第13話 現代ダンジョン部探検隊 その3

 そこで、俺たちも去ろうとしたところでメアリー先輩が話しかけてくる。


「んーと、今暇してんのか? それじゃあちょっとうちの部活に寄ってかねえ?」

「メアリー先輩の部活っていうと……ロリータ同好会でやがりますか?」

「そっちにも入ってるんだが……おれにはもう一つ入ってる部活があってだな。こっちだ。ちょっとついてこい」


 メアリー先輩の呼びかけに答え、その後をついていく。


 ***


 案内されたのは、コンピューター部であった。


「よーっす井出渕先輩、テストプレイヤー連れて来たぜー」

「おっメアリーくんですね、それに井荻くん」

「おや、俺の事を知って……ああそうだ、ロボット工学部で会いましたね」

「わたしたちは、ロボットのプログラムの方にも参加しているのですよ」

「あとうちもねー」


 奥にいた眼鏡をかけた小柄な先輩が、声をかけてくる。


「えっと、あなたは確か……」

「あははー悠城だよー。普段はハッカーやってるーあと、現代ダンジョン部全体のシステム構築とかもねー」

「なかなかにハイスペックですよ、この子は。よろしくしてあげてください」

「えへへーそれほどでもなくってー」


 こっちを見てにやにや笑いながら、画面を見ずにかたかたとキーボードで何かを打ち込んでいる。


「なかなかあのアンタレスってロボットもいじってて面白いところあるよねー」

「ええ。昔のものということで現代のシステムに対応させるため一からシステムを作らなければいけないのが大変なところですが……」

「何言ってるのーそういうのが面白いんじゃんー」

「いやはやどうも、お世話になってますよ、ロボットに関しては」

「なんか、つけて欲しい機能があったら言ってねーできることなら対応してあげるから」


 先輩たちの言葉が、すごく頼もしかった。俺のアンタレスのためにいろんな人がかかわってるというのには、感慨深いものがある。


「そういえば、メアリー先輩はロボットの方に参加していないんですか?」

「……」


 何も言わずそっぽを向く先輩。……何やら事情を抱えていそうだ。


「おれには、そういうでかいプロジェクトに参加できるほどのプログラマーとしてのスペックが足りない……!」

「あなた、ちょっと雑ですもんね構成とか」

「ゲームを作れればなんでもいいんですー!」


 口をとがらせて不満をあらわにする先輩。何をしているんだか。


「それで、俺たちは何をすれば……」

「ああ、ちょっと次の文化祭に向けて作ったゲームがあってだな。それのテストプレイをしてほしいんだよ」


 メアリー先輩がパソコンを見せる。

 デスクトップには、いろいろなアイコンが表示されている。


「ん? ここに「iogi」って書いてあるでやがりますよ」

「ほんとだ、なんでだろ」

「ああ、そこには昔の先輩のデータも残してあってだな……ありゃ、これ相当昔だな」

「昔の名簿見ればわかるんじゃないー?」


 悠城先輩が年を見て、昔の名簿をぱらぱらとめくる。


「んーあったあったー「井荻 倫」だって。知ってる?」

「――」


 俺は、言葉を詰まらせる。


「ん? どうしたんでやがりますか?」

「それ――おばあちゃんの名前です」


 それは、もうずいぶん長らく前、俺が小学生の頃に死んだ、おばあちゃんの名前であった――


 ***


 コンピューター部でしばらくゲームをやらせてもらった後、部室がたくさんあったところから離れる。

 少し歩いたところに、川があった。


「……なんで地下なのに川があるんでやがりますかね?」

「さあ、魔法の力じゃない?」

「何でもかんでも魔法のせいにするのは思考停止だと思うんでやがりますよ」


 草を踏みしめながら川べりを歩く。


「……いろいろあったでやがりますね」

「色んな人にも出会えたしな」

「いいところだなあって思いましたよ、皆優しい人ばかりだったし」

「ダンジョン以外にも輝いてるものがあるんだな」


 思い出すのは、コンピューター部で見つけたおばあちゃんの名前。

 その姿を思い出す。皆にとてもやさしく、俺の事も随分面倒見てもらった。


『人にやさしくなさい、それは自分にも帰ってくるから』


 なんてよく言っていたっけ――


 想定もしていなかったところで望郷の念に駆られる俺。


 ふと、足を止める。川のせせらぎが聞こえる。光が反射して水が光り、風が吹きざわざわと揺れる音がする。

 水をすくい取ってみる。まぎれもなくそれは冷たい水で、川が生きている証だった。


「きれいな景色だな」

「ええ、そうでやがりますね――」

「もうちょっと歩こう……もう少し見ていたい」


 俺たちは歩く。歩く。

 川のせせらぎを聞きながら。その音を、景色を、楽しみながら。


 ***


 ある程度歩いた先、道が分かれてみる。

 一度そっちに寄ってみることにして、また歩いていく。


 そこにあったのは――大量のお墓だった。


「――」


 石でできた墓、墓、墓。

 墓の群れの中、端っこの方に一人のスーツを着た初老の男が立っている。


「君は……井荻君に板野君だったね」

「えっと確か……」

「綿鍋先生でやがりますよ、物理の」

「そうだ。そしてこの現代ダンジョン部の顧問をしている」

「そんなものが――」

「井荻、か。懐かしいな……」


 先生は、空を仰いで何かを思い出している。


「? いったい何が懐かしいって……」

「相当、昔だったかな。学生時代、井荻 倫という名前の女性がこの部活にいたことを思い出したよ」

「それ、おばあちゃんです。そうだったんだ……」


 コンピューター部でも見た名簿にも書いてあった。

 やはり、本当にこの現代ダンジョン部にいたのか……


「彼女は、元気かね?」

「……死にましたよ、俺が小学生の時に」

「……そうか」


 湿っぽい話になり、静寂が続く。


「先生、この墓はいったい何なんですか?」

「……わからない。ただこれは相当な昔なものだということが分かっている。何十年も、何百年も、いや何千年も前の――」

「!?」

「この地下空間は、はるか昔の古代都市の上にできている。ダンジョンも、表通りの待ちも、この墓も」

「はるか昔の人の墓――」

「太古にあったこの空間、このダンジョンが現代にまで残ってる。だから現代ダンジョン部と人は言うのさ」


 先生が空を仰ぐ。そこからは、現代ダンジョン部全体の景色が見える。


「それじゃあ、先生はなんで墓を見ていたんですか?」

「……これは昔の墓じゃないよ」


 綿鍋先生が見ていた墓は、一つだけ木でできた手作りの墓だった。


「私のね、妹の墓だよ」

「――」

「現代ダンジョン部にいた。みんなと同じように楽しそうにダンジョンに潜っていた。――だが、ある日忽然と消えてしまった」

「なっ――」

「ダンジョンを探し回ったが、結局見つからなかった。失踪、で片づけられたよ。ダンジョンが原因ともわからないしね。だが――墓は、ここに作った」


 木でできた墓を撫でる。


「私はね、今の異常事態を見てあの時を思い出しているんだよ」

「そ、それならダンジョンを閉鎖するとか……」

「できないんだよそれは。ダンジョンに定期的に潜り魔物を倒さないと、やがてそれはダンジョンの外に出てきてさらには地上に出てくる。……大量発生してるならなおさらだ」

「……」


 先生は振り返る。


「井荻君、板野君」

「……はい?」

「私は、今回の事件のカギを握るのは君たちだと思っている」

「え、どうして――」

「『この世に災い起こりし時、伝説の魔神降臨す』……」

「何の、話ですか」

「さて、なんだったかねえ……」


 そうとぼけながら、ポケットから煙草を取り出し、火をつける。


「思い出したまえ、この事件がどこから始まったかをね……」


 そういってカツ、カツと歩き出し、煙草を吸い始めながら先生は去っていった。

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