第10話 少女の心配事

 次の日、休み時間の時板野はテラスで一人黄昏ていた。


「どうした? なんかあったか?」

「……昨日のことでやがりますよ、自分たちを逃がすために先輩が苦労して、そして大変なことになって」


 彼女が切り出す。


「それで、先輩が死にかけるような目にあったのは私たちのせいなんじゃないかって」

「……ちゃんとセーフティがかかって無事だったから良かったじゃねえか」

「よくないでやがりますよ、私たちのせいで先輩がわざわざ助けに来て、無理をしてだなんて……」


 板野は少し下を向く。確かに、思い返せばあの時の先輩のおかげで俺たちは助かったようなものだ。

 ……その先輩たちが結局罰をうける、というのは少し後味が悪いものが確かにある。


「あの時、少し私たちが逃げる前にちょっと戦ってあげれば……」

「いや、どうしようもなかった、あの時はあれが一番最善だと思ったから、それでいいんだ。だから考えても仕方がない……」

「……少しでもいい結果を思い返して考えるのはだめですか、後悔するのはダメですか」

「……悪くはないけどさ、気にしすぎたよ。もとはといえば先輩が」

「井荻君、昔のまま少しでも助けようって言ってくれたと思いますよ」


 昔。あまり思い出したくない過去。

 調子に乗ってた過去。誰もかれもを助けられると思っていた過去……


「……昔のことは関係ないだろ。それに、俺はあの時戦うだけで精いっぱいだった。それでいて、あそこから守り切るだけの力はなかった。……それだけだ」

「でも、先輩が一人やってきたのならそこから手を貸してあげることだって」

「メアリー先輩は逃げろって言ったんだ。……5人でも無理だって思ってたんだよ。パーティとして組んだことのない相手だ。連携も取りにくいだろう」

「でも……」

「考えても仕方のない事さ。そもそも異常事態でモンスターが大量発生するのが悪いんだからさ」


 チャイムが鳴る。その日はそれでおしまいだった。

 でも、彼女にそうはいっても俺も心の中では引っかかっていた――

 先輩を助けなかった俺は、クズなのか?


 ***


 その日、ダンジョンアタックも終わってみんなも帰り、ロボット工学部でたむろしていた時であった。

 一度板野との相談事は忘れて、楽しい楽しいロボットの事に頭を使おう。

 実際、あの時は一番あれが強敵で見事にそれを倒すことが出来たのは非常に良い事だったのだ。あそこで失敗したら俺たちも全滅していた。

 まあ、汀良田先輩の助力あってのものだが。

 倒した相手もなかなかの強敵で……あれ、今どうなってるんだろうか?


「そういえば前の俺が戦った相手のロボットについて何かわかったことはありましたか?」

「今の所残骸を調べているけれどもよくわかってないわねえ、アンタレスと同種類のロボットってことはわかったらしいんだけど」

「もともとアンタレスが暴走して襲ってくる可能性もあったって事か、それとも頑張ればあのアルデバランにも乗れるのか……」

「いや、コクピットらしき空間はないらしいわ。特徴として構造が似ているってだけで……その分、使いまわせる部分もありそうって梁瀬ちゃんが」


 管埜先輩が鉄の棒に何やら線を引きながら、俺との話に付き合ってくれている。


「というと……?」

「修理の予備パーツにできるのはもちろん、強化パーツや新武器なんかも……」

「おお……!」


 アンタレスが強化される。その事実に俺は興奮を隠せなかった。


「そういえば現代ダンジョン部に所属している以上、一応俺もなんか作った方がいいんでしょうか?」

「それなら、最初は簡単なものを作るといいわよ? 線に沿って走るライントレースカーとか。作り方は教えるわよ?」


 管埜先輩は、棚の上の方においてあった、ちょっとしたタイヤと車の素体の上に基盤と何やらコップのようなものがついたロボットを取り出してくる。


「これは何に使うロボットですか?」

「ボールを指定の所に運ぶロボットね。小さな大会に出るための機械だったわ。そうね、井荻君もそういう小さな大会に出てみるとかどうかしら。目標と期日が決まっているのはモチベーションとしていい事よ?」

「一回手動かしてみないとわかりませんからねえ」

「そうそう。そうだ、それなら、ちょっとやすり掛け作業手伝ってくれないかしら?」

「いいでしょう、何もしない幽霊部員でいるのはごめんだったところです」


 こうしてロボットを手に入れてそれを眺めるだけだったはずのロボット工学部員から、少しずつ実態のあるものに変化していく。


「そういや、こんな遅くまでいても大丈夫なの?」

「家に誰もいないんで。ちょっとくらい現代ダンジョン部に残っておきましょうと思いまして」

「あら、ここに来たから何か用事があったとかではなく」

「ああ、今作業中の梁瀬先輩にちょっとアンタレスの様子について聞きたかったんですけど、それは管埜先輩から聞けましたし」


 すると、二回の方からたたた、と階段を駆けながら誰か、男と女のコンビがが下りてくる。


「すいません、梁瀬くんいらっしゃいますかね?」

「アンタレスの新しいシステムのプログラムが完成したからちょっと実験機を動かしてみたいんだけどいるかなー」

「あら、井出渕君に悠城ちゃん」

「彼らは?」

「コンピューター部のメンツよ。ロボットのプログラム関連の作業を手伝ってくれてるの」


 井出渕先輩は鎖のついた眼鏡をしたやけにピシッと身なりを整えた男で、

 女の方、悠城先輩は黄髪で頭に黄色いアクセサリーをした、眼鏡をかけたかわいらしい先輩で合った。



「奥の方で作業中ですよ」

「そうか、それは残念ですね」

「ちょっとだけ構ってくれないかあ。 おーい梁瀬ちゃーん、今空いてるー?」

「うーんもうすぐキリが良くなるから待ってなのー」


 奥の方に声をかけると、しばらくしてからジャージ姿の梁瀬先輩が出て来た。


「実験機の動かし―? いいよやるなのーって井荻君もいるなの」

「アンタレスの新しいシステム……って何か強化されるんですか?」

「んー? ちょっとした隠し武器……かな。ちゃんと脳波で連動して動かせるようにしましたよーブイ」

「ちょっとした我々の自信作ですよ」

「それは心強い。でもその分練習が必要そうですね」

「ふふふ……それならちょうどいいから見てもらうなの!」

「これは――」


 その正体とは――


 ***


 帰り際、少し考え事をしていたら汀良田先輩に話しかけられた。


「どうした? 少し落ち込んでいたようだが……」

「実は……」


 ざっとあらましを話す。


「そうだな、それは正しい。先輩が後輩の監督責任があったことも、その結果無理をしたことも、まだ後輩たちにそれをどうにかする力がなかったことも、それをどうにかできると後悔するのも、間違ってない」

「でも……」

「だから、考えるべきはこれからどうするか、じゃないか?」

「これから……」

「そうだ。心配事の中でこれからお前たちがどうにかできること。それが一つあるだろう」


 汀良田先輩は、サングラスをかちりと上げ、腕を組んだ。


「俺たちが、ふがいなかったこと……だから、ふがいなくならなければいい」

「そうだ、もっとダンジョンに潜って、強くなればいいんだ。自分たちが先輩になった時、後輩を助けられるようにな」


 先ほど、アンタレスに関して非常に強力そうな新パーツが出て来たのを思い出す。

 それを見て、俺ももう少し強くなろう、と思ったのであった。

 でも――ただ、力を振るうだけでは、ただのクズだ。

 それを正しく使ってこそ――


「頑張れよ、戦い方とかおすすめのダンジョンとか教えてやるから」

「それはもう是非!」


 ***


 次の日、学校の登校時、板野にそういうことを言われたということを話した。


「強くなる、でやがりますか」

「そうだ。あの量の敵でもなんとかできるように、な」

「単純明快な解法ですね」


 板野はにっこりと笑う。


「私も色々考えたでやがりますよ。でも確かに、考えても仕方がない事ですし」

「そうだな、だから前を向こう、上を向こう、頑張ろう。な」

「……はい!」


 そうして前向きになりながら、俺たちは道をまっすぐ歩いて行ったのだった。

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