第40話 誰かの日記

 ハッチを開き、アンタレスの中に入る。ここはコクピット。アンタレスのコクピットだ。


『井荻、発射の準備ができたようだ。そろそろ最後の準備してくれ』

「最後の準備ってなんのだよ」

『心……かな』

「……まあ、なるほど」


 少しかっこつけたようなセリフだったが、それは確実に間違っていないのだろう。

 一息ついて、目の前を見る。光を放つ計器、真っ暗な窓の外。

 じっくりとコントローラーを握る。その感触はいつもと変わらないものだったが、何か落ち着かせてくれるものがあった。


「……よし!」

 ***


「OKか?」

『……は、はい!』


 少しだけ上ずった声。汀良田は少しだけ目をつぶる。


「よし、第一シークエンス開始!」

「了解ープラズマアクチュエーター起動確認、対G回転重力制御装置起動確認。その他飛行制御装置起動確認したよー」

「よし、じゃあ第二シークエンス行くぞ……梁瀬、大丈夫だろうな」

『もち、なの! いつでもいけるよ~』

「じゃ、いくか」


 汀良田は机に両手を置き、頭を下ろす。そしてにやりと笑いながらサングラスを外し――


「……行くぞ、」


 腕を上げ、顔を上げた。


「超、電磁ィ、カタパルトォォォォォ……起動、承! 認!」


 机の、『触るの禁止☆』と書かれたボタンを勢い良く叩き――。


「超電磁カタパルト承認確認したよー! それじゃあ……リリーィィィィス!」


 悠城はカードキーを取り出し、壁に着いたリーダーの先に差し込み——勢いよく、通した。

 道筋は弧を描き空へと向かっていた。


 ***


「行くぞ……!」


 窓の外の暗闇が晴れ、磁力の力でアンタレスが浮く。

 そしてカタパルトのレールに電流が流れ、電磁誘導の力により蘇芳が動き出す。


『動いた……か?』

『超電磁カタパルト正常起動。このまま行けます』


 アンタレスはこれから現代ダンジョン部を何週もし、その速度を上げていくのだ。

 俺は窓の外を見る。地下都市の景色が移り変わっていくのが見える。

 加速を続け、次第に井荻の体に圧迫がかかり、機体は加速していく。

 ゆっくり目をつぶる。これから俺は空を飛んでいる魔神の下へと向かう。

 奴が――外に出る、前にだ。


『アンタレス、まもなく最大速度で離陸ー』

「――んじゃ、行こうか」

『頑張れなの☆ 大丈夫。花ちゃん以下ロボット工学部の作ったものだから♪』

『……頑張れよ、井荻』

「――はい」


 アンタレスの角度が地面に垂直になる。目を開き、穴の姿を探す。……ほぼ目の前だ。


『離陸まもなく——』

(——井荻君)


 ん?

 それは、頭の中に聞こえたその声は。板野の声だった。


(……えーとえーとあのその……)


 なんかてんぱってる。……どうしたんだよお前は。


(――助けて)

「――」

 胸に、ドンと強いものが来る。


「俺は行くぜ……アンタレス!」

『離陸……今!』

「おおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」


 アンタレスが、飛んだ。そして、穴の中に吸い込まれるように進んでいく。

 風を切り、砂を切り——そして。高い高い空へと、飛んで行った。


 ***


「うう……ここはどこでやがりますか……助けて……」


 何だか、井荻君につながった気がするけど、たぶん妄想だと思う。

 私は、薄暗い広い空間の中で、一人うずくまっていた。


「でも、このまま何もしないわけにもいかないし……」


 辺りを見回す。

 明かりのある方を目指して、ふらふらと歩いていく。


「これは――」


 そこにあったのは、緑色に光る巨大な石であった。

 なんだか、ダンジョンの中にいるような感じがする。魔力が高まっているような、そんな感じ。

 ポケットから、熱い感覚がする。

 取り出してみると、そこにはお守りがある。

 そして、中にある石が同じように光っている。


「うわっ」


 すると、石が一筋の光を放ち始める。

 その方向にを見ると、石でできた石板がある。

 ふと、その上に何かが置いてあるのに気づいた。


「あれは――」


 てくてくと歩いて、それを手に取ってみる。

 それは、古い学校のノートであった。

 表紙には――「綿鍋 織」と書かれていた。

 一ページ目を開いてみる。


 ***


 一日目

 今日から、ノートに日記をつけていくことにする。

 ダンジョンの奥の奥底まで向かっていたら、巨大な巨大な人型ロボットを見つけ、それに触ると中に取り込まれてしまった。

 しばらく辺りを探索してみたが、出口は見つからない。まるで迷路のようになっている。

 仕方がない。しばらくゆっくりと探索していくしかない。

 探索用に持ってきた水と食べ物が少し。これだけでどれだけ生きられるか。


 二日目

 速くも水が尽きた。

 このままではどうにもなくなってしまう。早く脱出しなければ。

 食べ物はゆっくり分割しながら食べていくしかない。

 今の所まだ喉が渇いていないから大丈夫だが、このままでは――


 三日目

 のどがかわかない。それどころかおなかまですかない。

 明らかな異常だ。ここの空間に充てられて、何か私の体は変わってしまったのだろうか。


 *

 *

 *

 しばらく同じような記述が続いている。合間合間には迷路をマッピングした図が描かれている。

 それは何ページにもわたり、この空間の広さがよくわかる。よく一人で書ききったものだと感嘆した。


 三十日目

 もうここにきて一か月になる。何も食べてないし、何も飲んでいないが私は生きている。

 最近気づいたことだが、髪も、爪も伸びない。

 私は、どうやら成長しなくなってしまったようだ。

 この異常について詳しく調べたいところだが、それは脱出してからでいい。

 しらみつぶしにこの迷路を探っているが、わかるのはここが広いということだけだ。

 速く、家族に、お兄ちゃんに会いたい。


 *

 *

 *


 百日目

 もう嫌だ。もうここに出口など存在しないのだろうか。

 そういうあきらめの感情が沸いて来た。

 いや、前からずっとそれは思っていたのだ。だがどうしても諦めきれなかったのだ。

 だが、もう百日たった。助けも来ない。これはもう仕方ない。百日経ったら諦めようと決めていた。

 どうせ私は成長しないし、このままなら死なないのだ。だったらここで生きるという道もあるわけだ。

 ここで、私の体について研究してみる。そういうことにした。


 百一日目

 傷をつけてもすぐ直り、骨を折ってもすぐ元の形に戻る。

 私は異常存在と化してしまった。

 もはや、人間ではないのかもしれない。

 この原因がどこにあるのか、探ってみることにしよう。

 おそらく、この現代ダンジョン部だけで使える魔法になにかあるのだと思うが――


 *

 *

 *


 三百六十五日

 一年たった。これまでの研究結果をまとめてみることにしよう。

 私は、あの巨大な光る石から発せられている魔力と、現代ダンジョン部内に流れていた特徴的な魔力の共通性に気づいた。

 おそらく、この石からダンジョン全部へと魔力を供給しているのだろう。

 そして、その魔力の性質。それは、壊れたものを元に戻すこと。

 それがあるからダンジョンの壁は破壊されないし、モンスターは沸き続ける。

 そして、ここにいる人間の体は強化され続ける。

 私は、その魔力の原液につかりすぎて、怪我をしないどころか成長すらしなくなってしまったのだ。

 ……こんな体では、もう両親に顔を合わせることもできない。

 もう、いやだ。


 *

 *

 *


 五百日目

 ここに籠って、ずっと魔法の研究をしていた。

 端末に残った情報から、いろいろな魔法を覚えてさらに自分で新しい魔法を作ってみたりする。

 そこである日、探査魔法というものを覚えた。これを使えば効率的にこの迷路を探索できるのではないだろうか?

 ……今更外に出たところで、何になるのか。


 *

 *

 *


 六百日目

 遂に出口を見つけた。もう2年近くたってしまった。

 このノートはここに置いておくことにする。また誰かがここに迷い込んだ時、脱出できるようにするためだ。

 もう家族やお兄ちゃんには顔を合わせられないけれども、それでも一人で生きていこう。

 大丈夫。ここよりかは退屈しない場所だ。

 さらば。

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