第3話 少年と少女

「ん……?」


 俺は、ふと気になって空を仰いだ。


「あら……井荻さん、またさっきから何か考え事をなさって……それで、どういたしましたか?」


 一緒にパーティを組んでいるアリスは身長ほどの大きさの鎌の刃を磨いている。


「いや板野にきつく言い過ぎたかなあって」

「まだそんなことを言っておりますの? 人に隠し事するからそうやってボロがでるんですわ、クスクス」


「じゃあ正直に言うか? 夜な夜な学校の地下のダンジョンに潜ってレベル上げしてますって」

「いえばいいじゃありませんのー」

「信じてもらえなくて面倒なことになるだけだろ」


 軽くため息をつく。


「面倒なら話さなければいいのですわ。何も知らせず、次第に疎遠になるか」

「そういうわけにもいかんわ」

 俺は肩をすくめる。アリスはクスクス笑うだけだった。


「それが嫌なら説得するか……普通にこんなダンジョン来なくてもいいのではなくって? うふふ……別に大事な人ひとりにこだわる必要のあるものではありませんわ」

「……欲しいものがあるんだよ、ちょっとな」

「クスクス、度し難いものですわねえ。得るものがあれば失うものがあり。二兎を追う者は一兎をも得ずとも言いますわ」

「……ことわざを並べてもわからんぞ」


 アリスは立ち上がり、鎌を手に取り振り回す。


「悩んで、苦しんで、努力して。どちらかを得るか……どちらも得るか。どちらも手放すか。それが選択ってものですわ」

「まあ、そうだな。どっちも得られるように頑張って説得してみるよ」

「欲深いですわねえ」

「ケチって言えよ。なるべく物は失いたくねえんだ」


 俺は、立てかけてあった長い斧を手に取る。


「井荻、これ以上休憩を続けるのは非合理的だ。そろそろ行こうか」


 リーダーの都武がそう呼びかける。


「おうよー」

「まあ、大丈夫だと思いますけど……大体、このダンジョンの事については気づけないように魔法がかけられているはずでしょう?」

「まあそうだな……それでは、アリスさんも行こう。……しかし、3人だと少し辛いな」

「普通パーティって言ったら4人だが合理的だと言われたんだがな……せめて、もう一人入ってくれれば」

「もう一人入るとしたら例えばその……井荻君の言う、板野さんとか? クスクス」

「……そんな運命の偶然までは望まねーよ」


 と、その時だった。

 ぐらり、と地面が揺れたかと思うとぱらぱら、と上から土くれが落ちてくる。


「!? なにが……」

「まずい、天井が落ちてくるぞ!」


 上を向く。すでに、天井はひび割れ始めていた。

 瞬間、空の方から何かを感じる。俺はその方をじっと見つめる。


「それだけではありませんわ、ここの地面も……!」


「――あれは!」


 ぐしゃり、と天井が落ちてくる。

 咄嗟に俺は、床をけり飛び上がる。


 確かに俺はその時みた――板野が、落ちてくるのを。


 がしゃり、と地面が崩れる。


「板野――危ない!」


 四方八方一面が瓦礫まみれになるなか、俺は彼女の体を――受け止めた。


 ***


「うう、助かった……?」


 板野が、井荻の腕の中で目覚める。


「大丈夫か板野!?」

「って井荻君! どうしてここに!?」


 俺は彼女の体を地面におろし、様子をうかがう。


「どうしてって俺のセリフだよそれは……けがはないか?」

「っていうかどうやって受け止めてどうやって高いところから落ちて無事なんですか……」

「レベルが違うんだよレベルが。ああ、ほんまもんのレベルだぜ、ほら」


 腕についてある私があのサポートロボットとやらに渡された端末に、確かに「井荻:LV10」と書かれている。


「どうやらここでは敵を倒すとレベルが上がるらしくてな、それに応じて体も強化されるって訳だ」

「は、はあ」


「ってそんなことはどうでもいい。ったく、まさかこっちにお前も来るとはな。先輩に言わせるところの運命って奴だろうが」

「運命……って、急に地面が崩れて……よくある事なんですかこれ!?」

「いやないよ、ダンジョンに潜り始めてしばらくしたがこんなことは初めてだ……いまどうなってんだこれ」


 少し広い部屋の一室に、周りには瓦礫が落ちている。あたりを見回しても誰もいない。


「アリスや都武とははぐれちまったみたいだな……っと俺の武器はっと、あった良かった」


 俺の愛用している斧を拾い、柄が曲がって使い物にならなくなってないか確かめる。


「さてどうするか……これだけの緊急事態だ。すぐに先輩が駆けつけてくれるだろう。それまでどうするか……ったく、板野武器もってないだろ?」

「武器って……そんな物騒なもの」


 板野はどこか怖気図いているようだ。まあ突然ダンジョンとか言われた後にこんなようじゃそりゃ当然か。


「待つしかないか。先輩、板野に棒切れの一つでも持たせておけば……いや、戦闘経験のない板野にドンパチやらせるのも酷か」


 平らな瓦礫を探し、俺はその上に寝そべる。

 そんなことをしていたら板野はちょこんと俺のそばの端っ子に恐縮そうに座った。


 しばらく静寂が流れる。

 上を見ると、なん階層にもわたってダンジョンの天井と床の崩落の跡が見て取れ、あまりの見事な壊れ具合になんだか少し爽快ですらあった。


「……井荻君」

「なんだい板野君」

「……助けてくれて、ありがとうございました」

「何をいまさら。なんの力も持ってない人の安全を確保するのは当然の事よ。どういたしまして」


 本来なら一緒にいたであろう先輩がやるべきなのに。あーあなんで俺がやっているのかね。心細いや。

 まあ、単に俺が一番最初に間に合っただけかもしれない。少し遅れても瓦礫の間を縫って受け止めるくらいできただろうし。


「そんなこと言って、昔だって私の事助けてくれたじゃないですか」


 頭が、ずきんとする。


「……昔のことは止めろ、思い出したくもない」

「……そうですか」


 また、静寂が流れた。


 その時、ぴりり、と井荻の腕の端末から音がする。


「ああ、そうかこの端末で連絡取れば……」

「そんなことまでできるんでやがりますか」


 ピッと端末を見ると、通信の相手は知り合いの汀良田てらだ先輩のようだった。画面を押すと、ひどく焦った声が聞こえてくる。


『井荻! 大丈夫か! 状況はどうなっている!?』


「怪我無く無事です。新入部員予定の子も一緒です」


『井荻の方にいたか、ならよかった……場所はわかってるからすぐに助けがいく、待っててくれ』


「その予定です、俺一人じゃ限度があるんで何とかすぐにお願いしますよ」


 そうして通信は切れた。


 汀良田先輩は、この現代ダンジョン部のまとめ役のようなものをやっている人だ。……別に公認の部活ではないので部長というわけではなさそうだが。


 かなり面倒見がよく、俺たち後輩にもいろいろアドバイスを送ってくれる。俺のは着古したスニーカーを見て、新しい靴装備を譲ってくれたのも汀良田先輩だ。……なぜかいつもサングラスをかけているのが怖いが。



「まずは助けに来るのが確定って一安心って訳でやがりますか?」

「もともと来ないわけがないさ、こういう時いのさきに動くのがあの人だ。ロボットを連れてやってくるだろう」

「ロボット?」

「なんでもあの人は、ロボット工学部というものに入っているらしくてな。そこで作った魔導鎧というロボットを武器にしてダンジョンに潜ってるらしい。さぞかし強力なんだろうなあ」


 一度、見させてもらったが黒光りした副腕の巨大な機体で、童心に戻った気持ちでワクワクしながら見ていた。

 ……しかし、あの大きさで本当にダンジョンに潜れるのだろうか。こういう広い場所ならいいが狭い場所も結構あるというのに。


「まあ、すべては人に期待するまでだ。しかし、板野も災難だなあ。こんな最初の見学でこんな事態に見舞われ……ん、板野ポッケの方何か光ってないか」

「ん? 本当だ、」


 と、その時であった。

 ごごご、ごごご、と地鳴りのような、でも地面が崩落するほど激しくもない、それよりもむしろ足音のようなものが響き始める――


「――やばいぞ、これは、足音か……?」

「足音、それってどういう」

「まさか、魔物が大量発生してるかもしれん……っ、板野、逃げ――いや!」


 瞬間、部屋にはさみのような腕を持った機械の――

 俺は、近くにあった斧を手に乗り、魔物の集団に投げつけた。


「行くぞ!」

「えっちょっと!?」


 そして俺は板野を抱え込み、一目散に逃げだし始めたのであった。

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