第7話


 ツバキは、ここ最近やけにはっきりとした夢を見る。

 緑薫る森の中で、美しい女と向かい合って茶をしばいているのだ。


 きらきらと、光をまとった白金髪に、どこまでも深く昏い海の瞳。

 傷もシミもない真白の肌に、黒いレースのマーメイドドレスを身にまとって、呼吸をするのも忘れるほど美しい顔にドロドロに煮詰めた愛を滲ませた笑みを浮かべている。


 その女は、どことなくディアと似ていた。

 ボスが拾ってきた、正体不明のガキ。世話役を押し付けられて、気づいたら足元を気にするようになっていた。


 夢は、いつも突然始まって突然終わる。

 穏やかなティーパーティー。

 ボスの目を思い出させる青空が赤く染まり、緑は燃え、どこからか発砲された銃弾から、女が自分を庇って、夢から目覚めるのだ。


「……」


 腕の中にはすやすやと眠るディアがいる。小さな唇がむちゃむちゃしているのが可愛い。きっと何かを食べる夢でも見ているのだろう。

 可笑しなガキだ。強面の構成員も、血も、暴力も、銃も怖がらない不思議なガキ。現場に連れてっても、きっとこの小奇麗なガキはきゃらきゃらと笑っているに違いない。


 細くて指通りの良い髪を撫でて、水でも飲もうとディアを起こさないようにそっとベッドから抜け出した。

 ――寝室を出て、五分と経たずのことだった。ガシャンッと盛大な破壊音がして、高層マンションの最上階からディアは連れ去られた。




 アレはそうとうブチ切れてんなぁ。

 常ならばきっちりと後頭部で結い上げられている黒髪がさらさらと背中で揺れているのを眺めるシュウレイは、目を眇めて唇を弓形に歪めた。


 シジョウ・ファミリーのナンバー2カゲミヤ・ツバキのセーフハウスが襲撃された。

 襲撃くらいならよくあることだが問題なのは、最上級のセキュリティを誇る本邸宅が割れたことだ。

 幹部たちの素顔、肉声、スケジュールやハウスの場所など全てトップシークレットである。


 ――深夜二時。

 本部の地下、通称拷問部屋にはボスをはじめとした六人の幹部たちが勢ぞろいしている。


「わ、わらひはっ、ただ、た、た、ただっ、聞かりぇたらけでっ」


 鉄製の冷たい椅子に拘束された男は襲撃をされたマンションのコンシェルジュ。

 シジョウ・ファミリーの幹部が住むのだから、もちろんマンションの従業員を始め住人たちの情報は精査済みで、このコンシェルジュは白丸だったはずなのだが。


 可哀想なことに、目の周りは青あざになって、鼻は可笑しな方向に曲がっている。数本飛んで行った歯が壁際に転がっており、両足の甲の骨は砕かれていた。


「だぁかぁらぁ~~~! 俺はだぁれに指示されたかぁって聞いてんだよなぁ!!」


 眼は赤く血走って、無理やり形作った笑みは引き攣っている。こめかみには青筋が浮かび、抑えきれない衝動に再び振りかぶった拳は赤く腫れていた。


「お、おりぇはあんたがま、ま、マフィアだにゃんてもしあなかった!! た、ただ、女の子を連えた、綺麗な男がッ、あがっ……!」


「ぎゃははははっ、き、綺麗な男だってぇよ!」

「ツバキちゃぁん! 気分どーお?」


 外野のハッピートリガー兄弟にもついでに銃弾を一発ブチこんでおく。


「――ツバキ」


 悪意の渦巻く拷問部屋に、清涼な声が響く。決して大きな声ではないが、よく通る声だった。

 ぴたり、と賑やかな笑い声も止んで、全ての目がボスへと向けられる。


「もういいよ」

「……ボス、」

「ネコがそいつの飼い主を見つけたって」


 無感情に「裏切者には、制裁を」と判決を下した王様に頬が紅潮する。


「僕だったら、なんてできないなァ」

「ぼくも無理。にーさんはさっさと殺しちゃうだろォ」


「Si,Boss」と満面の笑みを浮かべたツバキは、コンシェルジュの男も見ずに銃に込められた弾丸を吐き出した。

 パァン、とあっけなく命は散っていくのだ。



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