第4話 前編


 導火線のない爆弾ことカゲミヤ・ツバキに、新入り美幼女構成員のディアは思いのほかよく懐いていた。

 本部内にツバキがいるときは大抵その腕に抱かれているか、カルガモの親子のようにその後ろを着いて歩く姿がよく目撃されるようになる。


 頭が飛んでるハッピートリガー兄弟は、美幼女を腕に抱いたナンバー2の姿に腹筋が攣るほど地面を転げ回りながら爆笑して、クソ藪医者は真顔で「いつ産んだんだ?」と大真面目に聞いてくるものだからハッピートリガー兄弟が過呼吸で死にそうになっていた。いっそそのまま死んでしまえばいい。


 しかしながら、ツバキの懸念は唯一無二のボス――サクヤだった。ボスのお気に入りが自分に懐いてしまった居心地の悪さに、ツバキはディアをどう扱っていいのか未だにわからずにいる。


「……げ、火ぃ切れた」

「えー、つっかえなー! 僕のライターも切れてんだよなぁ。タナカ君、ライターなぁい?」

「も、申し訳ありませんッ、さ、さきほど、カグヤさんに差し上げてしまったので……」


 運転手のタナカは、大げさなまでに肩を震わせて平謝りをする。


 スモークガラスのな高級車の後部座席に、返り血塗れの男がふたり、シートが汚れるのも構わずにくつろいでいた。

 片や抜身の日本刀を肩に担いだツバキと、片や物騒な猟銃を愛し気に撫でる実質ナンバー3のハッピートリガーの兄の方。名前はセイレン。どこが清廉だよ(笑)までがテンプレートだ。ちなみにハッピートリガーの弟の方はシュウレイ。秀麗って(笑)がテンプレート以下略。


 ファミリーを裏切った馬鹿な奴らを制裁してきた帰りのふたりは、人を殺した直後だからか気分が高揚して、いつにもまして会話を続けている。


「それでそれでぇ、カゲミヤんとこにいるんでしょ?」

「……ぁんだよ」

「噂のぉ、かぁいい構成員ちゃん♡」


 げぇ、と舌を出したツバキは心底嫌な顔をする。嫌そうな顔、じゃなくて明らかに嫌な顔だ。


「ボスのお気に入りなんでしょ? それ、お前がお世話してるらしーじゃん♡ なぁ、見せてよ。ていうか、お前だけズルくない? 僕たちにも遊ばせろよぉ」


 にぃんまり、と口角を上げてニタニタ嗤う悪魔に聞こえないふりをする。

 ディアがいくらふわふわぽわぽわしていたとしても、このハッピートリガー兄弟に会わせるつもりはない。なんだかんだ理由をつけてこいつらと会うことがないように調整をしていたのだ。ボスのスケジュール管理に加え、ディアのスケジュールもいつの間にかツバキの仕事になっていた。


 セイレン・シュウレイ兄弟は、愉しいこと面白いことが大好きな愉快犯である。弟はまだマシ(当社比)だが、兄のほうは手が付けられない。あのボスでさえお手上げで、放し飼いにしている。

 見た目はマフィアよりもモデルのほうが似合う整った容姿をしているのに、中身がダメだ。社会性ゼロ。人間失格。社会不適合者。職業適性・反社◎。檻の中にぶち込んだほうがいいランキング一位。

 黒髪にブルーのインナーカラーとシルバーのメッシュとかいう面が良くないと似合わない派手髪に、兄弟で揃いのインディゴのスリーピーススーツ。

 ツバキよりも頭一つ分背が高く、すらりと細長い。イカレ兄弟に両脇を固められるのがツバキは心底嫌だった。一対一ならまだマシだ。ただし二対一になってみろ。膝から下を切り落としてやる。


「おにぃちゃんは、ディアにあいたかったの?」

「そうそう! ディアちゃんっつーんでしょ? めっちゃ可愛いっていうじゃん。下っ端にファンクラブが、」

「お前誰と喋ってんだ、」


 いるはずがない、鈴を転がした声に、ツバキは目を見開いて声の聞こえた方を見た。


「おつかりぇさまぁ。つっちゃん、いっぱいよごれたねぇ」


 ふわふわぽわぽわ。綿毛でも飛んでいそうなふやふやな笑顔の美幼女が、ツバキとセイレンの間にちょこんと納まっていた。


「おッッッ!?!? まえ!?!? なんでいやがる!?!?」

「サクちゃんがね、つっくんがおしごとおわったってね、おしえてくれたのよ」


 オーマイボス!

 思わず天上を仰いだ。

 今までの俺の苦労は、と打ちひしがれている間にも、いそいそと膝の上に座って来ようとするディアの体をそっと支える。この一か月ほどで、ツバキの生活にディアは驚くほど馴染んでいた。


 腕を伸ばせば抱き上げて、歩幅が小さくなれば抱き上げて、ぎゅぅっと抱き着いてきたら抱き上げて。とりあえず、ツバキの腕の中がディアの定位置になっていた。


 ふとももの上にお尻を乗せて、体をツバキに預けた美幼女の深海の瞳と、猫を思わせる金眼がパチリと合った。


「かっ、わいぃ~~~!! 君が噂の女の子デショ!? 想像よりずぅっとかあいいじゃぁん!! え~~~!! カゲミヤずーるーいー! 僕も抱っこしたぁい!」

「却下」


 突然現れたとか、何もかもひとまず脳みそからすっぽりと抜いたセイレンは、まるで女子高生のように黄色い声を出して相好を崩す。


「ねぇねぇねぇ、お名前なんていうの? 僕はセイレン。清廉潔白のセイレンだよぉ」

「極悪非道の間違いだろうが」

「カゲミヤうっっっざ」

「あ゛ぁ? 三枚に下ろしてやろぉか?」

「ハチの巣にしてやるよ♡」


 嗚呼、始まった、と悲観に暮れたのはタナカである。

 ツバキとセイレン、もといハッピートリガー兄弟は混ぜるな危険である。水と油、犬と猿、呉と越、不倶戴天。周りから言わせれば団栗の背比べ、同族嫌悪だった。


 ボスガチ勢のツバキは基本的にボス以外には沸点が低い。夕飯が好物じゃなかっただけでブチ切れるレベルで沸点が低い。

 常に沸々と煮だっているあのツバキが、大人しくガキを腕に抱いているのだから、セイレンにとってこれ以上に面白いことはなかった。それと同時に、面白くもない。なんでツバキに懐いて、僕に懐かないんだ。


 ちょこん、と血まみれの男の膝に座った幼女はお人形のようにとんでもない可愛らしさだった。

 ふわふわの白金髪に、理智的な海の瞳。ふんわりと浮かべた笑みはマカロンみたい。ふわふわひらひらの真っ白なワンピースはきっとボスのチョイスだ。天使にはぴったりだ。さすがボス。センスが良い。


 反社なんて職業をしていながら、甘いモノと綺麗なモノが大好きなセイレンは、天敵の膝に座っている可愛らしいお人形が欲しくて欲しくてたまらなかった。きっと弟も気に入る。あれでいて、僕よりもファンシーなの好きだし。


「ケンカ、しちゃメッよ」


 うる、と瞳を潤ませた幼女に二人そろって口を噤む。可愛いがすぎる。


「しぇーれんは、」

「んふふ、セ・イ・レ・ン。呼びにくかったら、セイ君でもセイちゃんでも、なぁんでもいいよぉ」

「じゃあ、セイちゃん! ディアはね、ディアっていうのよ」

「そっかぁ、ディアちゃんって言うのかぁ♡ ディアちゃんはぁ、何が好き? 僕はねぇ、あまぁいスイーツとぉ、キラキラしてて壊し甲斐のある綺麗なモノが好きかなぁ♡」


 とろぉり、とまるで蜂蜜のように榛色の瞳をとろけさせたセイレンに、ぽんこつでおバカだけど危機察知能力はピカイチなディアは「あ、コイツヤバイ奴だ」とツバキの返り血塗れのワイシャツにしがみついて顔を押し付けた。


「ぶぁっはっはっはっはははははは! 拒否られてやんの~~~!!」

「うわ、うっざ、なんか犬っころが喚いてるわぁ。人見知りしちゃっただけだよねぇ、ディアちゃんくらいの歳の子って、大体人見知りだよねぇ」

「これ、初対面の俺に対して『口が悪いのネ』とかほざいてたけどな。お前、嫌われてんじゃネ」


 愉悦を含んだツバキは、見せつけるようにディアを抱きしめ、その柔らかいマシュマロほっぺにわざと音を立ててキスをした。


「うっっっわロリコンかよ! キッッッショ!! その顔面未亡人変態野郎から離れてこっちにおいでディアちゃん!!」

「うるッせぇ近親相姦野郎ブラコンに言われたくねぇわ!! ロリコンじゃねぇわぶっ殺すぞテメェ!?」


 ついに武器を手に取り出したふたりに、ディアはほっぺたを膨らませた。


「ケンカしちゃ、メッ!」


 あわや大惨事になるかと思われたその時、パァンッと運転席でタナカの頭が弾け飛ぶ。

 瞬時にツバキに頭を抱きかかえられ、座席よりも下に体を押し付けられた。

 タナカの頭はぐしゃりと側頭部が抉れ、足はアクセルを強く踏み込んでいく。倒れた上半身はハンドルを押し潰して、コントロールを失った車は勢いよくガードレールにぶつかった。

 ぱぱぱぱぱ、と銃声が連続して鳴り響く。防弾ガラスはヒビが入り、幾度目かの銃声で砕け散る。


「信号は?」

「シュウレイに送った」


 低く体を伏せたまま、ツバキとセイレンのやり取りに耳を傾ける。どうやら、わたしたちは悪モノに襲われているようだ。ディアは、どこからともなく取り出した杖を胸元でぎゅっと握りしめた。

 運転席から、赤くて鉄臭い液体が流れてくるのをじぃっと見つめた。


 オフィス街だと言うにも関わらず、不気味なほどにシンと静まり返っている。おそらく、囲まれている。後続していた部下の車も襲われているだろう。ほぼ無傷なのはツバキとセイレンだけに違いない。

 大きく舌を打ったツバキは、腕の中で小さくなっているディアを見下ろす。ガキを庇いながらまともに殺り合える気がしない。しかし、ディアに傷一つでもつけたらボスが怒り狂うだろう。


「……つっくん、ディア、なにしたらいい?」

「あ? ガキに何ができんだよ」

「魔法がつかえるよ」


 にこっと自慢げに笑うディアに、男ふたり揃って目を瞬かせる。命の危機に瀕しているというのに、泣いて怖がるどころかそこらへんの部下よりも自信満々な笑みを浮かべるものだから驚いた。

 しかし、今は子供のお遊びに付き合っている余裕はない。


 ――ツバキは良く世話を焼いてくれるが、ディアの魔法を見たことがなかった。

「どうしても、という時以外は魔法を使うな」とサクヤと約束をしていたからだ。「どうしても」という時がディアはわからなかったので、これまで移動魔法くらいしか使っていなかったが、今がまさに「どうしても」という時なんじゃないだろうか!

 格好良く、悪い敵をやっつけたら、つっくんもセイちゃんも褒めてくれる! ご褒美はケーキがいいなぁ!


「ディアちゃん、魔法少女なの?」

「ううん。ちがぁう。ディアは、魔女見習い! 箒でとぶのがいちばんじょぉずなのよ!」

「ばっか、声小さくしろ!!」

「つっくんの声のがおおきぃわよぅ……」


 へにょん、と眉を下げたディアは、パッと杖を両手で握りしめる。


「それが、魔法使いの杖?」

「魔女の杖! ね、ね、ディア、なにしたらいーい?」


 きらきらと目を輝かせるディアに、セイレンは肩を竦め、ツバキは投げやりに「外のやつらをひとまとめにしてみろよ。できるもんならな」と鼻で嗤った。


!」


 つっくんが頼ってくれた!

 ぱぁっとさらに笑みを花色に染めるディアに、セイレンは苦笑いする。

 できっこないのに、イジワル言われて可哀そうだなぁ。できないって泣くのかな、ガキの喚き声キライなんだけど、ついうっかり殺しちゃったらドウシヨ、とかしょうもない(なくない)ことを考えている目の前で、ツバキの腕の中から抜け出したディアがするりと銃痕だらけの扉を開けて外へ飛び出した。


「ば、バッカ!! お前!!!! 馬鹿!!!!! 馬鹿だ馬鹿だとは思ってたがここまで馬鹿だとは思わなかった!! 戻れ!! オイッ!!」

「おっと、これは僕ら、ボスに拷問ボコされるフラグかな」

「呑気言ってんじゃねぇよ!!」


 慌ててディアを追いかける二人は車から転がり飛び出して――本当の魔法を目にする。


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