第四章 母親と万病を治すネックレス
第20話 情報屋のお得なお知らせ
ある日の休日、俺はとある病院の一室の扉を開いた。
「……あら! 将介じゃない!」
そこには、ベッドに横たわった母さんがいる。
「母さん、お見舞いに来たよ。体の調子は……どうだい?」
「へーきへーき。お医者さんも時期によくなるって……ゴホゴホ」
せき込む母さんの背中を咄嗟に抑える。
「無理しないで、母さん……体、弱いんだから」
「いつもの事よ。このくらい大丈夫だって……」
「……大丈夫じゃ、ないだろ」
しばらく静寂が流れる。
窓の外に風が吹き、木々の葉が少し落ちた。
すこし、話をする。学校でのこと。できた友達の話。部活の話は少し濁したが、でもできるだけ楽しい話を探して母さんに話す。
「……また来るよ。母さんも寂しいだろうし」
「ありがとうね、ほんと、将介には心配かけるわね」
「……こんな時に、あのクソ親父はなにしてるんだ」
「また、ぞろどこかで働いてるわよ。そのうち帰ってくるわ」
「そのうちってのがねえ……母さんがこんなに大変なの日、全然姿をみせねえでやがるの。……定職につかないから金に余裕もねえし」
「でもね、貧乏な暮らしはさせてないじゃない。きっと、またどこかで大金を稼いで帰ってくるわよ」
「それだから困るんだよな……クソっ、今頃どこで何をしているんだか」
そう吐き捨て、俺は病室を出た。
***
その後現代ダンジョン部でパーティの皆と合流し、ダンジョンに向かおうとしていた時の事だった。
「お得な情報、聞きたくないかしら!」
錦織さんがにやにや笑いながら、ダンジョン前の広場の椅子に座っていた。
「……前回情報を流した件でこちらは被害を受けたんですが」
「あの時は申し訳なかったわねえ。でもあれも、不測の事態だったじゃない! あたしたちに罪はないわ!」
「異常事態の件はともかく利用されたのは微妙に腹が立つんですが……」
「まあ、結局攻略したのはそちらが先だったから、裏目に出たともいうけど?」
「それはそうなんですが……」
「まあまあ井荻、合理的に考えて、うだうだいうのは話を聞いてからでも遅くはないだろう。情報屋っていう評判は間違ってないらしいし」
眼鏡をくいっとあげる都武。
「なんだ? 調べたのか?」
「ああ、少し評判をね。くだらない話から役に立つ話まで。たまに利用されることはあるけど間違った情報は流さない……ってね」
「そういうことよ! こういうのは信用第一だからね!」
うでを腰に当てて、得意そうな顔をする錦織先輩。
「……で、なんですかお得な情報ってのは」
「なんと……新しいダンジョンってのが現れたそうよ!」
「おや、ダンジョンが増えるなど、そんなものあるのですわね」
「大体いくつかゲートがあって、そこを通るとある特定の決まったダンジョンに飛ぶようになっている。……つまり、新たなゲートが見つかったと?」
「そうよ! でも今回はその中にある宝物がすごいっていう話でねえ……おっと、ここから先は情報料を取るわよ?」
「宝物!? なかなかに儲かりそうだなあ……でもなあ、入る前からダンジョンの中の情報ってわかるもんなのか? 仮に誰かが先に入ってたとしたら先に宝物なんて取られちまってるだろうし」
「そこはわたくしアシャラから説明しましょう」
サポートロボットアシャラさんが近づいてきて、手を横にくいっとまげて手のひらを示す。
「ダンジョンには自動ロボットのようなものがさまよっていて、自動的に探索をしてくれるわけです。ダンジョンの地図、アイテムの場所などをそこで自動的にマッピングしてくれます」
「でも、実際のダンジョンはそこまで行かないとマップが表示されない出やがりますよ?」
「そこはあえて公開してないのよ! 最初からすべてわかってたらダンジョンを潜る楽しみがないからね!」
「なるほど、部屋に入った瞬間その全容、形まで一瞬でマッピングされるのはそういうことか……じつは最初からすべてのデータがあるわけだ」
「ちっ、ケチなシステムだなあ」
「まあ、いざというときは全公開されるけどね! 例えば……昨今の異常事態から救出する時とか!」
「へーそれで先輩たちが速く来れるんでやがりますねえ」
やたら便利で複雑な現代ダンジョン部のシステムはともかく。
誰がこんなものを作ったのやら。
「で、特別な時しかマップは公開されないんだけど……なんと! 今回は特別に目玉の宝物の情報が公開されているというわけなのよ!」
「へえ、それは一体……?」
俺はゴクリと息をのむ。
「そこは、情報屋としてお金をいただきたいところですけどねえ!」
「……しかし先輩、前回のごたごたの迷惑料をまだもらってないんですが。ここは合理的に考えたら」
都武が交渉に入る。
「……それを言われると仕方がないわねえ! 今回はサービスで教えてあげるわよ! なんとその名も……「万病を治す癒しのネックレス」!」
「!」
その聞き捨てならない言葉に、俺の心臓が、はねた。
「そのネックレスをつければ風邪はすぐに全快! 肩こりは治り腰の痛みもすぐに引く! それだけに価値はすごいぞ! もちろん売れば大金! さあ皆さんどうだ!」
「そんな老人向けグッズの通販みたいな言い方されても困りますわ」
「……へえ、なるほど興味があるねえ」
俺は腕を組み、にやりと笑う。
だが、その手は少し震えていた。
「あら、お金に目がくらみましたか? しかしそれだけのもの。皆さまが狙っておられるのでは?」
「そうよアリスちゃん! これだけの価値あるもの聞けば皆がひきつけられる! しかしそれだけのもの、ダンジョンの難易度も大変なもの、あの神舞先輩や汀良田先輩のパーティも乗り出してきているそうよ!」
「先輩が出てくるほどの難易度っていうなら、不肖の僕たちの出番はなさそうだな。井荻、残念だが……」
「いや、ノーチャンスとは言わせないぜ?」
右腕の端末を掲げ、皆に見せつける。
「俺には、こいつがあるんだからなあ」
「! アンタレスですわね」
「どれだけ強い敵が現れようが、こいつがいれば蹴散らすこともできるだろう。俺たちにはそれだけの力がある。そして挑戦するだけの価値はあるんじゃないか?」
「しかしなあ……異常事態が発生してるのもあり、危険だ。まだルーキーの不肖僕らが無理にやるものでは……」
「……わたくしは、挑戦するの賛成ですわ」
アリスがそう口をはさんでくる。
「井荻君がそんなにいうのならば、一度チャレンジしてみてもいいと思いますわ。どう思います? 板野さん」
「そうですねえ、私はやってみてもいいとおもうでやがりますよ。難しいダンジョン、いいでやがります」
「……3対1。多数決なら仕方ないか……ったく、無理だと思ったら撤退するからな」
「……ありがとよ、俺の無理を聞いてくれて」
「ふっ、今度なにかおごれよ」
「このダンジョンで稼げればな」
「お前なあ、取らぬ狸のなんとやらっていうのに」
都武は諦めたようにため息をついた。
「話はまとまったようね! チャレンジ頑張って! もちろんあたしたちのパーティも参加するわ! ライバルね!」
「ええ、ともに頑張りましょう」
「じゃ、これで情報は終わりよ! よき現代ダンジョン部ライフをたのしみなさい!」
そういって錦織先輩は立ち上がり、どこかへ去っていった。
「ふっ、なかなかにいい目標が出来たじゃねえか」
「そうだな、そうと決まれば今日もダンジョンに潜るぞ。貯金も放出して装備も更新しなきゃな。井荻のアンタレスだよりじゃ心もとない」
「わたくしたちも強力な敵に立ち向かえるようにならないといけませんわね」
「皆、敵は強大だ。強力なライバルもいる。だが、困難な道を選んだ以上努力はしなければならない。やると決まったなら合理的に試行し、努力し、ぜひとも目的の宝物を手に入れてみようじゃないか!」
都武の鼓舞に合わせ、皆でおー! と大きな声を上げた。
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