異世界に来たので覚醒者と一緒に怪物を駆逐します

@morukaaa37

プロローグ 異界からの超越者




 午後10:30分。コンビニ前。


 コンビニ内の喧騒を振り払う。呆然としたまま、自動ドアを潜ると、視界一面に、灼熱の炎が広がっていた。


 鉛色の空からとどめなく降り続ける灰が、大地をあまねく覆い尽くしている。剥き出しになった地面も。崩れ落ちたビル群も。かつて人だった屍も。地上に存在するすべてのものを、くすんだ灰と、燃え上がる赤が染め尽くしていた。


 荒い呼吸。酸素と共に入った煙と灰が、俺の肺を蝕む。


 だが気にしてる余裕はなかった。ただ、ひたすらに走る。何がやばいのか分からなかったが、とにかく街から逃げなければとだけ脳が危険信号を発していた。


 外気の熱に反し、身体の芯は冷えている。忌まわしい炎の熱が、逆に心地よかった。この炎によって奪われた命が、どれだけあるのか痛いほど分かっているというのに。


 とにかく走った。無心で───


 涙も汗も既に枯れている。

 どれだけ走っただろうか。気づいた時には俺を包んでいた熱が消え去っていた。


 俺は、立ち止まる。


 逃げ切れた。そう思った途端、緊張の糸が切れたかのように足から崩れ落ちた。


 身体が震える。今更になって、事態の深刻さが鮮明に浮かんできた。


 突然、燃え上がった街。どう考えても異常。


 寂れた街灯だけが立ち並んだ細道。恐る恐る後ろを振り返ると、暗闇の中、ゆらゆらと揺らめく光が目に浮かんだ。俺の住んでいた街だ。


 一夜にして天涯孤独の身になるなんて、微塵にも思っていなかった。


 家の中で待っていたはずの家族。家の方向を直視はできなかった。ただ、目の端に浮かんだ無数の灰色の骨。割れた地面に落ちていた家の瓦礫。何となく予想はできた。


 コンビニは街の端にある。街の中腹だけが狙われたかのような熱波の跡。コンビニの中は、熱線の範囲外だった。


 1度目の光から追撃はない。逃げる必要はなかったのかもしれない。それでも、あの場所に居たくないと本能が告げている。


 ひどい脱力感だけが残っていた。座り込んだまま、俺は呆然と燃える街を眺める。非日常な光景は残酷なほど俺の目を惹き寄せた。


 この時、俺が何を考えていたのかは、今の俺にも分からない。何も考えていなかったような気もする。


 ただ少なくとも、虚な目をした黒スーツが俺の肩を叩くまで、俺の瞳に映る炎が消えることはなかった。




 ♢♢




 2301年1月、世界中に化け物が出現した。黒いワームホールから湧き出る怪物たちは、どれも異形。更に、特別な能力ちからを有していた。火を吐くものや、姿を変えるもの。ファンタジーと言えばそこまでだが、その悲惨さは苛烈を極めるものであった。

 

 現代の軍事用兵器で対応できる個体も多い中、半端な攻撃では殺せない化け物。所謂、災害級と呼ばれる怪物達。彼等の暴挙は数え切れなかった。被害による死者数は場所によるが、1個体につき1万をゆうに超える。


 手の打ちようがなく頭を抱える政府であったが、そこでファンタジーは更に起こった。

 

 人類にも覚醒者が現れたのだ。

 怪物達と同じように、特別な能力を扱える者達。


 覚醒条件は未だ解明されていないが、異界からの化物と接触することが、覚醒条件の一つだと考えられている。


 兎にも角にも、覚醒者の戦績は見事なものだったことは言うまでもない。彼等の殆どは、災害の被害者であった。まあ、そもそも、覚醒条件が化け物との接触なので、彼等が悲惨な過去を抱えているのは当然のことであった。


 化け物への尽きることのない恨み。そして、その強烈な復讐心に見合う能力。その二つが揃っている彼等は、民衆にとっては英雄に他ならなかった。国直属、公安対策部から始まり、強い権力を持った覚醒者は集団化し、複数のギルドが世界中に誕生する。


 覚醒者の活動が資本化した瞬間だった。


 それから年月が経つにつれ、人類側の戦力は着実に上がっていく。覚醒者の中には、異界の研究に当たるものもいた。それにより、ワームホール発生場所の予測。そして、ワームホールを渡り異界へ侵入する方法も確立される。この発明は革新的なもので、後手に回るしかなかった人類は、遂に攻めへと転じ始めた。


 化け物がワームホールを渡る前に、彼等は化け物を駆逐する。結果、2400年を迎える今、現実世界での被害は一部の例外を除いて無いようなものだった。


 ギルドは、異界の知識や魔道具と呼ばれる異端な武器を手に入れ目を見張るスピードで成長する。そして、芸能界や、政治界にもその手は渡り、堂々たる一企業として経済に浸透していった。



 ───これが現在、世界各国の一貫した情勢である。




 ♢♢




 「……はぁ。聞かれたことは話した。その男から離れろ」


 「別に殺さないとは言ってねぇ」


 白シャツを赤く染めた灰髪の青年。傍では、もう1人の青年が首筋から大量の血を流し倒れていた。出血量からして、致命傷であることは確実である。黒スーツを見に纏った老人が、顔に深い皺を刻む。


 老人の腕が高速で動いた。


 「……冗談だって。殺す気はないんだ。ちょっと、血が欲しかっただけ」


 オレの腕が一つ消えていた。早すぎる。ちょっとした冗談一つで殺さないでほしい。オレが動いていなかったら心臓を捉えられていた。


 「あぁ、吸血鬼バンパイアか……」


 「まあ、そんな感じ」


 「出血量が中々多いが。このままだと死ぬぞ」


 「大丈夫。生えるし」


 わざとゆっくり腕を生やす様子を見せる。


 「お前じゃない。この青年のことだ」


 あーね。と相槌し、青年の方を見る。首筋にオレの歯痕が残っていた。


 「こいつ、お前の仲間なのか?一緒に歩いていたけど」


 「仲間ではない。が仲間にするつもりだった」


 「じゃあ、仲間でいいじゃん。面倒臭いなお前」


 オレは、能力を使用する。アスファルトに流れていた真っ赤な血が首筋から体内へと戻っていった。

徐々に、青年の顔色も朱を帯びてくる。


 「まったく。お前のせいでこいつの現場への投下が遅れる。覚醒者は人手不足なんだ」


 「へー、じゃあ、オレ雇えよ」


 「化け物を殺すのに化け物を利用してどうする」


 「オレは使えるぜ?月に1人分の血を吸わせるだけで劣等種のお前らの100倍働ける。お前だって、オレと戦うのはごめんだろ?」


 「負けるとは思ってない」


 「オレがこいつを襲った時、守り切れなかったくせに」


 「先程あった災害級の攻撃のせいだ。……アレは、なんだったかお前は知ってるか」


 真剣な表情で聞かれ、少し気まずい。オレが、異界を出た時に空いたワームホール。その際に漏れた竜種の攻撃が街の中腹をえぐったのは知っていた。


 人型であるオレ達種族は、所謂、異界産の人類とも言える。人間と違い、数が少なく、その種族数も多いが、高い知能を有する点では同じである。

 まあ、なので、一部を除く竜種や、その他の異形の化物といった知能レベルの低い奴らとは別に仲がいいわけではない。あいつらは他の種族を駆逐することしか考えていないようなバカなので、そんな奴等が蔓延るオレ達の世界は、生きづらいことこの上ないのである。

 

 てことで、オレは引っ越してきた。ワームホールが開く場所に向かった結果、割と強い竜種と鉢合わせたので適当に戦ったのだが、あの街に住んでいた人々には申し訳ないことをしたと思っている。

 どうせなら、オレに血を分けて欲しかった。


 「あー……、知らないな。それより、どうだ?真面目にオレを雇う気はないか?この世界に馴染みたいんだ、オレは。異界の情報もやるしよ」


 オレは、割と強い。そして、この世界は、あの低脳な化物を殺せるだけで好かれる傾向にあるらしい。オレへの名声が高まれば、自然と人が寄ってくる。そしたら、そいつらの血を分けて貰えばいい。若い女の血にも興味があった。人気者になれば、すぐ頂けるだろう。楽しみで仕方ない。


 「俺はお前を信用してない。お前が人を殺したら俺の責任になるんだ。今、覚醒者内も権力争いが行われていてな。こんなことで躓きたくないんだよ」


 俺より色素の抜けた白髪の老人。自然な手つきで、白く細いナニカを懐から出し、薄い唇に咥える。中々様になっていた。それがどういうものか、オレは知らないが。


 「なー、ほんとに殺さないからよ。ほら、こいつの顔色も元に戻って来ただろ。人狼の奴等みたいに理性失う時とかないし。頼むよ」


 「………1ヶ月」


 「あ?」


 「1ヶ月、様子を見る。期間内に問題がないようだったら正規雇用としよう。ただし、必ずバディと共にいろ。それが条件だ」


 バディ。その言葉にピンとこないが、受け入れて貰えそうなのは理解できた。中々分かる人間だと満足する。


 「おぉ、いいな。バディ。誰の名前かしらねぇけど。バディって奴は強いのか?」


 「……まあ、俺よりは弱い」


 「じゃあ、雑魚じゃねぇか」


 「あぁ、そうだな。守ってやれ」


 「血を貰えるならな」


 老人が白いナニカを投げ捨てる。夜、灯りの少ない街道。立ち上っていた煙の匂いは甘かった。アスファルトの上に、青年の血はもうない。


 「こいつどうすんの?」


 「面倒だな。おい、初任務だ。そいつを運んでやれ」


 「えー、オレも嫌だよ」

 

 「言っておくが、俺はお前の雇用主だ。俺がいなければ、お前は即クビだぞ」


 「ちっ、お前の血はあんま吸いたくねぇな」


 「それは、ありがたい」


 オレは、黒髪の男の腕を掴む。運び方がイマイチ分からないので、引きずることにした。


 「お前……まあいい。それより、名前を考えておけ。これからは人間として生きてもらう」


 「あー、そうだな。名前か」


 なんとなく空を見上げる。あの、竜種の熱線のせいでか、空には大きな灰色の雲ができていた。異界に、空はない。雲というものも初めて見た。300年前、オレの先祖が見ていた世界がここにはある。


 「雲、、広い雲。………ひろいくも。あ、イクモヒロってよくね?」


 「それは……いや、違和感はないか」


 何やら、奇怪なモノを見るような目で見られたが、気のせいだろう。オレは、頭がいいし、顔もいい。人間の基準に合わせても高水準と言える筈だ。


 黒スーツの老人は、オレの方をチラリと見ると、歩き出す。着いてこいということだろう。


 「生雲ヒロ。約束は守れ。死にたくなかったらな」


 「ハッハッハ、面白い冗談だ」


 人類からしたら、異界へ行くことは冒険なのだろう。それと同じように、オレも今、冒険という名の暇つぶしにとてもワクワクしている。人間というのは面白い。退屈はしなさそうだ。


 未だ、ピクリとも動かない青年を引きずり、オレは鼻歌を歌いながら夜の街を歩く。


 その瞳を赤く輝かせながら。

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