先輩たちとモンスタートレイン

第6話 新パーティ、誕生

「まさに、異常事態というわけだな」


 現代ダンジョン部本部会議室。上座に、白髪交じりの髪をかき上げた男が、机に肘をついて口元の前で手を組んでいる。彼こそが現代ダンジョン部顧問、綿鍋わたなべ 壱西いっせい先生であった。


「ええ、綿鍋先生。あれだけ大きな魔物が暴れても傷一つつかないダンジョンがましてや崩壊するなど……そうある事ではありませんよ」


 汀良田が深刻な面持ちで述べる。


「と、するとダンジョンからではない何かの外部的要因によって発生したのでしょうか?」


 管埜は資料を配り終えると、ゆっくりと椅子に座る。


「そう決めつけるのは早い。外部から大きな力がかかっても簡単には壊れないだろう。そんなものがあるとしたらダンジョンそのものが何か作用したと考える方がいい」

「何かしらの相互的要因があるという可能性も存在すると考えます。内部のダンジョンと、新しい外部的要因。例えば――」


 井出渕は鎖のついた眼鏡をかちりと上げてそう語ると、神舞はぽつりと言葉を漏らした。


井出渕いでぶちさん、それは……」

「あの新入部員……板野とかいう子か」


 先生も言葉を漏らす。


「……先生、全てを考えるのは何もかも早すぎますわ。まずはしばらく様子を見て」


「そうだな、まだ破壊されたダンジョンと謎のロボットの調査も終わっていない。状況を見守るしかあるまいな……」


 こうして、険しい雰囲気のまま会議は終わった。


 ***


 あくる日、井荻の昼飯は素うどん一杯だけだった。


「……」

「またケチになってるじゃないでやがりますか」


 板野は不満そうに箸をペン回しする。


「いやな……武器を買いなおそうと思って貯金中なんだよ」

「ドローンがあるじゃないでやがりますか」

「あれ使い方難しくてな……時期になれると思うし柄をつけて剣みたいに振り回すこともできるんだが……いかんせん、それまでがな」

「慣れたら新しい武器は無用の長物じゃないでやがりますか」

「そうでもないぞ? 慣れたら両手が空くからドローンで支援しながら前衛みたいなこともできるからな。だからで別の武器を持っておくのはありなんだが……」


 ずるずる、とうどんをすする音が響く。

 その反対で、板野は大盛りのカツカレーを食べていた。


「……ごちそうさまでした」


 あっという間に食べ終わった井荻が、両手を合わせる。

 すると、板野がにやにや笑いながら箸でカツを突っついている。


「あーカツカレー頼むの多すぎちゃったなーおなかいっぱいだなー誰か食べてくれないかなー」

「……板野さん」

「あーちょっと贅沢しようとしちゃってなー……なんです? 井荻君」

「そのカツカレー……」

「ほら、ちゃんと言って」

「おなかがすいたのでそのカツカレーの残りを食べさせていただけないでしょうか……」


 俺は、頭を下げる。


「ほら、もっと、えぐるように」


 深々と、頭を下げた。


「お願いいたします板野様……」

「ふむ、よろしいでやがりますよ」


 そうして、俺は板野のカツカレーの残りをいただけることになったのだった。


「全く、非合理的だな」


 その時、現れたのはラーメンの乗ったお盆を持った都武であった。


「クスクス……二人してなにイチャイチャしておりますの?」


 次いで、サラダとアジフライの乗ったお盆を持ってアリスが現れる。


「お、都武と……アリス?」

「上では本名の仲縞なかじま 愛子あいこでいいですわよ」


 姿も珍しくゴスロリではなく、髪もストレートで服もおとなしく普通の制服姿で合った。


「下では時折パーティを組んでるがこうやってサシで話すことはなかったよな?」


 都武はそういいながら空いている席に着く。


「親交を深める、という意味でも一緒に、ですわ」


 アリスも一緒に席に着いた。


「私のカツカレーは井荻くんに渡しちゃいましたけどそれで良ければ」

「くっ、わざわざ人に渡すためだけに多めに注文するっていうのはまさに、非合理的だな……!」


 都武が大げさに言いながら眼鏡をカチリと上げる。


「合理も非合理もありませんー別に理由もなく多く食べたかったけど無理だっただけでやがりますー」


 そんな姿を見ながらアリス――仲縞さんはサラダを食べながらにやにや笑っている。


「板野さんがお優しくて良かったですわね? 井荻さん」

「正直マジで頭が上がらない。ガツガツ」


 半分ほど残っていたカツカレーをむさぼるように口に入れる。


「二人は、仲がよろしいんですの?」

「んー幼馴染何でやがりますよ。子供の頃、同じ小学校で。でも中学の頃別れちゃったんですけど高校で再開でびっくりーって感じでやがりますね」


 あの時を思い出す。マジ驚いた記憶がある。


「板野は当時とあんま変わってなかったなー」

「井荻君は、昔より背が高くなって体つきも良くなりましたでやがりますよね」

「そうかねー俺も大して変わらんと思うが」

「うらやましいな、そういう幼馴染ってやつは。昔ながらの縁を大切にする……合理的だな」

「ええ、なかなかない貴重な関係ですわ。大切になさるといいですわね」


 都武はラーメンをすすり、ゆで卵を半分に割って片方をスープの中に沈める。


「……ところで都武、ゆで卵を沈めるのは合理的なのか?」

「卵の黄身がスープに溶け味が変わる。合理的というわけだ」

「味変わっていいんでやがりますかね……?」

「生卵を入れて味を変えるようなものでしょう。特に変わったことでもありませんわ、クスクス」


 そういうくだらない話をしながら、俺たちは親交を深めていった。


 ***


 放課後、初めてパーティメンバー四人たちは一緒にエレベーターを降り現代ダンジョン部へと赴いた。


「ちょっとダンジョンに行く前に待ってもらえませんか? わたくし、服を着替えてきますので」


 アリスがそういって一時場所を離れる。


「俺たちはどうするかね、店でも見ながら待つかね」

「私たちも、着替えるような服があればいいんでやがりますけど」


 ***


「ココハ防具ショップデス」


 足の長さと同じくらいの大きさをしたロボットから合成音声が流れ、ショップに来た店員の接客をする。


「人を置かなくても接客が出来る。まさに合理的だな」

「ハイテクだなあ」

「神舞先輩のいうところの現代要素ってやつでやがりますかね」


 ここでの買い物は地上と同じ貨幣で行われる。

 少し違うことがあるとすれば、ダンジョンで魔物からドロップしたアイテムをお金に換えられるということだ。


 これにより、ダンジョンで稼いだお金をこのショップで使うという等式が成立する。もちろん、学食のおかずを一品足すたしにもできるわけだ。……自分のお小遣いで防具を強化する、ということもできるわけだが。

 ……果たしてそんなお金、どこから出るのやら。

 まあ、出所はどうであれ貰えるもんは貰っておくけど。


「指輪とか耳飾りとかネックレスとか……こんなものが防具になるんでしょうかね」

「装飾品そのものに魔法がかかっていて、それが体全体を強化するらしい。体につけるにしても量をつけられ重くもならない。合理的だな」

「ちょっと高いからまだ買えないけどね。将来は買いたいもんだが」


 結局お金を貯めている最中ということで何も買わず、ちょっと冷やかしただけでショップ見学は終わった。


「お待たせいたしましたわ~」


 そこには、黒と赤のリボンを頭と首筋につけ、体全体をフリルのついたゴシックロリータな衣装で纏ったアリスがいた。


「おお、しかしこうじっくり見ると異世界感のあるゴスロリ衣装は壮観だなあ」

「似合っておりますか?」

「なかなか様になっているでやがりますよ」


 そう褒められると、嬉しそうに笑みをこぼした。


「それにしてもアリスさんは、どうしてゴスロリ衣装を着るようになったんでやがりますか?」

「母親に昔からいろいろな衣装を着させられまして。その中でも一番気に入ったのがゴスロリだったのですわ……」


 ちょっと得意げそうに語る彼女は、喜々としているものがあった。


「……母親かあ」

「ああ、井荻君は」

「どうしたんだ? 何か含みでも?」


 板野は都武とアリスに耳打ちする。


「井荻君の母親は病気がちで入院してるんでやがりますよ」

「ああ、それで」

「……それはすまなかったな」


 少しだけ、子供の頃ベッドに横たわりながら俺に向けて笑う母親の姿が見えた気がした。

 パン、と板野が手のひらを打ち合わせる。


「さあ、湿っぽい話は止めてすぐにダンジョンに行くでやがりましょう!」

「……ああ、そうだな! 今日も稼ごうぜ!」

「お金の話ばかりするのは少し下品ではなくって?」

「モチベーションは大切だ。そういうのがあるのは合理的だな」


 そうして俺たちは、ダンジョンに向かって歩いて行った。


 ***


 そんな彼らの姿を物陰から眺める4人の男たちがいた。


「へへっあれが今年のターゲットだぜ」

「そうだね……でも伝統だから」

「くそーあいつら女二人をパーティに入れやがって……うらやましいと思う所存でありまして……」

「んじゃま、ちょっと痛い目に合わせてあげようぜ!」


 果たして、彼らの正体とは。

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