vol. 07 居酒屋にて ④

店員さんが、おかわりのレモンサワーを彼女に手渡しした。


「ふーん」

新しいレモンサワーを口に含む。

ごくん、と飲み込む姿は少し艶めかしい。


「青年海外協力隊の活動がODAの技術協力にあたるってことはわかったけど、それがなんで、ユキトさんの挙げるメリットをJICAが声高に言えないことにつながるの?」

「あー、それは青年海外協力隊がODA事業である以上、事業の第一目的は途上国支援でないといけないからですね。」

目的というか、”看板”かな。

ってか首を傾げる姿も可愛い。

天才かよ。かわいいかよ。


「さっきODAの定義を説明したばっかで恐縮ですが、ODAとして実施される事業は途上国発展の為の資金/技術支援が主目的でなくちゃいけないんです。これを逸脱するとODAではなくなる。」

「ん?わかりづらいからはっきり言え」

「要は、”途上国で2年間の就労経験と言語能力を獲得できるから、ボランティアに参加しよう”

って文章があった時、その文章から受ける印象は何になりますか?ワーホリの案内?自己啓発?そういったものに勘違いしちゃいそうじゃないですか?少なくとも”途上国への支援活動”といったニュアンスは薄いと思うんですよ。単なる、自身の能力向上の為の機会提供/機会獲得の案内にも見えてしまう。」

「あぁーわかってきた。JICAとして”参加者の成長”を強調すると、それはODAの定義から外れてるように見えてしまうかもしれないってこと?」

「その通りです。何度も繰り返して恐縮なんですが、ODA事業である為には、ODAの定義にある”開発途上国の経済開発や福祉の向上に寄与することを主たる目的としていること”の部分は必ず満たさないといけない。だから、活動を通して得られるボランティア自身の成長を第一目標としてしまうと、それはODAの定義から外れることになってしまいます。なんならワーホリと同じじゃんみたいな。」


「なるほど。けど、それって本音と建前というか。だって青年海外協力隊としてやることは結局同じじゃん?」

「まさにその通りです。ただ、建前とは言え、ODA実施機関であるJICAが、途上国支援以外の自己成長を一面に出した事業宣伝をするのはよろしくないって感じですね。」

「なるほど。そのODA定義ウンヌンの話に加えて、一般人的な視点で電車の中吊り広告に”途上国で2年間の就労経験と言語能力を獲得できるから、ボランティアに参加しよう”みたいなキャッチコピーがあったら、途上国支援自体は良いことと思いつつ、お前の言語能力成長の為にこっちは税金が使われるのは納得がイカンって感じにもなっちゃうかも。」

正直な感想は非常に助かる。


「まさにそういうことです。」

フッと一息ついてから言葉を加える。


「ただ、実際青年海外協力隊の資料を見てもらうとわかるですが、第一目標は途上国支援としながら、副次的な効果/目的として”ボランティアで得られた経験/能力を社会に還元する”、

とか、資料によっては、”協力隊を通した国際(グローバル)人材の育成”とかも書かれているんです。」


実際にはこんな感じ。


−−−

JICAボランティア派遣事業は、国際協力の志を持った方々を開発途上国に派遣し、現地の人々とともに生活し、異なる文化・習慣に溶け込みながら、草の根レベルで途上国が抱える課題の解決に貢献する事業です。草の根レベルであっても、その活動は途上国の政府や政府機関、

あるいは公益性を追求する非政府機関の活動となる点が特徴です。


開発途上国からの要請(ニーズ)に基づき、それに見合った技術・知識・経験を持ち、「開発途上国の人々のために生かしたい」と望む方を募集し、選考、訓練を経て派遣します。


派遣の主な目的は、

(1)開発途上国の経済・社会の発展、復興への寄与、

(2)異文化社会における相互理解の深化と共生、

(3)ボランティア経験の社会還元です。

途上国支援として(1)の開発に向けた貢献に加えて、

(2)の途上国との草の根レベルの友好関係づくりや

(3)の社会還元が加わっている点が「国民参加型」事業と呼ばれる所以です。

(https://www.jica.go.jp/activities/schemes/volunteer/index.html)

−−−


「この経験の還元って、還元先は別に企業でも良いの?」

「問題なしです。還元先への具体性はなく、兎に角”社会”に対してならなんでもよし。企業でも民間団体でも。要は、培われた能力を他で活用することもJICAは認めているんです。」

「なるほどねー」

彼女もレモンサワーを一口含んだ。


「ごちゃごちゃしてきた。めんどくせー。けど、なんとなくはわかってきたよ。」

おっしゃる通りです。


「けどさけどさ、その”社会への還元”って部分はODA的な考えとミスマッチが発生しないの?ODAの定義から外れたりしないの?」

「非常に良い質問です。答えとしては、ミスマッチは発生しないです。」

「なんで?」

「それは、事業内容/事業結果がODAの定義を満たしていればそれはODA事業であり、そこに至るまでの副次目的/思惑/戦略はどんなものがあっても関係がないからです。」


「ふーん。そうしたら、そこも詳しく教えてよ。なんでミスマッチにならないか。」


了解しました。

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