第4話 魔導鎧、その名もアンタレス

「ちょっと、なんであの斧投げたんですか!?」

「武器持ってるとお前を抱えられないからだよ!」

「なんで私を抱えたんですか!?」

「二人で走るより俺一人がお前を抱えて走った方が速いからだよ!」

「はうっ――! でもー!」


 板野の顔が赤くなっている。だが、ここはそんなことを気にしている場合ではない。

 すぐに魔物の集団が追ってくる。

 俺は逃げる先に崩落の跡の穴を見つけ、その中に飛び込んだ。


 ***


 その中は、またうすぐらい広い空間であった。

 辺りを見回し、逃げる場所がないか探す。すぐにでも上から流れ込んでくるだろう。


 と、そして俺は部屋の中心に何かでかいものがあることに気づいた――


「っと――なんだあれは?」


 一度板野を下ろし、ゆっくりとそれに近づく。

 それは、どこか人型をしている。表面は鉄のような金属の光沢が光り輝いている。

 だが、それは巨大だ。人間の何倍もの大きさはある。


「たまに鎧なら落ちてるが……それのでかい版、魔導鎧みたいなもんか? 汀良田先輩も持ってたな……」

「鎧は普通に落ちてるんですか」

「ああ、宝箱に入ってな」

「宝箱あるんですか……いよいよファンタジーのダンジョンですね」


 また近づいていてみる。塗装は赤く、フォルムは西洋の鎧のようで、背中には剣が据えられ、腰のあたりには羽のようなものが生えている。

 全体的にそれは、鎧というよりロボットというべきものだった。


 股関節の辺りにスイッチのようなものがあるのが見える。導かれるようにロボットに上り、そのボタンを押すとコシュー、と音がして扉が開いた。


「これは……まさに、コクピットって感じだな」


 中は一人分が入れるだけの空間があり、黒い椅子、二つの赤いレバー、何かを操作するためのボタンがいくつか。


「ほんとにロボットなんですか?」

「わからん。だが……これは使えるな。板野! 後ろで待ってろ!」


 俺はそのコクピットの中に入り、背中の扉を閉める。

 目の前のモニターが光る。


「何か書いてあるぞ……「ἀντι-Ἄρης」……、その隣に書いてあるのは、「Antares」? アンタレス……星の名前だな。これがコイツの魔導鎧の名前か……いいぜ、気に入ったぜ!」


 そうしてレバーを握り、ロボットが動くする姿を想像すると、果たしてその通りにロボットは立ち上がり始めた。


「……マジで動いたな」


 足元にいる板野は俺を不安そうに見上げている。


 その時、果たしてついに、天井の穴から魔物の群れが飛び込んでくる。


「さて、動くんならやらせてもらおうかアンタレス――その力を見せろ!」


 ゴオオ、と大きな駆動音がする。


 そうして、アンタレスと魔物たちは対峙し始める――


「いくぜ!」


 井荻とアンタレスは魔物の群れに向かって勢いよく突撃する。

 その衝撃で正面の群れが吹き飛ばされ、大量の魔物が壁に打ち付けられる。


「この図体で暴れまわるだけでもなかなかやれそうだな……っと!」


 背中の大剣を手に持ち、勢いよく振り下ろす。薙ぎ払うように剣を振る。

 そうしているだけであっという間に魔物の群れの勢いは弱まっていく。

 しかし、数匹の群れがアンタレスの剣の薙ぎから漏れてしまう。


「っ! 遠距離武器何かないか……これか!」


 さっと振り返り、腕についている砲塔を構える。

 射撃。ズドン、と大きな音がしてアンタレスの巨体が少し揺れる。

 着弾。煙が晴れると跡形もなく群れは消滅していた。


「こいつはすげえや……」


 そうこうしているうちに、あれだけいた魔物がほとんど殲滅されているのに気づいた……


「なんだこいつは……圧倒的じゃないか」

「井荻君!」


 さっきまで隠れていた板野の声がして、背後を見る。


「板野か、けがはないか……」

「そんなこと言ってる場合じゃありません! 奥の方から……!」


 さっと正面を省みると、通路の奥の方からズシン、ずしんと何か巨体が近づいてくる音がする。

 数少ない魔物たちは慌て怯え、どこかへ逃げ去っていく。


「デカブツが来るか……来い! 板野! 隠れてろ!」

「無理はしないで……!」


 現れたのは――体全体が青く細身で、頭に触覚が生え、両手に丸い剣を持った、アンタレスと同じくらいの大きさのロボットであった。


 その敵の姿を確認すると、モニターに文字が表示される。


「同型対決ってやつか……Sirius、「シリウス」が奴の名前か。ならば……やらせてもらおう!」


 剣を振りかぶり、勢いよく突撃し、相手の頭に向けて振り下ろす。

 ガチリ。その一撃は相手の両手に持った刃によってさえぎられた。


「そう簡単にはやらせてくれねえか!」


 剣がはじかれる。

 横に振る。斜めに振る。そのどれもが重い一撃であったがすべてなすすべもなくはじかれてしまう。


「ならば……!」


 ぴょんと後ろに飛び、頭のバルカン砲をダダダと放つ。

 剣で防御する相手、シリウス。

 そこを腕の砲塔から弾を放ち、けん制する。


「ここからやらせてもらおう……!」


 そうして軽く飛び上がり、背中のブースターを勢いよくふかし、突撃する。


「とりゃあああ!!」


 突撃と、剣の、一撃。


 だが、その一撃は頭の触覚で挟むことによってかわされてしまった。


「! 隙が、ねえな……!」


 今度はこちらの番だといわんばかりに、相手が突っ込んでくる。


 まずはと、右の刃からの一撃。アンタレスはそれを大剣で守る。

 すぐさま、左の刃からの一撃。井荻はそれを相手の腕を左手でつかむことによって止めた。



「とりゃあ!」


 相手の腕を引っ張ることで、体を崩す。

 そこにアンタレスは、大剣をぶち込もうとした――が、また触覚で止められる。


「くぅ……!」


 相手は後ろに飛び、間合いを図る。

 互いに決めてはない。そんな状況だった。


 その時だった。


「板野ちゃん! 大丈夫!?」


 上から、神舞先輩が飛んできた。


「助けが来たか!」

「!? 何あのロボット!」

「先輩! あの赤い機体の中に井荻君が入って! 操縦して!」

「ふーん、魔導鎧みたいなもん? じゃああの青いのが敵かしら?」

「先輩、ちょっと助太刀を……」

「わかったわ!」


 アンタレスはまた突撃をする。大剣の一撃。刃による制止。その応酬の中で、神舞先輩が飛んでくる。


「そこ!」


 塊塀剣の一撃が、シリウスの左腕に入る。

 そこで体勢が崩れる。井荻はすぐさま大剣を振り下ろす。

 また触覚で止めようとしたところを――


「行くわ! ビーム……斬!」


 塊塀剣が開き、一筋のビームが触覚を切り裂く。


「おりゃああああ!!」


 その刹那、アンタレスの大剣がシリウスの頭をすりつぶした。


 後ろに傾くシリウス。

 そのまま井荻は、大剣を胸に突き刺した。


 ***


 そこには、ばらばらに四散した一台のロボットの残骸が転がっている。

 その傍らに、赤いロボットが肩で息をしながら突っ立っていた。


「井荻! 無事か!」


 上からまた一人、汀良田先輩がやってくる。


「ふう、なんとかなったああ……」


 股関節のコクピットを開き、俺が外に出てくる。


「井荻君!」


 そんな俺に、板野が勢いよく走って抱き着いてきた。


「板野、めっちゃ汗かいてんだから抱き着くな……」

「今くらい、ちょっとくらい気にしませんよ」

「お前がいいんならいいんだが」


 俺も少し安心して、彼女の背中をそっと抱いた。


「……ことは済んだ後のようだが、一体全体どうなってやがる?」


「実はかくかくしかじかで……」


「それだけじゃわからんぞ」


 俺は、一見のあらましを話した。


 ***


「ふむ、なるほど、崩れるダンジョンの中から見つかった魔導鎧か……」

「んで、どうしましょうこの……コイツ、アンタレスっていう名前らしいんですが」


「ふむ、どうしたい?」

「欲しい」


 俺は、少しだけ目を輝かせながら言った。


「よし、わかった」

「え? いいんですか? かなり無茶言ってるんですけど」

「ダンジョンのものは拾ったやつのものだ。そのお前が欲しいっていうんだから仕方がない……だが、一つ条件がある」


 汀良田先輩は俺の方を指さして言う。


「井荻、お前ロボット工学部に入れ」



***


どこかで、誰かが、ダンジョンに空いた穴を眺めながらすらりと立っている。


「フフフ、ハハハ、ついに来た、ついに来たぞ、『魔神』の目覚めるときが!」


不気味そうに、感慨深そうに、大きな声が、響いている。

しかし、その声を聴く者は誰もいなかった。

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