第5話 後編


かぜよ、いざなえアネモイ


 一陣の風が吹き荒れる。

 雲が流れ、目を開けていられないほどの強い風がどこからともなく現れて、まるで竜巻のようになった風は隠れていた敵対勢力の人間を空へ巻き上げてから地面へと叩きつけた。

 ボコッゴキッだとか何かが落ちてきては折れる音がして、野太い悲鳴があたりに広がる。


「……はぁ?」


 リアリストなマフィア幹部のふたりは不可解な現象に頭がついていかず、ぽかんと口を開けて間抜け面を晒した。――まるで、魔法を見ているようだった。


 いくつもの竜巻がオフィス街に現れて、それは人間だけを巻き込んで、巻き上げて、吹き飛ばして、意思を持っているかのように一か所に武装した敵対組織の構成員たちを山積みにしていった。

 四本の大きな竜巻がディアに迫る。思わず、吹き飛ばされてしまうと駆けだしたツバキの襟首をセイレンが掴んで引き留めた。


「オイッ」

「ディアちゃんの魔法・・なんデショ」

「ッ、ディア!」


 ぐッ、と襟首を引き寄せられて首が絞まる。ツバキよりもガタイが良くて力も強いセイレンを振り払うのは無理だ。声を張り上げて、手を伸ばす。


「こっちに来い!!」


 花のかんばせには似合わない険しい表情かおをするツバキに眉を下げる。

 褒められると思ったのに、ツバキはどうして怒っているのかしら。危険な人間は一か所に集めたし、武器も取り上げたのに。

 唇を尖らせて、しょんもりするディアは大変可愛らしいが、ツバキは心を鬼にして「かわいいッ……!」とほぼほぼ出ている言葉を飲み込んだ。


 風に包まれ、文字通り風たちによってツバキの元まで運ばれたディアは、ふたりが割と酷い格好(返り血塗れ)をしているのに今更気づいて、魔法を見せたのならもういいだろう、とそう思って杖を振る。



 白い光がふたりを包み込み、ボロボロだったスーツは新品同様にパリッと糊のきいた状態にまで

 今度こそ、現実ではありえない現象が自身に起こって、『魔法』を認めざるを得ない。怒りとか混乱とかでクラクラする頭を押さえながら、ツバキはしゃがみ込んでディアと目線を合わせる。


「……俺は、お前の命をボスから預かってンだよ。勝手に動いて怪我でもしりゃぁ、俺の首が物理的に飛ぶ」

「ざんしゅけいってこと?」

「斬、いや、あ、……あぁ、そうだ。俺は斬首刑で、あのハッピーイカレ野郎はアイアンメイデンの刑だ」


 鉄の処女アイアンメイデン

 深く昏かった海の瞳がキラキラと輝きだすのを見て、話題を間違えたことに気づく。これではもう叱ることなんてツバキにはできなかった。

 なんだかんだ世話をしているうちに、すっかりふわふわほわほわに絆されているツバキはサクヤの次にディアを甘やかしている。否、ディアの天使と見紛う容姿に、叱り怒ることができる奴がいるなら見てみたい。もしそれで泣かせたものならすぐに処刑だが。


「んでさぁ、結局、ディアちゃんって何者なワケ?」

「ディアは、魔女見習いよ!」

「……ごっこ遊びとかじゃなく?」

「もう! サクちゃんは信じてくれたのに! 箒でお空だってとべるし、つかいまだって――」


 ぷんぷん、と頬を膨らませるディアはとても可愛らしいが、何かを思い出したように言葉を途切れさせたディアは、パッと空を見上げて、左右を見渡した。


「オイ、どうした? まだどっかに敵がいんのか?」

「ち、ちがうの! ディア、くーちゃんを追っかけてきたんだった! くーちゃんをつかまえて、つかいまにしないと、しんきゅーできないの! ディア、ぽんこつだから!」


 自身のことをぽんこつと呼ぶ幼女に微妙な顔をする。

 くーちゃんが何かはわからないが、その「使い魔」というやつなのだろう。未だ半信半疑だが、『魔法』をこの目で見てしまったからには『魔女見習い』だというディアの言うことを信じないといけない。


 それにちょっとわくわくしていた。血を血で洗うリアリストだが、ガキの頃は戦隊ヒーローやら仮面ライダーやらを見ては真似っ子をしたものだ。

 ツバキは戦隊ヒーローのブルーが好きだったし、セイレンは敵の女幹部が好きだった。ちなみにサクヤは、朝起きることができないので日曜日のヒーロータイムは魔法少女を見ながら朝ごはんを食べていた。


「魔法で呼べばいんじゃね?」


 ディアは、戦隊ヒーローでも仮面ライダーにも出てこなさそうだが、魔法少女モノには出てきそうなキャラだ。途中で仲間になる転校生タイプか、悪役が味方になるタイプ。


「……けーやく、まだできてないから呼べないのぉ」


 無理やり呼びかけることもできなくは、契約ではなく服従になってしまうのであまりやりたくはない。


「おーおーおーおー、今泣くなよぉ、泣くんじゃねぇぞぉ」

「泣いたら、つっくん、こまる……?」

「ちょー困る」

「じゃぁ、泣かない」


 ぐ、と桃色の唇を噛みしめて涙をこらえる姿がいじらしい。キュン、と心が母性に目覚めた。母性じゃなかったらちょっとロリコン的な意味でやばいから母性ということにしておく。

 推定三、四歳。あと十三年くらいか、いや、十年でもいけるか。美しく成長したディアを想像して、余計な虫がつかないようにしなければ、と親心なのか男心なのかよくわからない決意をする。


 腰で波打つ緩やかな白金髪に、けぶる睫毛に縁取られた濡れた深海の瞳。ぷくりとみずみずしい唇は艶めかしく、ほどよく肉厚で柔らかな肢体。

 ツバキの想像通り、絶世の美女と呼べるほど美しく成長するアルティナディア。

 だが、いかんせんおバカでポンコツで物理魔法に頼りがちな脳筋である。なによりも、敬愛する魔女先生の趣味が『拷問器具収集』であり、大好きな魔女先生にとても多大なる影響を受けているアルティナディアのサクヤも知らない趣味は『拷問観賞』であった。

 いくら見目麗しくとも、デートがお家デート(という名の死体解剖観賞)なのはチョット、と全力で遠慮する意気地なしの男ばかりだったものだから、何人もの男をたわわなおっぱいに埋めてきました、みたいな顔と体つきをしていながら未だアルティナディアは処女である。


 ぐしゅぐしゅと鼻を鳴らすディアを抱き上げて、死屍累々(死んではいない)の山へとふたりは足を運ぶ。


「おい、セイレン。シュウレイたちが来るまであとどれくらいだ?」

「十分もかからないよ。かっ飛ばしてくるって言っていたからね。で、こいつらどーする? さすがにこの数は運べないし、この中からリーダー探すとかクソ怠くね」

「……ディア、この中からリーダー格を見つけられるかぁ?」


 物は試しだ。ディアの『魔法』がどれくらいのことをできるのかわからないが、ツバキの中での魔法のイメージは万能だった。


 魔法を使うにあたって、大切なのは想像イメージだ。

 できない、無理、ありえない。――そんなことない。魔法は偉大だ。なんだってできる。ディアはおバカでアホでぽんこつだったから、なぜできないのかがわからなかった。魔法を使えばなんでもできるんだもの! 理論も、原理も、なにもかもを無視して、ディアは魔法を自分の手足のように扱えた。――故に、天才と呼ばれた。



 たった一言。なんてことないように呟かれた一言で、山の中からひとりの男が引き摺り現れる。

 左足はおかしな方向に折れていて、右手は落下したときの衝撃で潰れていた。虚ろな目で、胸を荒く上下させる髭面の男は圧迫感から解放されて詰まっていた息を緩く吐き出した。ここから先は、さらなる地獄だというのに。


「ワァ! ディアちゃんすっげぇね。ちょー便利じゃん」

「魔法はなんでもできるのよ!」


 こんなことだってできるの!

 セイレンが褒めてくれるからおもわず調子に乗って、また杖を振った。それは、友人と開発した人間の記憶をスクリーンのように映し出す魔法だった。モノクロ映画の感覚だ。音もあるし、もちろん動く。


 突然、屋外上映が始まったことに驚くが、それがこの男の記憶だというのに気付くまでそうかからなかった。男目線の映像に、我らがボスが映っていたのだ。

 椅子に腰かけたボスはとても優雅で、背後には参謀と交渉役が控えている。――なるほど。先日の和平会合か。リアリストがゆえに、ツバキもセイレンも自分の目で見たならそれを信じるしかないと頭で理解わかっていた。


 交渉は気持ち悪いほどすんなり終わるが、どうせ後から裏切るのだから下手な会合などさっさと終わらせて信用を得るつもりだったようだ。

 幹部をそれぞれ襲って戦力を削ぎ、ボスひとりになったところであちら側が有利になる話へと持っていく。シジョウ・ファミリーの傘下に下るのではなく、シジョウ・ファミリーを吸収しようと企んでいたわけだが、まぁ、ディアのおかげでそられはすべておじゃんになった。


 犬猫を撫でる感覚でディアの頭を撫でこ撫でこするツバキをセイレンは二度見した。お前……頭撫でるとかできたんだな。頭を撫でている手のひらが、片手でリンゴを潰せるのだと知ったらディアはどんな表情かおをするのだろう。


「ふ、はっ、はははっ! どうせお前ら全員死ぬんだ!! 俺たちには悪魔がついてる!! あの人がいる限り、俺たちは、ぁ、がッ」


 正気じゃない男は、不自然に言葉を詰まらせた。

 スクリーンから視線を下へズラして唖然とする。顎下がすっぱりと切り取られていた。顎を、舌を失い言葉を喋れなくなった男は痛みに呻き声を上げる。不思議なことに、血液は一滴たりとも溢れていなかった。


「じょぉえいちゅーは、おしゃべりしちゃいけないのよ」


 メッ、と子供を叱るようにお姉さんぶるディアだが、やってることは全く可愛くない。


 ボスがガキを拾ってきただの、カゲミヤがガキの世話を焼いているだの、耳にしたときはいつからマフィアは託児所になったんだよ、とどこぞの誰かと同じことをぼやいていたセイレンだったが、嗚呼、このガキは壊れているんだ、とヤクでもやったときのようにハッピーになる。

 そもそも、厳つい男共に臆すことなく懐いて、血まみれの腕に抱かれている時点で頭がイカれているに違いないと思っていたんだ。なるほど、これはボスも、カゲミヤも気に入るはずだ。

 知らず知らずのうちに、口角が上がってハイになる。弟とこの可愛らしい天使を並べて写真に収めたい。なんなら、セーフハウスに持ち帰りてぇ。僕好みに躾けたいなぁ。


「ねぇ♡ カゲミヤぁ♡ 一生のお願いだから、ディアちゃん、僕にちょぉだい♡」

「ぜっっってぇイヤだ♡ 寝言は寝て言え、蛇野郎」

「じゃあ~~~、オマエぶっ殺したらぁ、ディアちゃんは僕のモノになるかなぁ!」

「ならねぇっつってんだろぉがよ! ディアはボスのだわ!!」


 ディアはモノじゃないわよぉ、という幼気な幼女の言葉はふたりには届かなかった。



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