第2話


 柔らかく波打つ白金髪プラチナブロンドの稀に見る美しい顔立ちのお上品な女の子。

 抗争真っただ中だった中心街は、突如現れた美少女――否、美幼女・・・に揃って動きを止めた。


「う、う……うぅ……?」


 ぱち、とけぶる睫毛に縁取られた、深海よりも深く透き通った蒼い瞳に、ぼんやりと血まみれの男たちを映し出している。

 右を見れば銃を持った血まみれの男の人、左を見ても刀を持った血まみれの男の人。どこを見ても血まみれの男の人。世紀末かしら。


 魔女養成学校は、一人前の魔女を育成する学校だったが、一流のレディとなるための学校でもあった。

 お転婆でわりと問題児扱いされていたアルティナディアだったが、厳めしい顔つきの大人の男の人たちに囲まれて、怖くないはずがない。


「ふ、ふぁ……ふぇ、」


「泣きそう」「泣くんじゃね?」「おいどーすんだよッ!」「どっから現れた!?」「さっさと殺しちまえッ」害悪極まりない声がだんだんと増えていき、蒼い瞳には大粒の涙が今にも零れそうなほど溜まっていく。


 こういうときは、どうすればいいんだっけ。

 魔女先生は、「暴漢に襲われたら迷うことなく失神呪文を使いなさい」と言っていた。


 ぱち、と瞬いた瞳から雫が零れ落ちる。幼女趣味の一部が「可愛い」「ペットにしたい」「妹にしたい」「あんなことやこんなことを手取り足取り」だとか言っているがアルティナディアの耳には届かない。

 恐怖を飲み込みぐっと唇を噛みしめて、土埃や血溜まりばかりの地面から立ち上がる。


(あらぁ? なんだか、視界が低い?)


 ハーフローブは足首まで覆う論グローブのようになり、制服のワンピースドレスはサイズが大きすぎて引き摺ってしまっている。パッと両手を見るとぷくぷくしてて、まるで幼児だ。

 まるで幼児、というよりも傍から見たアルティナディアはまさしく幼児なのだが、何でもありの魔法世界で過ごしていたために「まぁこういうこともあるか」と疑問にすら思わず納得してしまう。

 こういうところがポンコツと言われる所以だった。


 徐々に元の騒がしさ、ざわめきを取り戻していく中心街に、ポンコツながらに思ったのは「命の危機」だ。


 太もものホルダーに納めていた杖は元々片手に納まるサイズだったが、この体には少し大きくて、ぎゅっと握りしめないと取り落としてしまいそうで不安だった。


 魔女のコスプレをした幼女が、ローブの内側から小枝みたいな棒っきれを取り出したのをなんとなく見ていた男たちだったが、ぷるんと果実のようにみずみずしい唇から紡がれた言葉に全身に雷が走った。



 魔女先生が見たなら「また貴女ですか、アルティナディアさん!!」と怒声を響かせるだろう。


 文字通り、空から降り注いだ雷によってプスプスと黒焦げになりながら地面に倒れる男たち。過剰防衛もいいところだった。雷魔法に麻痺効果を付与したアルティナディア特製暴漢撃退魔法は効果抜群だ。

 背の高い男たち(幼女なアルティナディアに比べたら全員背が高い)が地面に倒れたのを満足気に見てひとつ頷き、さてここはどこだろうかと首を巡らせた。


「お前、何?」


 パチ、と青い目とかち合う。

 アルティナディアの瞳が深海よりも深い蒼と称するなら、青年の瞳はどこまでも高く澄み渡った空の青さだった。


 しまった、麻痺しそこねた奴がいたのか。体が幼女になってしまったからか、精神まで体に引き摺られて泣きわめきそうになるのを必死に堪える。


 黒のワイシャツはぐっしょりと濡れて、赤い雫を地面に垂らしている。怪我、してるのかな。

 アルティナディアはポンコツなので、麻痺させた男たちよりもを相手にしているのだと気づくことができなかった。

 厳つい男より美しい男のほうが好きなので、アルティナディアは質問に対して素直に答える。


「ありゅ、てな、でぃあ、です」


 ぱちぱちぱち。舌足らずでうまく名前が言えない。


「あ、ありゅ、あー、るぅ、て、い、な! でぃあ!」

「…………アルティナディア、か?」

「!! うん! おにぃ、ちゃんは? だぁれ?」


 すごいすごい! わかってくれた!

 つい嬉しくなって、スカートをずりずりと引き摺りながら青年に駆け寄る。


 条件反射で拳を振り上げそうになった青年だったが、腹部に走った激痛に片膝を付いてしまう。そういえば一発食らっていたんだった。

 弾は貫通しておらず、摘出手術しなくちゃいけないことを考えると酷く億劫だった。


「おにぃちゃん、けが、してるの?」

「あー……一発な」

「ディアが、なおしてあげようか?」


 心配に眉を下げるアルティナディアに、青年は青空を瞬かせる。


「ちゆまほーつかえば、すぐに治るよ!」


 きらきらと、邪気のない笑顔に毒気を抜かれた青年はやってたっけか、と首を傾げる。もちろんクスリなんてやってないし、激痛でいつもより正気を保っているのだが、『魔法幼女』の存在に白昼夢を見ているに違いないと思う。


「……治すんなら、腹ん中の弾ぁ取ってからにしてくれ」

「はいってたらだめなの?」

「駄目に決まってんだろーが」

「うぅん、そっか、……たまって、これ? ピストルのたまみたいね!」

 ころん、と地面に転がった弾丸に思わず目を見張る。銀の弾丸には鮮血がまとわりついており、血液検査をせずともそれが自身の体内にあったものであると確信した。


 マジックでも見ているみたいだった。アルティナディア曰く『魔法』らしいが、まさか本当に魔法が使えるとでも言うのか。



 大真面目な顔で、魔女の格好をしたアルティナディアが握りしめた杖を小さく振る。

 薄れていく痛みに目を見開き、ぐしょっりと血液で濡れ滴っていたシャツを急いでめくり上げる。


「は、なんだ、これ……」


 言葉を失った。

 目を向けた先、筋肉や細胞が収縮を繰り返し、逆再生でもしているかのように傷口が塞がっていく。


「これで、いたくない?」

「……あぁ、ありがとう、ディア」

「ディア?」

「長いから、ディア。嫌か?」

「ううん! いやじゃないよ!」

「はっ、そうか。……俺は、サクヤだ」

「サクちゃん?」


 随分と可愛らしいあだ名に凝り固まった頬が緩んだ。

 ささやかすぎる微笑だが、美人の笑顔にディアのテンションは上がっていく。無表情なのもクールだけど、やっぱり笑っていたほうが素敵だわ!


 シジョウ・アイテール・サクヤは、ここら辺じゃあ泣く子も黙る恐ろしい男の名前だ。もちろんそんなこと知らないディアは無邪気にサクヤへ笑いかける。

 ディアの全てが新鮮で、致命傷を治してくれたこともあり、好感度がうなぎ登りしていくサクヤはごく自然な動作で小さな体を抱き上げた。


 身の丈に合わない洋服に、名前からして明らかに異国人のアルティナディア。

 長らくこの国は鎖国しており、組織犯罪集団マフィアやら指定暴力団ヤクザなどの反社会的集団が蔓延り勢力を広げる魔境と化している。魔法使いといえばイギリスなどが思い浮かぶが、彼の国から渡航船がやってきたという話は聞いていない。

 降って沸いた、ワープでもしたかのように現れた美しい幼い女の子供は、この国じゃあすぐに食い物にされてしまうだろう。


『魔法』が使える美しい幼女なんて、話題に飢えたこの国ではすぐに噂が広まり、注目を浴びるだろう。

 手術をせずに体内の弾丸を取り除けて、致命傷もあっという間に治せてしまう。手術も治療費も必要ない。そのうえ、血まみれの男に囲まれても物怖じしない度胸。有象無象を失神させたのを見る限り、自衛もできる。


「ディアはなんでこんなところにいたんだ?」

「わかんない……くーちゃんを追いかけてたら、くーちゃんがまっくらやみをはきだして、ディア、それにさわっちゃったの! そうしたら、吸い込まれて、あそこにいたのよ」


 なるほど、わからない。くーちゃんとは猫か何か(※ドラゴンです)で、まっくらやみは袋に詰め込まれて(※ブラックホールです)誘拐された、というわけだろうか。

 革靴で血溜まりの中を歩きながら、良い拾い物をしたと、部下が見たなら二度三するほどサクヤは上機嫌になる。


「行くところは?」

「……わかんない。ここ、どこぉ?」

「トウキョウ。シンジュク」

「どこぉ? それ?」

「おそらく、ディアがいた場所とは違う世界なんじゃないか?」


 あてずっぽうなでたらめだったが、それが正しいことに誰も気付かない。


「どうしよぉ……ディア、帰れる?」

「魔法の使えない俺には無理だ」


 きっぱりと言い切るサクヤに「そりゃそうよね」と納得しつつも、子供の感情コントロールはなかなか難しい。グッと唇を噛みしめていないと情けない声が出てしまいそうになる。


「帰り方はわからないが、魔法が使えるディアなら、そのうちわかるんじゃないか? 俺のところに居ればいい」

「ふ、ぁ?」

「住む場所も、食べる物も、着る物も、ディアが欲しい物は全て用意しよう。だから、俺のところにおいで」


 青空を映した瞳の奥には、ディアへの執着が燻ぶっていた。

 無邪気に慕ってくれる、血まみれの腕の中に大人しく抱き上げられている幼い子供が欲しくてたまらなかった。無償の愛を溢れるだけ注いで、自分がいなければ生きていけなくなればいいんだ。


「いいの?」

「子供ひとりくらい、どうってことない」

「……ディア、サクちゃんといっしょがいい」


 昨日も抗争、今日も抗争、明日は裏切り者へは血の制裁。

 血を血で洗う日常に、すっかり荒び乾ききっていた心に、甘くとろりとした果実水のようなアルティナディアはとても刺激が強かった。

 サクヤが降り注ぐ雷の中立っていられたのは、たまたま屋内にいたからだ。運が良かったとしか言えないが、それも含めて運命だったに違いない。


「サクちゃんは、何をしている人なの?」

「悪者をやっつける、正義の味方だ」


 嘘八百を並べるサクヤに、嘘を見抜くのも魔女の嗜み、と教えられているはずだがポンコツでおバカなディアは純粋で素直にサクちゃんの言うことを鵜呑みにした。


「じゃあさっきの人たちはワルモノだったのね! よかったぁ、ディア、イッパンジンに魔法使っちゃったのかとおもってふあんだったのよ!」


 また、ということは前科があるらしい。それは追々聞くことにして、もし悪者たち(あの場にはサクヤの部下もいたが揃って黒焦げになってしまった)が一般人だったらどうしていたのか。


「きおくをけしちゃえばコンプリートよ」


 何を当たり前のことを、という顔で言う幼女が面白くって、数年ぶりに笑い声が零れてしまった。一般人にためらいなく攻撃できるなら上出来だ。


 この後、大慌ての幹部や部下たちと合流するのだが、その際腕に抱いた美幼女を見て「誘拐ロリコンは駄目ですって!!」と叫ばれることになるとは思いもしなかった。


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