第5話 シャッター光れば響いてラウダー
平日の昼下がり、お昼寝ベビーが陽光に照らされる様は西洋絵画のように美しかった。
「昼下がり、お昼寝ベビー可愛くて。頬舐めたくても
あまりに美しい寝姿だったのでこの気持ちを短歌にでもしたいところだったが、私の貧弱な語彙ではどうもうまくいかないようだった。もちろん字余りでも案外許されていたようにも思うが、確かあれはあれでテクニックが要ったはずだ。
「うーん、頬舐められぬ
クソッ、どうすればベビーの頬を舐めたいのに起こしてこの絶景を壊してしまいそうで舐めるに舐められない葛藤を歌にできるんだ! こんなことならもっと古文の授業を真面目に受けておくんだったなぁ!
今になればわかる、ああいう授業はただの暗記科目ではなく、こういう風に幼子を愛でたいときの為にあったのだ。これまでファインダー越しにしか接してこなかったから失念していたが、そもそも大和魂はロリコン魂だ、どうして私はその心を忘れていたんだ……!
無防備に眠る少女というのはこんなにも人の心を掻き乱す存在だったのか。やはり少女というのはそれだけでただの人間とは一線を画す存在、私のような一般市民では手も足も出ない。出るとしたらせい──おっ、もうそろそろ近所の子たちが帰ってくる時間か。
「…………」
ベビーは昼下がりの光が降り注ぐソファで、まるで猫のように丸くなって眠っている。やはり小さい子をひとりにするのは心配だから傍から離れないようにはしていたが、でも……久々だしなぁ。
今日は、近所の小学校で3学期が始まる日だった。寒い日が続いたからだろう、冬休みの間は家に籠りきりだった子たちが、一斉に外に出てくる日──言うなら一足早い春である。
いざ、カメラを手に!
ちょっと出るだけ、ちょっと外に出るだけだからと自分に言い聞かせて、私はこっそりと外に出た。
* * * * * * *
「で、従兄の
「えぇキモ! ハナちゃん写真とか撮られてんじゃないの?」
子どもは風の子とは昔から言うが、こんな冬でもスカートの短い子が少なくないのは何というか、風の子だとかそういうことではないんじゃないのだろうか?
見ているだけで寒くなる──だから手が
ちょうど目の前で従兄からの視線が気持ち悪かったという話をするハナちゃんと呼ばれた子は、とても愛らしい見た目をしている。名札のデザインからするとどうやら4年生らしいが、平均的な10歳児に比べると少しだけ幼さの残るフォルムが何とも蠱惑的だ。
薄手のコートを押し上げるような無粋な起伏もまだ育っておらず、かといって痩せすぎているわけでもなくスカートから覗く太腿は程よい肉付き──きっと触ったらぷるん、と私の指を跳ね返してくれるに違いない。
そんなことになったらもう、私しばらくは手を洗わないで暮らすかも知れないな。毎日ハナちゃんに触れた指を味わい、ハナちゃん素をしゃぶり尽くしたら念入りに洗うことにしよう。
もちろん、それは想像だけの話だ。
本当に直接触ったりなんかしたら間違いなく国家権力が私を陥れに来るし、何より家でスヤスヤ眠っているベビーとの生活を守れなくなってしまう。ママに置いてけぼりにされる寂しさを、彼女には二度と味わわせたくない……味わわせてはいけないんだ!
「すぅぅぅ~~」
息を潜め、じっくりとシャッターチャンスを狙う。今回狙うのはハナちゃんが無邪気に笑いながら、無防備にスカートをはためかせている場面。お友達との会話で楽しそうに笑っているから表情はきっと問題ない。そして今日は風がそれなりに吹いている──きっとチャンスはわりと頻繁に訪れる。
だが、幸運の女神には前髪しかない。
迷わずいけ、行かねば何もわからない!
街路樹の根元に身を潜め、チャンスを窺う。下手をすると風邪をひいてしまいそうだが、それは尊い犠牲だと思うことにしよう。
釣りは待ち……撮影も待ち……。
来た、今だ────
「それ、なぁに?」
「ははっ、これはカメラっていうんだよ? 綺麗なものとか可愛いものを見たときに写真にしてずっと残しておける──え?」
聞き慣れた声に思わず答えてから、慌てて後ろを振り返る。そこに立っていたのは、きょとんとした顔で私のことを見つめてくるベビーの姿。それだけならただ至福の光景なのだが、問題は彼女の服装である。
「かめら?」
首を傾げながら私を見てくるベビーは、ついさっきまで昼寝をしていた。暖房をそれなりに利かせていたから暑かったようで、だからけっこう薄着にしていたのである……具体的には、ずいぶん前に買ってあった幼児用のシャツとパンティのみ。
「────っ!!」
「しゃしん、やる!」
「え、あっそれはいいんだけどその格好で出てくるのはちょっと、」
「あの……どうかしましたか?」
また背後から声!?
振り返った先には、今まさにシャッターチャンスを狙っていた新春フォトジェニックガールことハナちゃんで。
彼女たちの目は、すぐに私の手にあるカメラに向けられてしまう。だんだんその目に嫌悪の色が濃くなっていくのがわかったような……わからなかったような……わからされちゃったような……?
「あっ、いえっ、あのっ、そのっ、えっと何でもないのでっ、えっとハイ、すみません、はい、じゃっ、じゃあこれでっ!」
その日の私ならきっと、短距離走の世界新記録を作れた。
帰宅後、ベビーが撮った写真を飾るための額縁がないことに気付いたが、外に出ても大丈夫だろうという確信を持つのには数時間を要したのであった。
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