第2話 チュートリアル

 兄貴がくれたチケットとコルトを懐に、俺は組事務所を出た。

 と、事務所の前でいきなり俺に駆け寄ってくる女に遭遇!

「ちょっと! ミユキがあんたの子供を妊娠したって言ってるんだけど!」

 怒りに顔を歪ませて喚き散らす彼女はアケミ、俺が付き合っている女のうちの一人だ。ミユキと同じキャバクラに勤めている。だからミユキの妊娠を知ったのだろう。

「ねえ、責任とって結婚するってほんと? うそよね、だって、あなたが本当に好きなのは私でしょ!」

 アケミは見た目だけなら長い黒髪の美しい気の強そうな美人だが、その内面は人一倍嫉妬深くて粘着質である。俺を自分だけのものにしたいらしく、時々包丁を振り翳して襲ってきたり、飲み物の中に毒物を入れてみたり、ビルの屋上から突き落とされそうになったこともある。

 尤も、一流のヒットマンである俺が、素人女ごときに殺られるわけがないが。

 アケミは今日も手に刃渡り二十センチほどの万能包丁を構えている。

「わかった、わかったわ、ミユキに騙されてるのね、そうでしょ!」

 アケミは狂気にぎらつく目で俺を見上げ、狂気の刃文をべろりと舐めた。

「ふふふふふ、でも、そんなこと、どうでもいいわ、今日こそあなたを私だけのものにする、つまり、殺しちゃえばいいだけだもの」

 アケミは包丁を振りかざして襲いかかってくる。実に面倒だ。

 俺は懐からコルトを出し、アケミの眉間に向けた。自慢じゃないが俺の腕なら一撃で仕留める自信がある、そう、苦痛すら感じないほど一瞬で。

 俺は躊躇うことなく引き金を引いた。


 神の悪戯か運命の気まぐれか、俺の放った弾丸は大きく外れてアケミの左肩を撃ち抜いた。

 彼女は苦痛に息を乱し、左肩を押さえて立っている。

 その隣にはマツイのアニキ、どうやら今の銃声を聞いて飛び出して来たらしい。

「オメー、何してんの、カタギの女を殺しちゃダメだって言ったでしょ」

「っす」

「あ~、わかったよ、戦い方を教えてチュートリアルやるよ」

 マツイのアニキは肩で息をしているアケミを指差す。

「今、お前ができる行動は『謝罪、逃走、ステゴロ、銃撃』の四つだ。謝罪っていうのは、まあ、『お気持ち』が必要になる、つまり金だな」

「っす!」

 俺はポケットに入っていた3万円をアケミに差し出す。しかし彼女は、その程度の端金には見向きもしなかった。

「こ、殺してやる、そしてあたしも死んでやるううう!」

 マツイのアニキは平然とした顔だ。

「あ~、『お気持ち』が足りなかったね、こういう時は一か八か、逃走を選んでみよう」

「っす!」

 俺はアケミに背中を向けて走り出した。しかし回り込まれてしまった。

 マツイのアニキが説明してくれる。

「相手の体力が多いと逃走は難しいよ、だから、まずは相手の体力を削るために攻撃してみよう、攻撃方法は二つ、『ステゴロ』と『銃撃』だ!」

 まずはステゴロ、俺はアケミの顔面にパンチを叩き込む。鼻血が花びらのように散り、アケミが大きくのけぞった。

「いいぞ、クリーンヒット! だけど相手は体力に余裕がありそうだ、『銃撃』も試してみよう!」

「っす!」

 俺が放った銃弾は驚く程の正確さで彼女の足指を潰す。

「よし、いいぞ、まだまだ腕は落ちちゃいないな!」

「っす!」

 ここで調子に乗るのが俺の悪い癖、ついうっかり二撃目を恐ろしいくらいの的確さでアケミの鼻先にぶち込んでしまう。アケミの頭部はスイカみたいに弾け飛んだ。

 ここでマツイの兄貴の解説が。

「ああ、殺しちゃったね、カタギを殺すと捜査がはじまっちゃうんだ、警官が放出されるよ」

 近くの交番から警棒を握りしめた警官が五人ほど飛び出してきた。

「警官に遠慮はいらないよ、ステゴロと銃撃でガンガン倒していこう! 『お気持ち』と『銃弾』をドロップするよ!」

 俺は警官を撃っては倒し、拾った弾をこめては撃ち、あっという間に五人の警官を倒す。なんだかこの短時間で腕が上がったような気がする。

「レベルアップすると逃げ足が早くなるよ、通常画面での警官との遭遇率も下がるし、特別な逃げ足スキルが身に付くこともあるよ、さあ、警官サツをガンガンヤって、女たちからうまく逃げながら、飛行場を目指そう!」

「っす!」

「っつうこっちゃ、まあ、チュウトリアルっちゅうことで、この女だけは始末しといたる。だけどなあ、この先は手を貸してはやれん、気をつけて行けよ」

 マツイのアニキはそう言って、俺に弾薬パックを二つくれた。

 俺はその弾薬も懐に突っ込んで、走り出す。

 飛行場に行くには電車に乗る必要がある。最初の目的地は駅だ。

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