第3話
トウキョウ二十三区・シンジュク近辺で幅を利かせる
「…………」
「はじめまして、ディアは、ディアって言うのよ。おにぃさんのお名前はなんですか?」
「…………」
「おにぃさん?」
「オニイサンじゃねぇ。カゲミヤ・ツバキだ」
「つっくんだね!」
ボスの右腕をつっくん呼ばわり!?!?
周囲で様子を伺っていた部下たちがギョッとするのをツバキは鋭い眼光で射殺した。
白花の
サクちゃんも綺麗な顔をしているけど、つっくんも綺麗だなぁ。美人に相手をしてもらえて嬉しいディアはいつも以上にぽやぽやしている。
片やツバキは、なんでこんなガキをボスはそばに置いてるんだ。柳眉をグッと寄せ、細い体を折り畳んでしゃがみ込み、ほけほけと呑気に笑う子どもにガンを付ける。大人げない大人の典型的な例だ。
「……チッ、なんでおれがガキの面倒なんか見なきゃならねぇんだよ。ここは託児所じゃねぇんだぞ」
「つっくんは、きれいなお顔をしてるのに、お口がわるいのね」
「うっせぇばぁーか!」
見た目は三、四歳児だが中身は十七歳のディアと、凶悪な目つきをしているナンバー2のツバキ。
なんでボスはカゲミヤさんに預けて行ったんだ、と今にも銃を取り出しそうなツバキを構成員たちは怖々と様子を伺っている。
「まぁ! ばかって言ったら言ったほうがばかになるって先生がおっしゃっていたわ。ディア、ぽんこつって言われてたけどそれはわかるのよ」
「あぁん? ガキが小難しいこと言ってんじゃねぇよ。つか、センセーって誰だよ」
「先生は先生なの。いっつもディアのことをおこってくるの。でも、先生の作るケーキはおいしいから、ディア、だぁいすき」
うっとりと微笑む魔性の美幼女に息が詰まる。
三、四歳のガキなのに、ふとした瞬間壮絶な色気を放つのだ。おしゃまだとか、ませてるとか、そういうのじゃない。言い表せない深淵を覗き込む感覚に背筋がぞわりと粟立った。
おうおう、その顔、ボスの前でしてみろ。ガキだとか関係なく食われちまうだろうなぁ。
子供らしくない、妙に大人ぶる幼女が泣き喚く
「…………」
得体の知れないモノを見る目でガキ――ディアを見た。
なんだってこんなのがボスのお気に入りなんだ。どこから現れたとも知れぬ美しい少女など争いの種にしかならないというのに。いつの時代も、女は格好の餌だ。弱みをぶら下げて歩いているのと同じ。
考えれば考えるだけ不満が湧いてくる。溜め息を吐き出すにとどめて口から飛び出そうな不満は大人らしく喉奥に飲み込んだ。
「一日、ディアに付き合ってやってくれ」
愛しげに幼女の頭を撫でて「俺が帰るまでいい子にしているんだ」と微笑むボスなんて見たくなかった。
本来なら、参謀ではなく親衛隊長(自称)のツバキがついて行くはずだったのだが、広い本部にディアをひとりで置いていくのは忍びないと眉を下げたボスにお願いされたから託児所を引き受けたのだ。そうじゃなかったら喧しいガキの相手なんてするわけがない。
第一にボス、第二にボス、第三にボス。多分八か九くらいにファミリー。
その他大勢は塵芥、と豪語しているツバキは儚い見た目とは裏腹に短気で喧嘩っ早い。いつ可憐な幼女の脳天をぶち抜くか、部下たちは密かに賭けをしていた。
ちょっと力を入れたら壊れてしまいそうなガキを腕に抱き上げて、適当に暇を潰せそうな場所を探して歩く。
「あれはなぁに?」「これはなぁに?」と幼女のなんでなんで攻撃にこめかみを引くつかせながらも、ツバキは忠実にボスの命令を守っていた。
「俺が帰ってきたときに、ディアに擦り傷ひとつでもついていろ。――ツバキ、わかっているな?」
底冷えした、淀んだ空の瞳にツバキは嬉々として頷いた。
「ボスのためなら喜んで腹ァ切りますね!」
爛々と黒真珠を輝かせて「わん!」と鳴いた忠犬の頭を撫でて、サクヤは颯爽と出かけて行った。参謀と交渉役が残念なモノを見る目をしていたが、ツバキの眼中には入っていなかった。
頭を撫でてくれたからツバキは頑張れる。そうじゃなかったらガキを殺してボスの私室で腹を切っていた。
見た目は綺麗なお兄さん。でもやっぱり反社らしく中身はちぐはぐでぐちゃぐちゃでとっちらかっている。
常人なら「イカレた野郎だな」で終わるかもしれないが、歪に歪んでヒビだらけのツバキの魂が、ディアにはとっても綺麗な宝物に見えた。
「ここの人たちは、みぃんなきれいだわ」
「オマエ、感性ダイジョウブ? 厳つい野郎共見て、どこが綺麗なんだよ」
ナンバー2をドン引きさせる偉業に、こっそり様子を伺う部下たちは思わず動揺した。
「とってもきれいよ! でも、一番綺麗なのはつっくんだわ! ボロボロで、ぜぇんぶにヒビが入っているのに、どうしてか形を保っているのかしら。つついたら壊れちゃう、かな?」
脈絡のない子供の抽象的な言葉に、頭が良くないツバキは寄せていた眉根をさらに寄せ合わせて眉間に渓谷を作り上げた。
片腕にディアを抱き上げているせいで、やたらと近い距離からキラキラしい笑顔を向けてくる。後ろ暗いことをしている自覚のあるツバキには、邪気のないディアの笑顔が眩しすぎた。
「…………お前、きっっっしょくわるいな」
美人なお兄さんに、宇宙人を見る目で見られた。なんだかなつかしい視線に、ディアは蒼色をまん丸くしてから破顔した。
「よくいわれるの!」
ツバキは決して、褒めたわけじゃない。
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