第32話 一つの決着

「これなら……いかがでしょう?」


 アリスが黒い鯉を一瞬にして粉みじんに切り裂く。

 再生する暇もなく。再生するそばから。

 切り刻み続ける。時を止め――


 はらはらと、残骸が散っていく。そして、鯉は元に戻ることはなかった。


「あら……いくら切り裂いても再生するというわけではありませんのね? クスクス」


 小悪魔のように笑うアリス。


「……」


 大槻は何も言わず剣を振る。


 衝撃波が飛ぶ。それを屈んで回避する鋼。


「とはいっても、あれだけ切るのは俺には不可能だぜっと!」


 ナイフを取り出し、襲ってきた鯉を二つに切断する。


「メアリー!」

「おうよ!」


 駆け出しながら、ガトリング砲を連射する。


「あり弾ぶっぱなすぜ! 変形!」


 砲の真ん中が二つに開き、中から大砲が出てくる。


「スーパーガトリング! クロスオフ!」


 切断された鯉を弾が貫いていく。


「ワイもいくで……鍾檄拳!」


 鯉に向かって、手のひらを叩きつける銀蛇。


 その一撃は、触れることなく鯉を破裂させた。


「銀蛇! そんなこと出来たのか!」

「ちょっとした拳法の応用や!」

「へへっ、これで取り巻きはいなくなったぜ!」

「くぅ!」


 大槻が地面を切り、タイルをひっぺ替えして飛ばす。


「悪いが――サウザントは魔力を切るだけじゃない」


 鋼はマルチツールナイフの先を切り替え、らせん状に尖ったワインオープナーに切り替える。


「マルチツール! ドリルオープナー!」


 螺旋の先をタイルに突きつけると、巨大な穴が開いた。


「っと、このくらいは――壊せる」


「!? なんだその機能! おれも知らねえぞ!」

「言ってなかったからな。――いざというときのために。隠し玉は残しておくものだぜ」


「っ――」


「なあ、大槻。そうやって男から女に――姿を変えたのは何か理由があるのか?」


 鋼が、問いかける。


「……これが僕の素ですよ」

「そうだな。俺たちと一緒にいるときは変装してたのは、そこまでして隠したいものがあったのか?」

「……」


 大槻が、刀を地面につける。


「……単に、僕は公私を分けるべきだと思ったからですよ。潜入中は男として。本来は女として」

「男としてのお前に――未練はないのか?」


 鋼は言う。鋼は問う。

 彼女――いや彼の目をしっかりと見て。


「……いえ、ありません。あんな慣れあい、僕はきらいでしたよ」

「そうか――俺たちは楽しかったぞ」

「……ちっ」


 舌打ちの音が響く。


「んーと、そうだぞ、大槻。おれたちでバカやって怒られてやれやれ言いながら付いてくるそんな日々は――楽しくなかったのかよ!」


 メアリーが叫ぶ。


 大槻は、その言葉を聞いて空を仰ぐ。


「未練。そんなものが仮にあったとして――全くありませんが――それでも、僕は戦わなければならない。それが本来生きて来た秋津衆の一員としての大槻の任務です」


「……そうなのかよ」

「今からでも遅くない! 戻って来いよ!」

「――」


 大槻が、大きく剣を振りかぶる。


「それでは、終わらせましょう――」


 鋼が、ナイフを構える。


「斬塊血界……桜花罪断舞……!」


 その時、空間が重くのしかかり――景色が様変わりしていた。

 そこは枯山水。空は黒。丸く輝く月。

 舞い散る桜の花――


「!? ガッ……」


 その瞬間、アリスの全身に切り傷が付き、血が噴き出し始める。


「何が――!?」

「あらあら――あなたは時を止める能力といいましたがそれは少し違うご様子――己の「血界」の中に身を潜める、といったのが正しいでしょう。だが僕の「血界」で上書きした今、使うことはできない――」

「なっ……」


「あいつらは何言ってんの?」

「「血界」……あれはその道を鍛えたもんでもごく一部しかたどり着けん領域やぞ? それをこの年で――」

「銀蛇くん? 何言ってんの?」

「くっ、ワシも手を抜いてる場合やあらへん……! 破ぁ!」

「ちょっと?」


 メアリーはもはや現状についていくことはできなかった。


「銀龍……突貫拳!」


 銀蛇は拳を突き出し、桜の花の群れへと突き進んでいく。


「! その動きは……!」

「へっ爺ちゃんが道場をやっとるんでね、ワシも使えるということや……!」


 一瞬のスキを突き、背後に回る。

 両足を地面につき、右手を後ろに戻し、流れるように構える。


「静心動体……血壊破!」


 手を開き突き出し一撃を加える――


「ですが、一瞬遅かったようですね」

「ぐはっ……」


 その瞬間、銀蛇の体は刀で切り裂かれていた。


「――だが、ワイの仕事はした」

「――どういう」

「はぁ!」


 アリスが、鎌を振る。

 その剣先には、空間の穴がひっかかっている。


「!?」

「血壊破は血界を壊す拳――直撃はせんかったが、孔の一つはあけさせてもろうたで……!」

「そしてそれを……わたくしが押し広げる! デザイア・タイム……ブロークン!」


 みしり、と空間にひびが入る。


「そして、ここからは俺の仕事だ――マルチツール! ディメンションドライバー!」


 鋼が、開いた穴にドライバーを突き刺す。


「こいつは、血界に触れることが出来る。あとは……」

「あ、あああああああ!!!!」


 ドライバーによって押し広げられた穴が、ひびを広げていく。


 みしり。みしり。

 パリン、と空間が割れた。


「うわあああああ!!!!!」

「へへっ、反動は小さくないようだな……それでは」


 倒れた大槻の心臓にナイフを突き刺す。


「おしまいだ……じゃあな、また会おうぜ」

「あああああああ!!!!」


 そして、一瞬のうちに大槻の体はクリスタルに包まれた――






「こいつらは何の戦いをしてるんだ????」

 そのメアリーの言葉に答えてくれる人は誰もいなかった。


 ***


「大槻……いったいどうしてこんなことを」

「んで、とりあえずノリで倒したはいいんだけどこっからどうすんで?」

「あら、ダンジョンだか祭壇だかに向かえとかなんとかいっておりましたわよ」

「とりあえず向かってみるか……何企んでるかは知らねえけど」


 そういって4人はダンジョン入り口に向かっていく。


「それにしても突然トタケの奴はなにほざきはじめとるんや? 頭に味噌でもつまらせたんやないか」

「カニかなんかか。突然この現代ダンジョン部を破壊し始めて、ダンジョンに来いだなんて……」

「んー徴発って言ってたな。この現代ダンジョン部を……乗っ取るつもりなのか?」

「なんのためにや。ここにのっとるほどそんなに大事なものなんて……」


 少し静寂が流れる。


「……あるな」

「摩訶不思議な武器が落ちているダンジョン。どこからかわからないけどお金に換えられる宝物も眠っておりますわね。……理由はわかりませんが、価値があってもおかしくはないのではないでしょうか?」

「そうやな。どこからともかくお金が出てくる理由はわからんかったが……それだけの価値があるってことや」


銀蛇が珍しく、頭を回して考える。


「そもそも、この現代ダンジョン部の背景にあるものを知らないよな。……知ろうとしなかった、というか」

「知ろうと思えなかった? ……というのが正しいでしょうか」

「んーとだな……ここに引き寄せられている運命、というやつといい何かに操られてる気がしてならんなあ」

「……いやな予感がしてきたぜ。行こう」


 いよいよ、ダンジョンの入り口が近づいてくる。


 少し背中に汗をかきながら、でも警戒を緩めることなく、踏み込んだその時だった。


「――危ない!」

「え? あ―ー」


 メアリーの腹を、何かが貫いた。


「かはっ――」


 その一撃は腹を貫通し、一瞬でメアリーの体がクリスタルで包まれていく。


「メアリー! くそっいったい何者が……!」

「フフフフフフ……」


 巨大な、黒い影が現れる。

 とりわけ巨大だったのは――その腕。


「あなたは――神舞先輩ですの?」


「フフフフフフ……」

 神舞の体に、巨大な黒く太い腕が、まがまがしく生えている。


 その姿はまるで――


「ええ、そうよ。私は……悪魔に魂を売った女!」


 巨体が、立ち上がる。


「秋津衆、都武四天王が一人! 朱の朱雀! 神舞 仁代かみまえ にしろが今ここに!」

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