第6話


 ディアは基本的にサクヤかツバキの部屋で寝起きをしている。ディアの部屋もあるにはあるのだが、ほとんどプレゼント置き場になっていた。人形だとか洋服だとかがわんさか。ベッドはお姫様も驚くキングサイズ。推定三、四歳児には大きすぎるため、ディアを連れ込んで(※ディアの部屋)抱き枕にする幹部たちの昼寝場所となっている。

 今日のサクちゃんは随分とお疲れだったようで「魔法少女アルティナディア」とかわけのわからん語呂のよい単語を呟きながらディアを抱き枕にしてベッドインした。おやすみ三秒だ。


 推定幼女が楽しすぎて忘れそうになってしまうが、私は十七歳だ。くーちゃんと契約できていれば晴れて進級ができていたはずの立派な魔女見習いである。

 サクちゃんのさらさらの金髪をよすよすしながら、ポンコツな脳みそを働かせる。

 おそらく、というか多分、この世界はディアたちが生きていた世界とは違うのだろう。見上げるほどの高い建物(ビルと言うのだとサクヤが教えてくれた)も、地面を走る鉄の塊(車と言うのだとツバキが教えてくれた)も、あっちにはなかった。だって空を飛んだ方が早いし、移動魔法が主流だった。


 魔法も、魔物も、魔女も存在しない。マフィアとか、ヤクザとか、よくわからない抗争があるけど、あっちの戦争よりずっと平和。


 サクちゃんは優しいし、つっくんもなんだかんだ文句をいいながらもお世話をしてくれる、セイちゃんは頭を撫でてお菓子をくれるし、シュウちゃんはお出かけに連れてってくれて、ネコちゃんは美味しいご飯を食べさせてくれる。

 あっちだったら考えられないほど穏やかな日常を過ごしている。たまに、皆怪我をしてくるけど、魔法でちょちょいのちょいだ。

 戻らないといけない。帰らないといけない。進級しないといけない。――別に、戻らなくても、帰らなくても、進級しなくてもいいんじゃないかな。


「……くーちゃん」


 くーちゃんが吐き出したブラックホールに吸い込まれたせいで異世界へと来てしまったわけだが、同じくくーちゃんのブラックホールに吸い込まれたら元の世界に戻れるかもしれない。


 抱き枕がう゛んう゛ん唸っているのに、ゆっくりと意識を覚醒させたサクヤは眉間にしわを寄せる幼女のほっぺにかぶりついた。

 おや、起きたと思ったがこれは寝ぼけてるな。マシュマロほっぺを食べられるのはよくあることだった。


「サクちゃん、サクちゃん、おはよぉ、おきたぁ?」

「んんん……まだ……」

「つかれてるの?」

「犬共が派手に取っ組み合いし始めたせいで会合がおじゃんになったんだ」


 そっかぁ、それはつかれたねぇ、それならほっぺ食べてもしかたないねぇ(?)


 ちなみに、犬とはツバキとセイレン・シュウレイ兄弟のことだ。ツバキが忠犬で、セイレン・シュウレイ兄弟は狂犬である。忠犬はまだサクヤに対して忠実でお利口さんだが、狂犬は狂犬だから狂犬なのだ。

 取っ組み合い、とサクヤは言っているが実際は日本刀と猟銃の飛び交う乱闘だった。


「サクちゃんはぁ、ディアがいなくなったらさみしい?」

「は? ディア、いなくなるつもりか? ディアまで俺から離れてくの? なんで? 欲しい物も、なんでも用意するから俺から離れてくなよ。なぁ、俺のこと嫌いになった……? 俺は、こんなにディアのことが好きなのに、なんでディアは俺のこと、え、ディア、でぃあ……俺のディア」

「ち、ちがうのよぉ! もう、もう! サクちゃんったら、とってもあまえんぼさんなんだから! ディア、……わたし、ここにいてもいいの?」


 ずっと、不安だった。今まで、好かれたことなんてなかった。頭も良くないし、難しいこともわからないから、同輩たちと会話することができなかった。

 なおさら魔法にのめり込んで、そうしたらみんなと仲良くなれると思ったのに、魔法ができるようになったら「天才」だのなんだのともてはやされて、いろんなところからスカウトが来て、向けられる感情すべてが気持ち悪かった。


 ――だから、つい、うっかりだったの。

 最初からそのつもりじゃなくって、汚い手が体を這って、手首を掴まれて、固いベッドに押し倒されて――そうしたら、目の前が真っ赤に弾けてた。


「いなくなるなよ、帰るな、帰らないで。俺のとこにずっといて。……なんでも、欲しいモノ、なんでもやるから」


 サクちゃんは、まるでを見ているようだった。ひとりが嫌いで、寂しいのが嫌で、それでもなんてことない顔して、二本の足で立ってるの。


「――それなら、ツバキくんを、わたしにちょぉだい? そうしたら、わたしはあっちの世界を捨ててあげる」


 しゃら、とさらさらの金髪が指の間から逃げていく。

 ディアは光り輝く白金髪だけど、サクヤの髪はちょっとだけくすんだ月のような金髪だ。涙目になってるサクちゃん、かぁいいなぁ。空色の瞳は、食べたら甘そうだった。


「ツバキをお前にあげたら、何処にも行かないんだな。ツバキだけでいいのか? セイレンは? セイレンをあげたら、もれなくシュウレイもついてくるぞ」


 お得セットみたいな言い方に笑ってしまった。ある意味、あの兄弟はハッピーセット(頭が)だから間違いじゃない。


「ううん。ツバキくんだけでいいの。わたし、ツバキくんが好き。だいすき。ツバキくんなら、わたしのぜんぶ、あげれるわ」

「……俺は?」

「サクちゃんはねぇ、つっくんはサクちゃんのモノでしょう? だから、わたしもサクちゃんのモノなのよぉ」


 くすくすくす。鈴を転がして笑う子どもに、美しい女の姿を幻視した。


「お前、ほんとに四歳児か?」

「……わたし、ひとこともそんなこと言ってないわよぅ。こっちに来たときに、なんだかわかんないけど、体がちいちゃくなってたの」

「…………マジ?」

「わたし、じゅうななしゃいなんだからね! 成人してて、立派なおとなのじょせいなんだから」


 それにしたって、大人の女性はもっと警戒心があるし、あまりにも幼女のふりがうますぎるだろ、とサクヤは思ったが口には出さなかった。ぷんぷん、と無い胸を張るディアが可愛かったから。

 ちなみに、ディアは別に幼女のふりをしているわけではない。

 成人しているなら、と思うものの体が小さすぎるから触れ合うことくらいしかできない。それに、ディアのことは好きだけど、そういう「好き」じゃなかった。


 外回りをしていたツバキは、自分の知らないところで敬愛するボスと可愛がってるガキが契約まがいのことをしていることに、くしゃみを一つする。その頭上には、トカゲに似ているがオオトカゲよりも大きく、二枚の翼を羽ばたかせる生き物が滑空をしていた。


「ディアは……ディアの世界には、魔女はたくさんいたのか?」

「ううん。少ないわ。わたしのどーはいは、四人しかいないし、こうはいたちも二十人もいなかった気がするわ」

「魔女、養成学校だったっけ。そこではどんなことを学ぶの?」

「いっぱんきょーよーとか、れきしとか、あとはやっぱり魔法よ!」

「思ったよりガッコーっぽいことしてんだな」


 ふわふわの白金髪は綿あめみたいだ。どこもかしこも甘い。ふわふわで、柔らかくて、一度食べたら病みつきになってしまう。まるでドラックのような少女だった。

 今更手放してなんてやれない。魔法の使えるディアなら、この場所どころか、この国からも簡単に逃げ出せるだろう。

 ツバキには、ディアがどこへも行かないように、いなくなってしまわないための鎖になってもらう。たとえツバキが拒否したとしても、それはすでに決定事項だった。だって、俺と魔女ディアの間で契約は結ばれてしまった。


 シジョウ・ファミリーはイタリア系マフィアだが、拠点は世界中のあちこちにある。現在の本拠地がニホンなのは、サクヤの母が日本人だったから。

 唯一、サクヤを愛してくれた、愛しくて、大好きで、可哀そうな人だった。


 魔女に愛されたツバキと、マフィアに囲われた母。いったどちらが可哀そうなんだろう。




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