第41話 ピリオドは打たれた

 最後まで読み終わり、ぱたんとノートを閉じた。

 確かに、迷路のマッピングは完成しており、この通りに行けば脱出できるはずだ。


 それにしても――なんて、辛い道のりだったのか。

 織さん。多分、綿鍋先生の妹さん。

 その子が、ここに迷い込んでそのまま生きた記憶。

 でもね、織ちゃん。たとえどんな体になっても、家族はあなたを心配してくれてるはず。

 だから、一度会ってあげて。先生も、お兄ちゃんも、心配しているんだから。

 私は、そうして涙を流した。


 そうだ。私もこのままでは死なない体になってしまうかもしれない。早く脱出しなければ……

 すると、石の光が別の方向を指し始める。

 ノートに書いてあったマップと照合する。

 ……太い線で描かれている、出口への道のりと一緒だった。

 この石も、私に外に出ろと言っているのか。

 それなら、どうして私を取り込んだのか。

 何か私に、やらせたいことでもあるかのように――

 行こう、早く。

 井荻君に会うために。


 ***


「うおおおおおおお!!!」


 空を飛ぶ。空を飛ぶ。

 背中のβ装備から勢いよく火を噴きながら、俺とアンタレスは空を飛ぶ。

 何を目指してか。無論、板野を救うためだ。

 どうやって。策はない。取り込まれた彼女を救うすべはない。

 だが、行かなくてはならない。俺が、彼女を守ると、決めたのだから。


「届け、届け――!」


 その速度は相当なもので、ゆっくりではあるが着実に進んでいる魔神にすぐさま追いついていく。


「もうすぐ、もうすぐだ――」


 間もなく、その背中が見え、影が大きくなっていき、足がすぐ手の先まで届くようになる。


 その時だった。

 魔神の全身から――ビームが放たれたのは。


「くっ……!」


 急旋回して、雨あられのように降ってくるその攻撃を回避する。


「やはり、攻めてくるか……」


 予想通りの展開ではあったが、少しばかり焦る。

 一時少し離れてしまったが、攻撃の間を縫ってまた近づく。

 そして、ついに、あと一歩で背中に手が届くところまで来た。


「もう少し……!」


 そう思った時だった。

 急に、魔神が速度を上げ始めた。


「――なら! 無理をしてでもついていく! チェーン!」


 腕から鎖をだし、魔神の体に絡みつかせる。

 そのまま引っ張るように加速し、俺もそれに合わせて進む。

 魔神はこちらを振り払おうとしているようだったが、鎖はその程度で切れるほどやわじゃない。

 そのまま一気に距離を詰めていき、とうとう目の前に来た。


「これで、捕まえたぞ……!」


 今度こそ、奴を捕まえた。

 このまま、中に入れる方法を探す――

 だが、その時だった。魔神の中から、何かが飛び出してきたのだ。

 それは、人のような形をしており、全身真っ黒に染まっていた。


「魔導鎧――!」


 黒い騎士のような姿をした魔導鎧。それが現れたものだった。

 そいつは、俺を見つけるとすぐに攻撃を仕掛けてきた。

 手に持っている剣のような武器で切りかかってくる。俺はそれをギリギリのところで回避した。


「くっ、戦闘をする羽目になるとは――ミサイル!」


 背中のβパックからミサイルが放たれる。

 直撃。だが、関係ないと言わんばかりに進んでくる。


「来るか……なら!」


 背中から剣を取り出し、接近してくる敵を迎え撃つ。


「はぁ!」


 一刀両断。魔導鎧を真っ二つに切り裂いた。


「倒した……が! まさかこいつ一人って訳じゃねえだろうな!」


 その通り、魔神の体から何体もの魔導鎧が出てくる。


「量産型って訳か……なら、全部倒して進まねえとな!」


 そして、俺は剣を振りかぶった。


 ***


 走る。走る。私は走る。

 光の指す方へ向かって。ノートに書かれた地図の導く方向へ向かって。

 その二つは一致していたが、でもそれは今通ってる道が正しい事の証明になっていて、何だか安心してくる。

 光の指す道はどこまでも続いていた。

 ずっと走り続けて、もうどれくらい経っただろうか? 時間の感覚が全く無い。

 ただ、ひたすら足を動かし続けた。


「あれ?」


 ふと気づくと、目の前には壁があった。

 いや違う。壁ではない。これは……扉だ!

 私は迷わず、扉を開ける。

 扉の向こうはまた通路だったが、今度はすぐに行き止まりになった。

 そこには大きな穴があり、その先には光が見えていた。

 あそこがゴールなのか!? 急いで駆け寄ろうとした時、背後で何かが動く気配を感じた。

 振り返るとそこにいたのは……少女であった。


「うわぁっ!」


 思わず悲鳴を上げてしまう。

 彼女はただ、じっと見つめてくるだけだった。

 よく見ると、彼女の体はどこか薄暗い。

 まるで、今生きている人間ではないかのように――


「…………えっと」


 恐る恐る声をかけてみる。

 すると彼女は何も言わず、くるりと向きを変えて歩き始めた。


「ちょ、ちょっと待ってでやがります!」


 慌てて呼び止めると、ぴたりと止まる。

 そしてゆっくりとこちらを振り向くと、またじーっと見つめてきた。

 どうすればいいんだこれ……。

 しばらく沈黙が続いた後、彼女が口を開いた。


「こっち」

「え?」

「こっち、来て」

「ど、どこに……」

「ついてきて」


 そう言うと、彼女はすたすた歩いていく。

 すると、石の光がどこの方向も指さなくなる。

 これは、ついていけということか。その通りにすることにした。

 彼女について歩くことしばらく。

 やがて、広い空間に出た。

 部屋の中には、たくさんの棺桶のような物が並んでいる。


「ここは……?」


 中を覗いてみる気はしなかったが、ここはまるで――墓場のような気がした。

 なんでこんなものがここに――

 ノートをたどると、記述があった。


 ***


 大量の棺桶が置いてある。中は骨が入っていた。

 この現代ダンジョン部のルーツは古代の王国にあると聞いている。その墓場だろう。

 入っていて気分のいいところではない。


 ***


 古代の王国。先生がそんなことを言っていたような。


「……」


 彼女が、私を見つめている。


「お願い」

「お願いって何を――」


 そういって、彼女は消えてしまった。


 私はしばらく、ぼおっと立ち止まっていた

 なにがなんだかわからないが、たぶん私はー―

 これを見るために、ここにやってきたのだと。

 そう、思った。


 石の光が、また別の方向を指している。


「っと、早く出なきゃ」


 私はまた、走り始めた。


 走る走る。光へ向かって。

 そして、その扉の向こうへ行く。

 そこにあったのは――


「――高い?」


 風が吹き荒れる。

 そこは、地上がはるかはるか下に見える――空中の、上であった。


 ***


「くそっ倒しても倒しても敵がでやがる!」


 鎖で魔神に括りつけられたまま、寄ってくる魔導鎧を倒し続ける。


「キリがねえぞ、いったいどうしたら……」


 と、その時だった。


『井荻くん! 井荻くーん!』


 通信が、入ってきた。


「板野ぉ!? どうしてさっきまでつながらなかったのに、今……ってそんなことはどうでもいい! 無事なのか!?」

「無事出やがりますけど、なんか、出口を見つけたら、高いところにいて、降りられなくて~……!」

「外に出れたのか! 今すぐ行く! 待ってろ!」

「お願いします~!」


 鎖を切り離し、ブースターを加速させてさらに高く飛ぶ。


 板野、どこだ。どこにいる。板野――


 いた。


 一番高いところ。顔のすぐ横。

 そこに、人影がある。


「板野おおおおおおおおおお!!」


 加速する。加速する。

 彼女目指して、加速する。


「おおおおおおおおお!!」


 板野にむかって、手を伸ばした、その時だった。

 がくん、と魔神が停止する――


「!? まずい、天井が――」


 高度はすでに、天井近くまで達していった。


『えっ、天井、ぶつかっ……!』


 魔神が、今こそ破壊せんと手を天井に伸ばす。


「くそっこのままでは外に出られちまう、どうすれば……」


 魔神を止める方法。それは簡単。

 適合者である板野が、魔力を増幅させている。それなら――


「いや、危険だ……」

『何か方法があるんでやがりますか!?』

「あるにはあるが……くそっやるしかねえ、板野、できるか!」

『はい、はい私でやがりますか!?』

「板野、そこから、飛び降りろおおおおおおおおお」

『えええええええ!?』


 その時だった。

 板野が足を滑らせ、落下したのは。


「ああああああああああああ!!!!」

『きゃああああああああああ!!!!』

「うわああああああ届けええええええ!!!」


 俺は、手を伸ばす。

 板野を掴まんと、あと少し、あと少し――


 板野の体が、アンタレスの手に、収まった。


「ああああああああ」

「助かったああああああああああ!!!!」

「板野、板野おおおおおおお!!!」


 俺はハッチを開く。腕をこちらの方に寄せ、板野を抱き寄せる。


「井荻くうううううううん!!!! 怖かったでやがりますよおおおおおお」

「板野おおおおおお!!! 良かった、良かったああああああ」


 そして――魔神の手の動きが止まる。

 まもなく、体が揺れ、全身が揺れ、そして――

 魔神は、地面へ向けて、落下していった。


「――」

「終わった、か」


 落ちていく。落ちていく。

 元居た場所へと。元通りに――


 そして、物語は、ピリオドを打った。

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