第25話 過去、現在、そしてこれから

 アルタイルに向けて、剣を振り下ろす。

 敵は、それをみじろぎもせずに装甲で受け止めた。


「……」

「! 硬い……!」


 左手を伸ばすアルタイル。

 するとその手から光を放たせ始める。


「井荻くん! 何か来るでやがりますよ!」

「わかってる!」


 後ろに飛び退く俺。

 そのさなかにも光は強くなっていき、丸い形を取り始める。


 その瞬間。手から光弾が放たれた。


「! くうっ!」


 回避する。避けた光弾は天井にぶつかり、ミシリとひびを入れさせた。


「! ダンジョンを破壊するつもりか!?」


「でも……そんな威力の攻撃受けたら一たまりもないでやがりますよ!」


「ちぃ! 俺らも戦うぜ!」


 メアリー先輩がガトリング砲を構える。


 弾を撃つも、見向きもせずに一歩歩き始める。


「何をする……つもりなのかな」

「えーそんな悠長なこと言ってる場合じゃないと思われますのであって……くそっどうすればいいんだ」

「あの様子だとわたくしたちが普通に攻撃してもダメージが入らなそうですわね……」

「へへっ。だけど何もやらないわけにもいかないだろ?」


 ナイフを構える鋼先輩。


「何、時間を稼ぐくらいはできるさ」

「そうですね。不肖僕たちにもできることくらいはあるかもしれない」


 アルタイルは、その間も一歩一歩歩みを進めていく。


「ならば……ブレイズキック!」


 炎をまとった蹴りを放つ。


 アルタイルはさらに左手に光を貯めると、すぐさまアンタレスに向かって光弾を放った。


「なっ!」


 衝突する光弾。

 その衝撃でアンタレスは吹き飛ばされ、壁にぶつかった。


「井荻君!」

「くぅ……! アンタレスは……無事なようだな!」

「大丈夫でやがりますか……!」

「大丈夫だ! まだ戦える!」


 起き上がる俺。

 だが、その相手の圧倒的な力に打開策を見つけ出せずにいた。


「……」


 そこに大きくそびえたつアルタイル。

 その姿は、実際以上に大きく見えるほどの威圧感であった。


 空へ向かって手を掲げる敵。

 そうして光の弾をチャージし始める。


「くそっ天井を壊すつもりかよ……!」

「! 何かできることを……やるでやがりますよ!」


 板野は、何度も何度も狙撃銃で弾丸を撃つ。


 身じろぎもしてなかったアルタイルであったが、突然ギロリと板野の方を向くと、光手の剥く先をそちらのほうに変え始めた。


「――板野! 危ない!」


 俺はその真中に割り込むように突撃する。


「井荻君!」


 光弾が放たれる。

 俺はそれをシールドで防ぐ。……が、受け止めきれず、吹き飛ばされる。


「がはっ……!」

「そんな……! 無理はしないでって言ったのに! 駄目でやがりますよ!」

「だが……守らなくちゃいけないものっていうのはあるだろう!」

「井荻君……!」


 アルタイルは、今度こそ手を天井に向けて掲げ、光弾をいくつも放つ。

 天井にひびが入ってゆく。


「えーまずいぞこれは! 落ちるぞ……!」


 そうして、その通りになる。


 みしり、ミシリと音を立てていく。


「……」


 アルタイルはついにこちらに反応することはなく、光弾を撃ち続けていく。


 轟音。

 がらり、がらりと音を縦、天井に大穴が空いた。


「……」


 それを確認すると、敵は翼をはためかせ、穴を通ってどこかに逃げていった。


「逃げられた……まずいね、これは」

「へへっ……何もできなかったぜ……」


 俺は、アンタレスから降りる。そして、何もできなかった無力さで立ち尽くしていた。


「井荻君、追わなきゃ……」

「だが、板野」


 追わないといけない。それはわかっている……

 だけれども。


「追ったらネックレスを取られるじゃねえか……」


「井荻君!」


 板野が、俺のほおを叩いた。


「こんな時に何言ってるんでやがりますか! お金とあのロボットを追うこと、どっちが大事なんでやがりますか!」

「……」

「いや、みんなを助ける方がはるかに優先なんじゃないでやがりますか! だって井荻君は……!」


 彼女は、目から涙をあふれさせながら言う。


「子供の頃、私を助けてくれたヒーローなんでやがりますから……!」


 皆は、何も言わない。何も言わず、二人の姿を眺めているだけだった。


「……板野、俺がお前を子供の頃助けたのは……偽善でしかない」

「でも……! 私にとっては……!」

「助けた結果……最後どうなったか覚えてないのかよ……」


 俺は、歯ぎしりをしながら、かつての事を思い出す――


 ***


 あるところにとても弱虫でいつも泣いてばかりいる少女がいました。

 彼女は遠くから越してきたせいか、クラスの子たちとなじめずにいます。


 そこにもう一人、少年がいました。

 彼は曲がったことが嫌いで、弱い者いじめが起きるとすぐにやってきて止めようとします。


 暴力によって。


 悪い奴は殴ってもいい。暴力を使わなければ人は止まらない。

 そんな、ゆがんだ感性を持っていた少年でした。


 ある日、そんな彼女の筆箱がなくなるという事件が起こりました。

 その中には大事なキラキラのペンが入っていて、それがなくなってしまったことに非常に悲しみ、一人泣き始めました。

 そんな彼女を囲んでみてにやにや笑っている子供たちがいました。

 彼らは時折こんなことを繰り返しているような子供達でした。


 その時、扉を開いて少年が現れました。その手には、土にまみれた筆箱を手に持っていました。

 少年は言います。こんなことをするなんてお前らは屑だと。

 子供たちは言います。殴るなら殴ってみろ。先生を呼んでやるぞと。

 少年はつかつかと歩き出すと、その辺にあった机を少年たちに投げました。

 それをみて子供達は急いで逃げ出しましたが――


 投げた机はぶるぶる震えていた少女の頭に――ぶつかりました。


 彼女のおでこから流れでたものが、赤い赤い血だまりを作っています。


 辺りはわっと騒がしくなり―― 


 その数日後、少年は他の学校に転校していくことになりました。


 ***


 小学生の頃なんて思いだしたくもねえ。正義と暴力をはき違えたただの馬鹿野郎だったあの時の俺がやらかしたことが頭によぎるだけで吐きそうになる。


 あの出来事だけじゃねえ。人を殴ったあの感触は、あの時は心地よかったかもしれねえが今となっては痛みとなって自分の身に跳ね返ってくる。


 あの時の俺は人を殴るのが好きな屑だった――それを正義漢とか言う訳の分からない言葉で正当化していた。


 俺は自分が嫌いだ。暴力を正当化していたあの時の自分が嫌いだ。


 あの時のことをずっと後悔している。人を殴らずにいられたら。あの少女を傷つけずに済んだら。もっとあの子にちゃんと謝れていたら――


 あの出来事があった後、俺は数日で家庭の事情とやらで引っ越すことになってしまった。


 そうして俺は彼女にちゃんと謝れずに、今日までのうのうと生きている――


 高校の入学式、赤い駅舎から桜並木を通り学校へと向かう。


 指定されたクラスに入り、薄暗い教室の中番号順で早い方の席、一人の少女が座る前――


 井荻将介の後ろ。


 板野真希。


 そこにいたのは、俺があの時傷つけた少女だった――


 ***


「でも、それでも私はうれしかったんでやがりますよ! 助けてくれたこと、また会えたこと、あのケガももう治りましたし、ただの事故でやがります! それを今更……!」

「俺は、屑にはなりたくねえんだよ……それに俺がネックレスを欲しいのはな」


 ぽつりとつぶやく。


「病気の母親にプレゼントしたいからなんだよ」


 場が、凍り付く。


 その言葉を聞いて先輩たちは驚き、都武は何も言わず壁に寄っかかり、アリスは何も言わずに座っている。

そして、板野は――


「そんな、そんなことしらずに、私、……!」


 俺の母親は病気がちでいつも入院している。

 そんな彼女に万病を治すネックレスを上げてやれたのなら、すぐ退院するまではいかなくともその苦しみを和らげることくらいはできるのではないだろうか……


 そういう、子供心からであった。


「……井荻君、でも」

「分かってるさ」


 俺は、もう一度アンタレスに乗り込む。


「そんなことより大事なことがあるっていうんだろ?」

「ごめんなさい、そんなこと――」


「いや、板野に言って踏ん切りがついたよ」


 母親の顔を思い浮かべる。

 俺にやさしい、美しい姿がそこにはある。

 かつての板野の姿がそこにはある。

 俺がなにもかもを手に入れようと躍起になっていた時、笑顔だった彼女がそこに入る。


「ごめん、俺も何だか弱気になっていたようだ」


 立ち上がるアンタレス。


「むやみに暴力をふるう、親不孝のクズにはなりたくないが……ここで何もしないのもクズだ」


 拳を握る俺。


「奴をさっさと倒してネックレスも手に入れる。そうすればいいだけじゃねえか……!」


 俺は、地面をけり、天井の穴に向けて飛び上がっていった。


「井荻君、結局ケチで強欲なんじゃないでやがりますか……!」


 彼女は、涙が決壊してわっと泣き始めた。

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