N14C4 墓場から揺り籠へ
十月六日。午後一時五十五分。
依頼人が椅子に座った。三十代そこそこの女、服は地味だが小物には熱心で、ボールペンに小さいがキャラクターが見える。依頼内容と合わせてインターネットならではの活動で自己を確立した様子に見える。
「フォロワーさんの住居の特定、そういう依頼では情報を渡せませんが」
「構いません。彼が元気か、トラブルがあるなら助けてください。お金は五十万あります」
「向こうにも体調などを伏せる事情があるのでしょう。介入が得策とは考え難いですよ」
蓮堂が消極的な姿勢を見せても女は食い下がる。仲が良い相手と言い張り、連絡がつかない事情を知りたがる。
経験から、こういう手合いは関わりを断られた結果から目を背けていると考えるのが常だ。
しかし今回は自分だけで仕事を進められる。女への連絡は報告ひとつで済ませられる。
ツイッターの画像欄を流し見る。難易度の目星をつける。食卓、服、ゲーム画面。背景にはかなり注意している様子で日光や壁の模様が見当たらない。
ひとつだけ気になる写真があった。散歩道らしき空の写真に建物が映り込んでいる。普通の民家だが偶然にも蓮堂には見覚えがある。
体の一部の写真、薬の写真、疲れが透けた文章。場所以外の情報はごろごろ出てくる。
「わかりました。情報が少ないながら手を尽くしましょう」
「ありがとうございます」
契約書にサインをして女を帰らせた。すぐにリナが来て学習タイムを始める。
「渋ってたのに、どうしたの」
「この写真だ。場所の手がかりがわかるか」
睨めっこが始まる。昼の空と雲。電柱はあるが文字はない。民家は二階建てで、道の右側にぽつんと一軒だけ。
「ベランダの影の形から、この道は南北方向で、家は玄関が西の大きい窓が南。もっと右には他の家があるかも。電線がそっちにだけ続いてる」
「正解だ。加えてこれは日本海側だ」
「どこから?」
「エアコンの室外機がやけに高い位置にある。どう考えても地階に置くほうが設置も手入れもしやすいのにだ。雪がこの高さまで積もる新潟県だ」
蓮堂はパソコンで画像を拡大する。ノイズの除去や補正を駆使してカーテンの先を探る。
「新潟? そこまでわかる?」
「この家は私の別荘だ。依頼はくだらないが思わぬ収穫だった」
「別荘!? 蓮堂そんなのも持ってたの!?」
「拠点が各地にあると、色々と使い道がある。名義人がバラバラだから制限はあるがな」
誰かが勝手に使っている。目印となるリボンが消えている。窓を開閉した証拠だ。
電話をひとつ。現地の友人に頼んで確認させる。呼び出しが二回、三回、四回。彼にしては遅い。取り込み中だ。切れたらメールに切り替えるつもりで待ち、切れる前に繋がった。
「蓮堂だ。そっちの家に侵入者がいるらしいが」
「その片付けをしてる所ですよ。痩せた男が蓮堂さんの家を勝手に使って首を括った」
なんてことだ。片付ければいいのは確かだが、いくつかの常備品に気づかれたらまずい。
「驚きだ。落ち着いたら詳しい写真を送れ。スマホのアカウントもだ」
「人使いが荒いんだから。ちゃんと撮りましたよ。スマホもね」
「いい手癖だ。助かる」
電話を終えた。平然と話していたがリナにも聞こえたようで、明らかに苦言を呈したそうな顔で見つめている。どうせ仕事は進まないから付き合える。
「首を、って聞こえたけど」
「言った。さっきの依頼人が言ってた男が自殺したかもしれん」
「ひどい目に巻き込まれたね」
「全くだ。だがそのおかげで、依頼は楽に片付きそうだぞ」
「人でなし」
「どうとでも言え」
3章 現実の経験
N14C4 墓場から揺り籠へ
蓮堂の仕事の多くは、書類上は何かをしていたと示す事実の積み重ねにある。
オオヤが仲介する難事は多くが汚い金で、真っ当な金だけを数えて薄利では税務署が確実に怪しんで調査に来る。帳簿をつけるために仕事を入れる。
なので今回のような、電話ひとつで解決する内容ばかりになる。誰ぞを端金で手伝わせては余りの時間を備品の調達に使う。時間や娯楽品は山ほどある。古本を裁断し電子データの形で手元に置き、蓄えた話題で次の人脈を得る。
「それ法的にはセーフなの?」
「お前がこれから学ぶ話だろ。分野を決めたなら自分でやれ」
「急にケチになった」
「膨れてもだめだ」
雑談と並行して今回の件に関わるツイッターに目を通す。記録に時刻もついて残るおかげで登場人物の動向から心境まで手に取るように透けて見える。
依頼人と仏が一夜を共にしたらしき日を見つけた。四ヶ月前、そこから依頼人の言葉に金や苛立ちが増えている。話の筋は通る。仏へ責任をと詰め寄り、苦にして逃げた。証拠はないが個人情報を自ら流出させる時代だ。少しの追調査が証拠になればよし、違う場合を念頭にして第二第三の可能性を見つけておく。相手が違う場合、逃げる理由が違う場合、無関係な場合。
「蓮堂は、死んだ人には何をするの」
やけに重苦しい顔で言う。自分たちは何も関係ないはずでも、少し近い場所で知ったために余計なものまで背負いこんでいる。想像はついていた。生き死にへの関心が高い。
「何もしない。人が関われるのは生きてる間だけだ」
「そっか」
リナは手を合わせる。宗教的な行為から切り離された、誰かのそうする姿を真似ている。
「念のためだが、弁護士だったよな」
「うん」
「もし刑事事件を担当したら、比にならんほど大変になる。覚悟だけはしておけ」
きっと被害者がいるし、殺人事件の弁護もするだろうから。過失致死はもっと多い。
リナは頷いて、真剣な目をしていた。
画面下で新着メールの知らせが跳ねた。差出人は頼んだばかりの彼で、内容は写真を八枚と書かれている。
リナを遠ざけてから開いた。家の中の写真、遺体の写真、直近のチャットの写真。ひとまず建物の隠し部屋付近はよし、遺体も形が残っているので加工したら見せられる。
連絡の内容は、予想通りだった。これ以上の仕事は増えない。来週の報告までに画像を作り本人確認とする。あるいはその前に警察から連絡が行くかもしれない。
最後に遺書があった。これから産まれてくる赤子への言葉で、自らを不甲斐ない父と称して強く生きろとか本気になれることを見つけろとか見つけたらよく学べとか並べている。自分が得たものに価値を見出すのが人の性分だ。今がある理由の分析としては上等の、惜しい男だ。
「この仕事は終わりだ」
ラップトップを閉じて、タブレットで画像を左右に割り振る。リナも忘れかけていたが今は大仕事の最中だ。ヤクザから半グレまであらゆる連中の動向を調査している。ライブカメラや秘密の情報網から届く映像を、自動で大まかに解析して、目視で同一人物か判断する。日々の片手間で少しずつ進めて、空き時間にそれらをまとめる。
時刻は三時前。オヤツにはやや早いが、もうひと仕事には遅すぎる。くだらない作業で茶を濁す。
「蓮堂、暇な顔してるから衝撃情報」
「面倒だったらグーパンチ」
「実は今日、私の誕生日です」
ノータイムで言った。しかも両頬に人差し指でエクボを作る。面倒ではない自信があっての発言だ。蓮堂は両手の握り拳を見せて、親指を上へ滑らせた。
「おめでとう。オヤツは決まりだな。すぐ行くぞ」
「どこに?」
「ケーキ屋さんに決まってるだろ。誕生日にケーキは当たり前だよな」
タブレットの画面を落とし、椅子から立ち上がる。いつでも出発する準備がある。情報には早さが重要で、すぐに動き始められる体制をいつでも整えている。
当然、ケーキを買いに行くにもすぐに動く。
「まじ?」
「まじに決まってるだろ。不安なら私も衝撃情報、四日前が誕生日だ」
「まじ? おめでとう」
「ありがとう。納得したな。でかいのを買いに行くぞ。大きなケーキ屋マルセランにな」
練馬春日町駅付近の電柱の広告を信用して、二人は店に向かった。どのくらい大きいのかはまだ知らない。
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