第2話 私と彼の出会いは偶然だった

私はレア。3歳のころに両親を病気で亡くし、その後は子供がいない叔父夫婦に引き取られた。

引き取ってくれた叔父夫婦は優しかった。

だけど、引き取られて2年が過ぎ、5歳になった私でも、どこか違和感のようなものを感じた。


そして小学生になり、もうじき6歳になるころに、雨の日に近くに住んでる友達の家から帰ってきた時だった。

家の雨除けの下で傘をすぼめたとき、私の頭に何かがぼちゃっとかかった。

雨にしてはおかしいと思い、頭についたものを手に取ると、小さなスライムのようだった。


これが、私と彼の出会いだった。


家に入ろうとしたが、何となく周りに知られてはいけないと思い、服にポケットがなかったため、スカートの中に隠して家に入った。

(子供だったとはいえ、我ながら大胆なことをしたと思う)

叔父たちに知られるかと不安になったが、そんなこともなく、安心して部屋に入った。

一息ついて、彼をスカートの中から出そうとしたが、どこにもいなかった。

「あれ? どこに…? ん?」

変に思っていると、背中でねちょねちょと変な感じがした。

「ま、まさか、背中に…?」

すると、そのねちょねちょが首まで来て、ぼたっと彼が出てきて床に落ちた。

「びっくりさせないでよ。いなくなっちゃったかと思ったじゃない」

私が言いながら手を伸ばすと、彼は私の手を伝って、また首から背中に入ってきた。

「ち、ちょっと…え?」

彼は私の背中一面に広がり、それから動かなくなった。

「そんなに、私の背中が好きなの?」

私はこの感じが気持ちよく思い、もっとしてほしいと思うようになった。

(あ、温かい…しかも痒くない)

彼は私に心地いいものを感じさせてくれたが、それは長く続かなかった。


スライムみたいだったこともあり、私は彼に「スーラ」という名前を付けた。


私が6歳になった日。

誕生日のお祝いはしてくれたが、家には叔父夫婦の他に知らない大人の男(以下:だるま男)がいた。

私はその男の人を見てぞっとして、同時に嫌な予感がした。

だるまを絵に描いたような体形で、しかも私をすごく不気味な目つきで見る上に、常にぎひぎひ笑っていた。

叔父夫婦が言うには、この男の人は私の家庭教師になる人だそうだ。

内容はわかったが、何のために?という気持ちがあった。

(スーラはずっと、私の背中にいた。でもそれを誰にも話してない)

そして嫌な予感は当たったが、それは予想以上に酷かった。


叔父夫婦から、今から勉強を始めようということになり、私は部屋に連れていかれた。

そして、私とだるま男が部屋に入ると、叔父夫婦は部屋に入らず、ドアを閉めて鍵を部屋の外からかけた。

「え!? ちょっと!」

私は部屋から出ようとしたけど、鍵がかかってドアを開けることができなかった。

「お前はこれから3時間ほど、その人から教育を受けてもらう」

ドア越しに叔父が言った。しかも叔母が追い打ちをかけるように言った。

「3時間ほどしたら部屋から出してあげるから、しっかり勉強しなさい」

そう言って、部屋から離れていくのが足音で分かった。

「ひっひっひ。そういうことだよ、お嬢ちゃん。今から勉強を始めようか?」

言いながら、私の肩に触れた。

私はその感触に、ひどい悪寒を感じた。

「さぁ、机に向かおうか?」

だるま男は不気味な目つきで私を見ながら言った。

「い、いや…」

私は悪寒と恐怖を感じながらも必死に抵抗し、なるべく距離をとった。

「逃げても無駄だよ?」

そう言いながら、手を私に伸ばしてくる。

もう逃げられないと絶望したとき、腕に何かにゅるっとした感じがした。

そう思った瞬間、ズバっと何かを切るような音がした。

「ぎ!?ぐぎやぁああああああああああああ!!!!」

変な音がしたと思うと、急にだるま男が悲鳴を上げて苦しみだし、私は触れられることなく、むしろだるま男が私から離れた。

何があったのだろう?

私は体を起こしてだるま男を見ると、だるま男の手から血がドバドバと出ていた。

「あああ!わ、わしの、手がぁぁぁ!?」

だるま男は自分の手をもう片方の手で押さえて左右に転がる。その指の間からは絶えず出血していた。

この後、だるま男は意味不明な言葉を叫び、転がって暴れた思ったら、ドアを壊して部屋から出て行った。

「何なの?…あ!」

自分の手を見ると、そこから蛇みたいになったスーラが顔を出しており、その口には刃物のように鋭い牙があった。

スーラは牙を引っ込ませ、私の背中に引っ込もうとしたが、それを私は止めてゆるくつかんだ。

「待って。もしかして、助けてくれたの?」

聞いたけど、スーラは少し動いて私を見ただけだった。でも嬉しかった。

「…ありがとう…」

私は言いながらスーラを撫で、口と思われる部分にキスをした。

これが、私の初恋…そして、私とスーラの…初めてのキスだった。

「…好きよ…これからも、私のそばにいてね?」

うっとりしながら気持ちを伝え、またキスした。


スーラは私の背中に張り付き、私は部屋に飛び散っただるま男の血をふき取り、何もなかったかのようにベッドに寝た。

叔父夫婦は、私が連れ込まれた後で外出したらしく、どこにもいなかった。

数時間後、帰ってきた叔父は壊れたドアを見て驚き、大丈夫なのかを聞いてきたけど、私が何ともないと言ったら、それ以上のことを聞かずにリビングに戻っていった。

(どうやら、予定が狂ったみたいね)

このときも、私はスーラのことを言わなかった。

ドアが治るまで、私の部屋は使えなくなったのは余談ね。


翌日。だるま男は来なかった。

叔父が言うには、だるま男は手にひどい切り傷を負っただけでなく、その傷口から入ったばい菌で病気にかかったらしい。

その病気で、動くこともままらない状態になってしまったとも聞いた。

しかも、それから3日ほどして死んだと聞いた。それも、体の大部分が腐って、人間だったのかもわからないほどひどい状態だったそうだ。

聞いたときはぞっとしたけど、同時にこれでだるま男は二度とこないと思った私は、本心からほっとした。

スーラはあれ以来、一日のほとんどを私の背中で過ごし、たまにねっとりと動く程度で、それ以上のことはしなかった。

たまにだけど、腰や首の周りで過ごすこともあった。


それと同時に、不思議なこともあった。

実は私は、スーラと出会う少し前から急に体調を崩すことがよくあり、酷いときは2週間も寝込んでしまうほどだった。

それがスーラと出会い、彼が私の背中に張り付くようになってから、健康そのものになったのだ。

そんな私を叔父夫婦は、どこか腑に落ちないと思わせるような目で見てきた。


ある日、学校で読書の授業になり、図書室に移動になった。

何を読もうかといろいろ探していると、1冊の絵本を見つけた。

その絵本には、スーラと同じような異形の者のことが書かれていた。

最初はスライムのような感じだが、成長すると自由に形を変える。

言葉を発することはできないが、人間の言葉を理解することができるらしい。

といったことが、子供でもわかるような感じの絵本だった。

続きを読んでみると、小さいときに出会った人間が取った行動で、性格が変わるという。

(つまり、背中に入れたことで、人間の体に興味を示すようになったのね)

知らない間に、様々な形で人間の体内に入り込むこともある。

(私の背中や腰にいるのも、不思議じゃないということね…)

しかも、自分に好意を示した相手を守るようになる。

(スーラとの初めてのキスは、私の本心。そして私は、今もスーラが好き)

ここまで見て、本を閉じようと思ったが、その時に目に入ったものがあった。

毒を全く受け付けず、むしろ自分の栄養源にしてしまう。

(つまり、毒で死ぬどころか、生きる力に変えるってことなのね)

知っても特に意味のないことだと思った。だけど、最後のほうに書かれてた内容は・・・。

「レアちゃん、そういう本が好きなの?」

絵本を見ていた私に、先生が聞いてきた。

「変わった本だなって思って…」

危うく、スーラのことを言いそうになったのを何とか抑えた。

「それでも、興味を持つのはいいことだわ」

そう言ってどこかに行った。


家に帰り、スーラのことを知らせようとリビングに行こうとした。

そこに叔父夫婦はいたが、とんでもない会話を聞いてしまった。

「ねぇ…レアのことだけど、結構しぶとくない?」

叔母が何かを料理しながら聞いていた。

「確かに。普通ならもう死んでてもおかしくないのに。これじゃぁ姉夫婦があのガキにかけた保険金が下りないぞ」

叔父は椅子に座って新聞を見ながら言った。

「せっかくあの子の食事に毒を微妙に入れて徐々に弱らせてるのに、もうじき死ぬかと思ったら、急に元気になって…」

「ま、姉夫婦を病死に見せかけて殺したのは、お前のお手柄だな。けどまさか、保険の受取人をあのガキにしてたとは…」

これを聞いて、私は目の前が真っ暗になった。

まさか、私を殺そうとしていたなんて…。しかもお金のために私の両親を…。

何とか正気を取り戻し、足音を立てないようにそっと自分の部屋に入った。

この時、スーラが私の背中にいないことに気付かなかった。


「どう、して…私が…しかもお父さんとお母さんも…」

ベッドで横になり、悲しくて涙が止まらず、枕に顔をうずめた。

私はこの世に生を受けただけなのに…それも6歳になったばかりなのに、どうして殺されないといけないの?

悲しい気持ちのまま、眠ってしまった。


窓から差し込む夕日の光に眩しさを感じて、私は目を覚ました。

「あのまま、寝ちゃったのね…」

ボーっとする頭で目をこすりながら体を起こし、部屋から出た。

この時、私は空腹だったが、口の中が少しねばねばしており、お腹に何かがたまっているように感じた。


食事の時間ということもあってリビングに行くと、叔父夫婦が笑顔で出迎えた。

私の1日遅い誕生日祝いだと言う。

テーブルにはちょっと豪華な食事が用意されており、私は嬉しく思って席に座った。

用意された料理は、みんな私の好きなものだった。

私はどれから先に食べようか迷い、一番目の前にあるものから食べることにした。

料理は美味しかったが、ちょっぴり変な部分もあった。

何かを忘れてる気がしたけど、私は気にせずに食べた。

いっぱいあって色々食べたけど、なぜか空腹のままだった。


そしてすべて食べ終わり、部屋に戻ると、スーラがいないことを思い出した。

どこに行ったんだろうと思いながら探したが、部屋のどこにもいなかった。


夜になり、がっくりしながらお風呂に入った。

でもどうして、この家のお風呂は地下にあるのか…それが最大の謎だった。

「ねちょねちょしてるのね…でもこの感じ、嫌じゃない」

私は腰回りに少し残ったスーラの粘液を手に取り、それを口に入れてみた。

「蜂蜜みたいで、甘いのね」

本当に甘い味がした。

ある程度体が温まったところで、湯船から出て石鹸で頭や体を洗い、スーラの粘液でずっとべとべとだった背中や腰も洗い、泡をシャワーで洗い流した。


体を洗い終えて湯船に入り、天井を見上げた。

「ねぇ…スーラ、どこに行ったの?」

天井を仰いでつぶやいた。

「…戻ってきて…大好きなスーラと、キスしたいよ…ん?」

さらに呟くと、胃に変なものを感じた。

胃で何かが動いている。

なんだろうと思っていると、こみ上げてくる感じがした。

「う、う!?」

今にも吐きそうな感じになり、洗面器を取った。

その2秒ぐらいした後に、こみ上げてくるものが私の口からドバドバと音を立てて出てきた。

「はぁ、はぁ…う!」

一度、大量に吐き出したけど、でもまたこみ上げてきて吐いた。

「はぁ、はぁ、な、何なのこれ…」

吐いたものを見てみると、半透明で蛇みたいな形のものだった。

体力を削られたことで私はそれを見ても驚く余裕がなく、手の力が抜けて洗面器を落としてしまった。

すると、洗面器にたまった半透明の蛇は、動いて排水溝に行き、口からごばごばと音を立てて何かを吐き出した。

「まさか…スーラ?」

少しして息が整い、改めてスーラが吐いたものを見ると、その中に私が食べた料理のかけらがあり、それを見て思い出した。

「しまった!そういえば私、毒でやられそうになってたんだった…」

まさか、スーラは毒から私を守った…?

あの絵本の最後に書いてあった、“宿主(やどぬし)と認めた相手を、あらゆる災厄から守る”というのは本当だったの?

嘔吐物の悪臭もあり、私は換気扇をつけ、シャワーで汚れを洗い流した。

口からの排出が止まったスーラは、自分の口を洗うようにシャワーを浴び、湯船の中に沈んだ。

私は臭いがなくなったことを確かめ、シャワーと換気扇を止めて湯船に入った。

「また、守ってくれたの?」

聞きながら、湯の中に沈んだままのスーラを両手で拾い上げ、私は口と思われる部分にキスをした。

「ありがとう。おかげで私は、こうして生きていられる。大好きよ」

私はお礼を言い、またスーラの口にキスをして、彼の口をむしゃぶると、スーラは自分の舌で私の舌を包み込んできた。

「もっと、私とキスしよ?」

じゅばじゅばと音を立てながらも、私はキスをやめなかった。

蜂蜜の味がするスーラの粘液が私の口の中に入ってくる。その粘液で、私の口の中はべとべとになった。

粘液が口の中いっぱいになったときに、私はスーラの口から唇を離し、蜂蜜と同じ味がする粘液を飲んだ。

唇は離れたが、スーラと私は舌でしばらくつながっていた。

「…幸せ…」


しばらくしてお風呂から上がり、パジャマを着ると、スーラは私の背中に張り付いてきた。

そして何事もなかったかのように、自分の部屋の隣にある、誰も使ってない寝室のベッドで寝た。


翌朝。私はすっきりした気持ちで目を覚ました。

「おはよう♪いい天気だね♪」

そして叔父夫婦に元気に挨拶したら、驚いて何も言えないような感じになっていた。

『!!!!????』

(それもそのはずよね。本当なら私は、もう死んでいるんだから…)


その夜以降、私はスーラと一緒にお風呂に入って、お互いに体を洗いあったり、その後にキスをしている。

でも、スーラのことを叔父夫婦に知られないように行動するのがやっとだった。

お風呂場が地下にあったおかげで、知られることはなかった。


それから3日ほど過ぎたころ、学校が終わって家に帰ると、家に黒い服を着た人たちが何人かいた。

(何があったの?)

集まった人たちの話によれば、叔父夫婦が一緒に毒で死んだとのことだった。

家には鍵がかかってなかったが、誰も侵入したような跡がないことから、自殺だろうという話になった。

でも私は、本当のことを知っていた。

私がいつまでも死なないどころか、いつからか元気いっぱいになり、用意した毒が偽物どころか栄養剤じゃないかと試したのだろう。

スーラがいなかったら、私があんなふうになってたのかと思うと、本当に怖くなった。

でもこれで私は、毒に怯えることなく生活できると安心した。

叔父夫婦の遺体は、専門機関に毒薬と一緒に回収され、黒い服を着た人たちは、私を見ても何も言わずに帰った。

誰もいなくなった家に入った私は、これからどうしようかと考えた。

でも、6歳の私には、どうすることもできなかった。

「これから、どうしたらいいのかな…?…ん?」

机を見ると、一通の手紙があった。

私はそれを開いて読んでみた。

「これは…」

私は手紙に書いてあった住所に行ってみた。

(もちろん(?)、スーラのことは話してない)


その日の夜、手紙の送り主から夕飯が届いた。

私はそれを、スーラと一緒に食べた。


それから少しして、スーラと一緒にお風呂に入って、そのあとはいつの間にかドアが修理されて使えるようになった私の部屋で寝た。


叔父夫婦はいなくなったが、私はこの家に住み続けている。

手紙の送り主は叔父夫婦の親族にあたる人で、叔父夫婦が亡くなったことを知って生活に必要な援助をしてくれた。

私を毒殺しようとした元・叔父夫婦に代わっての罪滅ぼしだと言ってた。

食事は親族が経営する弁当屋から宅配でやってくる。

好きなものを注文していいし、お金は取らないと言ってたけど、私は子供ながらに贅沢をする気にはならず、いつも安いものを頼んでいた。

私はいつも前の日の夕方に翌日の分を注文して、その数分後に運ばれてくる。

それを次の日の朝と晩に、スーラと一緒に食べるという生活を送っている。


年月は流れ、私は10歳になった。

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