N09B4 義肢職人ハマカン
探偵の仕事は人と人を繋げる部分にある。
居場所がわからないとか、記録を手に入れたいとかの、物理的な障害を乗り越える。探偵はその手段を持っている。
目的地へのショートカット手段が多いほど仕事が早い。蓮堂自身も多くの人と繋がっておき必要になれば辿る。
普段の手入れが欠かせない。蓮堂は定期的に会いにいく。情報の断片を先に渡して、詳しく調査を頼まれれば収入になる。最初から知っていた話を送るだけでも待たせれば調べたように見える。人はひと手間を好む。
情報はいくらでも無料で転がっている。自力で見つけられない奴は金を使う。
「今日は昼過ぎから手入れに行くぞ」
蓮堂は二人きりのときは言葉が少しだけ乱暴になる。朝の清々しい気分をやさぐれで彩ると大人になった気がして少し嬉しい。リナの心境が声色だかで蓮堂にも伝わり期待に応える。
昼食の後を楽しみに朝の調査を進めた。
「行き先は貫井の方にある、大通りの手前の変な所だ。歩いて三〇分かそこらで着く」
「電車だと?」
「待ち時間が七分、乗り換えで五分、移動で五分、徒歩で一四分。合計三一分程度だ」
「うわ。めんどくさ」
「道中の商店街は店主が奥にいる店ばっかりだ。期待しなくていい」
電車賃をケチってではないが徒歩での移動をが多い。一駅分を歩いて途中の商店で買い物がいつものパターンで、この頃はリナも挨拶している。名前を伝えてからの新習慣だ。
日用品は結局はどこかで買う。同じ買うなら顔を売りながら買えばたまに金を受け取る側になれる。通販や量販店は買うだけの凡人が使う店だ。雀の涙ほどの値引きやポイント還元より自分の技術を教えるほうがよほど金になる。
「義肢の職人に会う。万が一に備えるためでもあるから、手脚を見せやすい服で行け」
蓮堂はパンツスーツに着替えて、リナは運動向きのカジュアル服に鞄だけフォーマル寄りにして。仕事人と半人前の助手らしさを演出する。いつも通りの服も久しぶりなら特別だ。
マスクと伊達眼鏡をつけて、並んで街に繰り出した。
西武池袋線の豊島園駅は特殊な位置にある。埼玉県から池袋までを繋ぐ路線の、途中にある練馬駅で乗り換えて一駅だけ。池袋へ行くのは楽だが帰りはたまに乗り換えが必要で、埼玉側との行き来では必ず練馬駅で乗り換える。
としまえんが閉園してからは利便性の根拠が薄れて初見ではよくわからない路線になった。
線路沿いを歩き、中村橋商店街に立ち寄り、大通り沿いの看板を見た。義肢研究所、蓮堂が「着いたぞ」と言うから着いたはずなのに、蓮堂は通り過ぎて脇道に立つ。
「入らないの?」
「いや、待ち合わせ場所にここを指定されただけだ。この研究所は何も関係ない」
「なんじゃそりゃ!」
偏屈なオヤジなんだよ、と囁く。彼はこの地域で生まれ育ち、蓮堂との縁はトイザらスでのデュエル・マスターズTCGのイベントで築いた。同年代のくせにやたら老けた物言いをする機械オタクだ。
どんな男なのか、リナは楽しみ半分の不安半分と顔に書いてある。こんな形で人と会うのは初めてだった。多少の粗相を許しあえる仲だが、今は伏せておく。馴れるためだ。
2章 模造品たち
N09B4 義肢職人ハマカン
「緑のジャケットだそうだ」
蓮堂がメールを見て伝えた。
「幅が広すぎない? みんなそんなもんでしょ」
「黒やベージュを除けるだけでも十分としよう」
渋面で言う。大通りに徒歩や自転車は少なく、脇道に来るのはさらに少ない。遠くに見えた人影は黒、確かに除けるだけで少しは楽になった。
前後を眺めながらポケモンを捕まえながら待った。
「来たぞ。あいつだ」
五匹目を捕まえたと確認した頃だ。
半端な長髪を後ろで束ねて、ズボンは裾を折って左右の長さが違う。不潔ではない最低限に留まるダサい身なりは関心の先が狭うな印象になる。
「待たせたね。そっちがレンちゃんのとこの?」
「リナだ。こいつは
「それでいい。よろしく、リナさん」
口ぶりは軽くても一定の距離を保つ。リナも挨拶を返し、すぐに歩き出す。
商店街に近づく方向の、すでに歩いた道を行く。すかさず蓮堂が待ち合わせ場所への不満をこぼすが、ハマカンの答えに納得した。大通りでは待ちにくく、目的地の前では人が多い。
蓮堂は雑踏を避ける。人が集まるほど人が運ぶ感染症が集まる。些細でもリスクを減らす。
「つまりは変な所に連れていくんだな」
「何が変なもんか。楽しみにしてな」
上機嫌な顔つきで商店街を進む。少し奥まった位置の扉をくぐった。
照明をつけても調度品は茶色で、雰囲気は暗く感じた。所狭しとトルソーが並び、値札には六桁前半がいくつもある。肝心の売り物は木箱の中で、窓つきのひとつを覗くと、金属らしい光沢の流線型が見えた。
それらの反対側には、私物らしき服や漫画本が山を作っている。
「ハマカン、お前」
「そうさ、俺の工房だ! 朝から晩まで義肢を作れる俺だけの秘密基地、ついにだ」
目を輝かせて披露してくれる。雛壇の木箱は既製品で、試用やメンテナンス中の代品として貸し出す。奥の工具や部品だらけの散らかった空間で組み立てる。フレームは様々な大きさの破片を繋ぐ。よく使う組み合わせを事前に作りかけているので、オーダーメイドでも早ければ小一時間で用意できる。
「まだ表には内緒にしてくれな」
「わかってる。さて、早速たのもうか」
ハマカンが奥の部屋へ向かい、蓮堂が背中を追う。リナはその手を掴んだ。
「待って蓮堂、何するの?」
「採寸だ。万が一に備えてな」
「手足を失うかもしれない仕事をする、ってこと?」
「察しがいいな」
「やだ」
リナはさらに握る手を強めた。
「そんな仕事なら、死んじゃうかもしれないでしょ。やだよ、蓮堂」
電球色の照明がリナの目で反射する。今この場では生死に関わらない。分かってるはずだ。
ハマカンはにやけ顔で奥に隠れた。
「安心しろ。死なないためにやってる」
「怖いよ」
「備えすぎでは死なないが、備えが足りなければ死ぬ。怖がれ。恐怖心とうまく付き合うのも探偵の仕事だ」」
蓮堂は空いているほうの手を頭に乗せた。握る手が弱まった。リナは目を伏せた。
改めて奥へ向かう。暇な間に試用品やカタログに目を通す。
義肢と一口に言っても多様なデザインがある。色は皮膚に近いが硬い廉価品、透明パーツを多用した神秘的なモデル、銀色で魅せるタイプ、言われるまで気付けなそうな人工皮膚。
スポーツ用は人間の形を離れて、カーボンファイバー製の板を半円形に曲げた弾性で地面を蹴る。設計次第では人間以上の走力を発揮できる。
隠すか見せつけるか、日常用か特殊な用途か。今は事故の損失を減らす装具として主流だがやがてはサイボーグが現れるかもしれない。強化外骨格の実験はツイッターで見ていた。
そう考えると今のうちに見ておくのも悪くない。便利そうなものに飛びつく姿勢は蓮堂から学んだ。普及したら面白そうならば誰かが普及させる。リナは二十歳にも満たない。死ぬまで無縁のままとは思い難い。
思考が蓮堂から技術へ移り、技術と付き合う考えをまとめる。ここで蓮堂が戻った。
「待たせた」
「おかえり。ね、蓮堂。私もハマカンさんとお話してもいい?」
「いいぞ」
蓮堂は首だけを奥の部屋へ向けた。
「おいハマカン、リナが話をしたいって!」
小さい声が帰ってくる。
「あいよー!」
蓮堂はそのまま、椅子にできる場所を勝手に探して座り込んだ。
「あいつ、頑固で口下手なだけのいい奴で、しかも今日は上機嫌ときた。行ってきな。今度は私が待つ番だ」
そう言う蓮堂も上機嫌に見えた。
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