もないことが大きな問題だった。

 今回のやつはこれまでの人生でも最大級の予感がする。

「パートナー条例とか養子縁組とか、結婚に近いことはできるのね。援助してくれる団体もある。ただ、自分たちの子どもに囲まれて過ごしたいなって。それでピンと来たの」

 ピンと来ないで欲しい……。

「私と桜花が同じ人の子を産んだら、二人は血のつながったきょうだいでしょう。それって私と桜花が両親ってことにならないかな」

 ならない。だから思い直して。

「そんな子たちを私と桜花で育てるってとても幸せなことだと思うし、だから挑戦したいって。協力して!」

 家族計画の中に、関係者であるはずの僕の影がどこにもない。遺伝子の提供以降、まるで排除されることが規定路線のように感じる。

「男の人と子どもつくるなんて映ちゃん以外考えられないの!」

 最低の提案をされたはずなのに、ちょっと心が揺らぐ。

 優枝にとって僕が『男の中』では一番だという意味だから。……僕が優枝のことを好きだから。

 しかし、だからといって受け入れるわけにはいかない。とても大切な一つの要素がこれまでの話の中では検討されていない。

「……仮に優枝が良くたって田所さんはダメでしょう。優枝、めちゃくちゃ言っているよ?」

「……そうでもないと思ったからお願いしてるの。桜花、意外と映ちゃんのこと嫌いじゃないよ?」

 意外と、って……。だいたい嫌いじゃない、から、子どもをつくる、までの間に果てしない距離がありすぎる。

「冷静になって。子どもなんて育てるお金もないし、僕たち漏れなく学生なんだから本分の学業に専念しようよ、ね」

 無駄だとは思いながらも説得を続ける。そうしないわけにいかない。

「そんなことしてたらすぐ卒業だよ。子どもは大人になってからでいいの。そうじゃなくて今日はただ計画の話をしただけ」

 それなら良かった、とはとても言えない。僕はこんな草案を知らされたまま今後の学生生活を送らなければいけないのだ。

「去年一年かけてやっと桜花との距離が縮まったから、今年は大きくステップアップさせたい。計画のためには映ちゃんと桜花にもそこそこ仲良くしてもらわないと。協力が必要不可欠なの、わかるでしょ!」

 なにもかもわからないままです。明日はどっち?

「だからね、映ちゃん。いっしょにバンド組もう!」

 最後に伝えられたアイデアだけが、やけに学生らしくて逆に生々しかった……。

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