エピローグ

N19E1 通じる二人

 二〇二二年六月。


 晴れた日曜日の新宿、待ち合わせの場所は喧騒から離れた裏道を選ぶ。


 リナは大学で九人の仲良しグループができた。たまに二人きりで出かける仲もあり、リナとこの男はその先駆けとなった。


 リナの伊達眼鏡に対し男は本物の分厚い眼鏡で、レンズ越しの輪郭から始まった。蓮堂から仕込まれたサブカル趣味のおかげもありグループに馴染み、探偵として歩いたおかげで体力もそこそこある。


 端的に言えば、リナはモテた。男からも、女からも。


 都営大江戸線のマインズタワー出口から、エスカレーターで橋の上へ。地階の交差点よりもずっと空いた道だ。JRへの乗り換えはもちろん、東口側へ行くときもこの道を使う。


 リナが連絡を入れて、すぐに男が駆けてきた。彼を見ると顔が綻ぶ。お互いに。


 蓮堂が言った通りになった。今なら言える。蓮堂への気持ちは恋心ではなかった。


 身近で最も有力な者に惹かれる。大学でも同じ経験があった。オリエンテーションの最初でリーダー格として意見を取りまとめた数人はやや強引ながらも確実に計画を立てていた。現に周囲の女子たちは中心の男ばかりを見ていて、周りの男子を蔑ろにしていた。


 いい印象になるはずがないのに、いい印象になる。不協和が顔に出た時に助けになったのがいま隣にいる彼だ。なんか体調が悪そうだと言って、日陰になる椅子を譲ったりたまに顔色を確認したりと些細な助力をくれた。


 恋には二通りがある。現在の取引先か、未来の共同体か。リーダー格の男は互いを求めあう関係なら悪くはないが、長く付き合うには同じものを隣で見ていられる相手がいい。ちょうど隣にいる彼のように。


「リナさん、お待たせ」

「迷ったでしょ」

「まあね。今までは大通りばっかり歩いてたから」


 ここも蓮堂から教わった裏道だ。都会の雑踏はなんとなく群れに加わる連中が作る。意思を持って道をずらせば意外なほど静かになる。


 合流したら地階に戻り、大回りで新宿を歩く。時間はかかるが、話題ならある。道は狭いがすれ違う機会も少ない。穏やかに時が流れる。


 まずは食事へ。リナの希望もありサイゼリヤに向かった。待機列の椅子に空きはひとつだ。


「リナさんが座って。流石に混んでるね」

「お言葉に甘えて。今のうちにアレを渡しとくね」


 リナは財布を出す。カードゲームの醍醐味のひとつ、交換と交渉を楽しむ。互いに偶然にも余るレアカードがたまにある。ちょうどいいレアカードと持つ誰かとの物々交換だ。


 アナログゲームはコミュニケーションで成り立つ。自分の意思を伝える能力と相手の意思を聞き入れる能力が高いほど深く楽しめる。


 リナが余らせたのは『暁冠の日向』と『マグマ・オパス』、組み合わせの強力さから人気が高く、相応に中古価格も高い。


「ありがとう。僕の方もすぐ出すよ」


 彼からお返しに『クァーサルの群れ魔道士』を受け取り、財布にしまう。折れたら困るものを入れるにちょうどよいので熱心なプレイヤーは誰でも同じ動きに収斂する。


 リナにはもうひとつ理由がある。柔らかく軽い財布をポケットに浅く入れた。


 席に案内される番が来た。店員が先導し、次に彼が、殿しんがりをリナが歩く。音もなくポケットの財布を落とし、気付かないふりでついていく。


 メニューを見て、注文を決めて、ボタンを押す直前に店員が来た。


「こちらのお財布、お客様の落とし物ではないですか」


 リナが答えた。


「そうです。ありがとうございます」

「よかったです」


 彼が店員へ注文用紙を渡すが、その前にリナが割り込んだ。


「拾ってくださった方についてですが」


 財布から小さな写真を出す。一見するとプリクラに見えるが、実際は隠し撮りにフレームを合成した写真だ。


「この女性でしたか」


 同じ手を何度も使っていた。デッドドロップ、物品の受け渡しを密かに行う手段で、リナは応用して蓮堂を探している。


「目の感じは似てると思います」


 マスクと伊達眼鏡で顔が隠れる。蓮堂なら帽子のつばも使う。だから目がよくわかる写真を用意していた。ようやく見つけた。


 リナは立ち上がり、走った。都会は物陰だらけの空間だ。人も多い。深追いはできない。


 これまで外ればかりでも決して諦めずに続けてきた。周囲を見渡し、最もそれらしい方向を向いて、叫ぶ。


「蓮堂ー! いるでしょー! ありがとー! また会いに来てー!」


 声が届いたかはわからない。急に叫んで足を止めるのは決して本人だけではない。


 信仰する。それしかできない。きっとこの声は蓮堂に届いた。気持ちも。


 背中から彼が手を回した。


「いつも言ってる人?」

「うん。恩人だよ」

「そっか。僕も挨拶したいものだね」





エピローグ

N19E1 通じる二人





 リナからすでに遠く、物陰で電話が鳴った。


「オオヤか。今いい所だから後にしろ。ついでに連絡だ。帰りはまた延期する」


 一方的に言って、一方的に切る。


 蓮堂は別の裏道へと消えていった。次の尻尾を見つけるために。


 事務所を離れても依頼人は来るし、仕事は増える。表のルートが潰れても蓮堂は潰れない。


(了)

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女子高生から探偵まで エコエコ河江(かわえ) @key37me

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