第4話 紡ぐはリリック、愛でるはホリック
下調べもしていなかったが、幸い目当てのカラオケ店は菓子類の持ち込み可能なところだった。
「からおけ、からおけ♪」
さっきまで首が
ドリンクバーでのリクエストはオレンジジュース。私は梅昆布茶を注いで、案内された部屋に行く。
ベビーにはキメ顔でカラオケ通いを自慢したが、私も最後にカラオケに来たのは数年前だ。久々の機会にワクワクしながらも、まずはベビーに順番を譲ることにした。
「なに歌いたい?」
「なんでもいいよ」
出た、1番困る返事! というか歌いたい曲があるなら自分で入れてくれてもいいんだけどなぁ!!
だが、『なんでもいいよ』と言ってくれたときの顔がとても可愛い。もうズルいくらいに可愛い。顔の皮膚だけ切り取って額縁に入れたら国宝級の美術品になるのではないかというくらい可愛いのだが、いや、きっとこの顔の可愛さは彼女本体ごと含んだ笑顔だから可愛いのだろう。鼻をくっ付けるくらいで我慢するしかないな──ふにっとしているのにちょっと硬い……。
「んむ、」
「お鼻ふにふにで可愛いねぇ」
「きもちわるい……」
「……!!!」
怒るでもなく、噛みつくでもなく(こちらはむしろご褒美だが)、普通に嫌そうな顔をされてしまった。ただでさえ悪い顔色がもっと悪く見える……そ、そんなに嫌だったのか……!?
「ごめんね……じゃあ、好きな歌を教えて?」
「んーー……」
ちょっと悩んでいる様子のベビー、可愛い。とりあえず録画しておこう。後で何度でも見返せるぞ。
だがあんまり悩ませたままなのも可哀想なので、何か歌えそうな歌をこちらで入れてあげるのもいいかも知れない。
……よし!
~♪
幼い頃、そして最近よく聞いているイントロが流れる。まずは定番の『いぬのおまわりさん』でどうだろうか? 私が聴いているのは最近動画で上げられていた幼稚園の発表会映像なのだが、歌っていた
そんな思い出を振り返りながら、ベビーに振ってみたのだが。
「…………」
お気に召さなかったのか、マイクこそ持ってくれたが歌い始めることはなかった。
「違うお歌にする?」
「うーん……わかんない」
困ったように首を傾げるベビー。
「からおけやさん、わかんないよ?」
「何がわかんない?」
「おうたがね、わかんない」
歌がわからない……? 何を言いたいのか咄嗟にはわからなかったが、どうやら彼女は『歌を歌うのは楽しいこと』だとは思っていても、自分が歌うレパートリーは皆無だったらしい。考えてみればそれもそうなので、まずは私が一緒に歌ってみることにした。じゃあ1回歌を止めて…………。
「たぁーいとぅ~~せーぐぅっぱぁ~~♪」
その結果が、こちらである。
ンンン、最高である。
可愛いかな。
命を持った可愛いかな。
可愛いが命を宿したらこうなるのかな。
舌足らずなあどけない声で私の歌うのを真似て、慣れない言語を必死に発しようとしている姿は、ただただ可愛らしかった。
いつしか歌うのも忘れてニヤニヤ眺めてしまった。もちろん録画はしてあるから、私の声は編集で消しておこう。そうするとこの子の歌声だけを楽しめる。
「いお~~こん~~、ん? てっ、てぇぇ~~♪」
あ、最後詰まったな、可愛い。
まったく、赤ちゃんのお歌は最高だね!
「おうた、むずかしい……!」
ぜぇぜぇと息をしながら私を見てくるベビー。もちろん腐っているので頬が上気したりとかそういうものは拝めないのだが、元が可愛かったのだろうこの子にとって、腐っているなんて大したことないんだなぁ……可愛い。
「じゃあ、次はもっと歌いやすそうなの探してみようか。ちょっと待っててね……」
「おかし」
「あっ、食べる? 夕飯前だからあんまり食べすぎないようにね」
曲を探しながらお菓子の袋を開けて、楽しげに知育菓子を混ぜるベビーの姿を撮影する。うんうん、上手にまぜまぜできてるね、ヨシ!
その後私のレパートリーの関係で主に洋楽をたくさん歌ったベビーは、たぶん疲れたのだろう、ぐっすりと眠ってしまった。汗はかいていないだろうが、帰ったらお風呂も入れないとだな……私はわりと汗かいたし。
寝ているベビーを全身
見上げれば、月が私たちを照らしている。
ここ最近いろいろあったが、きっとこの子となら幸せになれる気がする──思わず垂れそうになった唾液を慌てて吸って、いつもより少しだけゆっくりペダルを回した。
「やだ! おふろ、やすむ!」
「えぇ、お風呂入ってキレイキレイしようよ~」
寝ている隙に服を脱がせようとしたのがまずかったのか、それとも脱がす節々で撮影していたのがまずかったのか……帰ってからのベビーはひたすらに不機嫌なのだった。次からはこういうときの為のお菓子も買っておかないとだな。
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