2章 模造品たち

N06B1 トイザらス跡地

 八月一日。快晴の日。


 探偵は依頼で動く。人が来ない間は、基礎調査を進めるなり交友関係の手入れなり、単純に遊ぶ時間にしてもいい。


 蓮堂はすべてを同時に進める。すなわち、ポケモンを捕まえながら友人へ会いに行き周囲の珍しい痕跡を探す。


 一般には依頼が少ないと資金繰りに困るが、オオヤが定期的に大きな話を持ち込むおかげで普段は暇すぎるほどの時間がある。繁忙期に違和感なく動くために普段の些事を使う。


 大仕事は夏に多いが、今年はまだ来ない。小仕事を済ませては空き時間でストライの勉強を手伝う。参考書を買い、実地で例を探す。ついでにポケモンを捕まえる。ガラル地方の冒険や対戦も始めた。


 ストライが転がり込んでから二ヶ月になる。すでに小仕事なら一人でも任せられる。今日は浮気調査のために証拠を撮る準備をして、ポケストップ付近をうろついている。


 世間は夏休みだ。昼から歩いても目立たない。自由研究の名目があれば路上でしゃがんでも目立たない。植物図鑑を片手に住宅地を歩き回る。ポケモンを捕まえてフレンドに知らせる。


 人間は意図が不明な存在を警戒対象と見なす。なぜ足を止めるのか、スマホの操作は何か。


 ストーカーかもしれない。泥棒の下見かもしれない。ストライならパパ活の相手を探すとか俗に言う神待ちにも見える。


 知能が一般的程度なら、不可解を空想で埋めて、空想と現実の区別を見失う。蓮堂の教えは捻くれて悪辣で、憎悪の塊にも思えたが心当たりもある。理解不能を直ちに排除対象と見なす者はストライの周囲にもいた。


 だからさりげない方法で自らの行動を明かす。ポケモンを捕まえるには頃合いを見て画面を下から上へなぞる。健康なご老人が多い地域だ。大ブームが過ぎても知名度は高い。見慣れた動きは安心になる。蓮堂がポケモンをやけに推す理由がわかった。


 直前の弱点になる順番を連続で三匹、仕事を終えた符丁だ。相手からの電話なら急に動きを変えても不自然にならない。


 ようやく電話が鳴った。


「もしもし蓮堂、フカマルを捕まえるから早く」

『悪いな。私はケーキ屋にいる』

「クランベリー」

『よし』


 最短で用事を済ませてすぐに切る。長電話に憧れる世代ではない。蓮堂のやり方から大人の仕事らしい雰囲気を感じた。初めは寂しかったが、味は徐々に出る。初めは疲れ具合から水の残りまで必要な確認をくれたが、馴れるごとに言葉が縮む。信頼の証に感じて、胸が暖まる。


 ここ数日は別の気持ちにも気づいた。


 もう少しだけ画面を見つめる。着信相手を示す「蓮堂」の二文字が輝いて見えた。





2章 模造品たち

N06B1 トイザらス跡地





 ケーキを平らげて、仕事の報告を済ませて、オフの時間だ。時計は四時二十一分、一般的な会社員よりずっと早い。いい職場に来た。雇用主との関係もよく、しかも美人だ。よく見るとやや童顔で、こまめに瞬きを長く取り目を休めているなど、仕草に少しの可愛らしさがある。


 自前ての観察と研究も重要だと蓮堂が言うので、堂々と真似ている。


「どうした、用事か?」


 蓮堂が目線に気づいた。いつかこうなると思っていたので言い訳も用意してある。


「目と目が合ったらポケモンバトル! 遊ぼうよ」


 ストライは少し赤い顔で挑む。事務所でのwi-fi通信をすべて監視していて、yakkun.comのアクセス数が多いので、予習は十分と見える。蓮堂は返事の前に進捗を見る。指差しで画面と時計を確認した上で答える。


「私はまだひと仕事あるが、いいだろう。シングルバトルの二本先取でいいな」

「やったぜ!」


 Nintendo Switchは電源を落とさずスリープ状態で待機させる。遊びたくなった三秒後には遊び始められる設計は故山内社長が掲げた美学そのものだ。さらに七秒もすれば通信相手との接続が済むポケモン勝負の始まりだ。


 両者が持ち寄った六匹を見せあい、相手の戦法を予測して、三匹を選ぶ。ストライは育てた全てを、蓮堂は優しめな六匹を提示する。


「フェアリー統一? 蓮堂って結構かわいいね」

「こういうのを見せると評判がいい。普段は接待だがお前なら本気で行く。そのガブリアスも強気には出られないだろ」

「まあね。けどバランスは整えてるよ」


 選び終えていよいよ試合が始まる。最初の技はすぐ決める。考えるにも情報がない。自分が勝つ道へ引き摺り込む。蓮堂は教えた通りに、ストライは教わった通りに。


『バイバニラの ふぶき!』

『ペロリームは オボンのみを食べて 体力を回復した!』

『ペロリームの ねばねばネット!』


「なにこの技」

「お前がポケモンを出すと素早さを下げるぞ。例外は地面が無効の奴だ」


『ペロリームの わたほうし! バイバニラの 素早さが がくっとさがった!』

『バイバニラの ふぶき! ペロリームは たおれた!』


「なんで!?」

「ペロリームは持ち物がなくなると素早さが二倍になる。順番の逆転は基本だ」


 数では蓮堂が不利でも、これから取り返す準備が進んでいる。


『サーナイトの かなしばり!』

『バイバニラは かなしばりで ふぶきが だせない!』

『サーナイトを ひっこめた。トゲキッスを くり出した』

『バイバニラを ひっこめた。インテレオンを くりだした。ねばねばネットで すばやさが さがった』


「ばれてた?」

「探偵をなめるな。バイバニラにこだわりスカーフを持たせたなら他には持たせられない」


『トゲキッスの エアスラッシュ! インテレオンは ひるんだ』


「こうなる。このまま勝たせてもらうぞ」


 以後の試合は蓮堂が一方的に進めた。先制した時のみ高確率で行動不能にする技と、誰でも先制させる準備を組み合わせて、どのポケモンも強さを発揮させずに倒していく。


「命中いくつだっけ」

「95だが、こうかくレンズを持ってるから何度でも当たる」

「うえー、熱心すぎ」

「本気と言っただろ。まず一本だ。あとダイマックスすると怯み無効だぞ」

「先に教えてよ!」

「今が二試合目の先だ。さあ手の内は見せたぞ。ここから二連勝して見せろ」


 ほとんど無茶振りだが、ストライは熱心に向き合う。知らなかった戦略を知り、打てる手を決める。二試合目からは雑談の余裕もできた。


「蓮堂、そういえばだけどここ豊島園じゃん」

「そうだが」

「としまえんに行きたいなー! あとトイザらスも」

「両方もうないぞ。ハリーポッターの壁があっただろ。あの奥だった」

「エエッ」


 ストライは露骨に項垂れた。ちょうどポケモンが倒れたのと同時だった。二重のショックと口で主張するが、明らかに閉園の比重が大きい。


「私も寂しいな。あそこには世話になった」

「小さい頃の蓮堂かあ」

「そうだな。デュエルマスターズの大会や、カスタムロボGXのライジングキメラ配布イベントがあった」

「なんか変わらないね」

「あの頃は今より弱かった。そこにいたのは小生意気なクソガキだったが、レイフォールガンの扱いは見事だった」


 蓮堂はずっと対戦ゲームが友達だった。触れてから数日で腕を整えて少なくとも善戦する。勝負には相手が必要で、相手は格が知れると消える。実力が近い者同士でのみコミュニティを維持できる。


「お前も思い出ありか」

「そうじゃないけど、蓮堂と一緒に遊びたくて」


 いじけた手つきで次のポケモンを出す。今回は善戦どころかやや優勢なのにポーカー上手の素振りをしている。それで要求がか弱く、続く返事を選びあぐねる。


 蓮堂もそろそろ予感に至った。このごろの動向とお年頃の淡い心理に筋が通ってしまう。


「おもちゃ屋さんならイオンもヤマダ電機もあるぞ」

「なーんか田舎臭いなあ」

「それは逆だ。都会臭さを田舎に持ち込んでる」


 蓮堂の悪口がシャーデンフロイデを刺激し笑いになる。反撃しない相手への攻撃は原始的な楽しみであり、その場にいない者は反撃しない。最初の一歩の笑いを取れば続きは続きは腕で手繰り寄せる。


「探偵をなめるなよ。歩く場所の全てがテーマパークだ。こんなに楽しい仕事はないぞ」


 頑なな探偵最強説は蓮堂の定番だ。聞き覚えあるフレーズがまた出てくるだけで次の話題はお決まりのフレーズで始められる。幅が広いのでいつでも使い物になる。


 別になめてない。確かにそうだけど。そんなにかなあ。それは言いすぎ。なめてました。


 今回のストライは同意で返した。


「じゃあポケモンと一緒に記念写真を撮ろうよ」


 拡張現実、画面内だけの存在を、カメラを通して目の前にあるように見せる。お気に入りのポケモンに食事をあげる写真はオフ会で人気が高く、自然の一部としてポケモンがいる様子は写真家の人気が高い。ファンの間では似合う場所や小道具を共有したり広く馴染むポケモンを共有したりしている。


「行ってやるか。としまえんの壁沿いを周る道は静かで歩きやすくて、ここから反対あたりに鳥居や広場がある。もう少し先のカフェで休憩や軽食もあるし、いいコースだよ」

「もう詳しいんだ」

「朝の走り込みで見てるからな」


 いつも遅れて起きるので知らなかった話が出た。ストライはまた興味を出す。探偵に体力はどれだけあってもいい。周囲と顔馴染みになると歩きやすいし、新たなルートを探す名目にも便利で、不自然なくアスリート用の道具を常備できる。


 こっちもそのうち一緒にやろう。約束だけして、ポケモン撮影の日を決める。依頼がなくて晴れていて作業がいらない日。蓮堂が予定表を眺めて、ストライはその顔を眺めた。

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