第2話 訪れる現代ダンジョン

「ごめんなさいね板野さん。でも、こうやって新入部員を驚かすのが現代ダンジョン部の伝統なの」


「新入部員って……入るつもりとかないんですけど」


「あはは、そりゃそうだね。……今はそうだろうけど」


 後からエレベーターでついてきた神舞先輩に連れられ、打って変わって清潔で現代的な施設の廊下を進んでいた。


「それで、ここは……地下、なんですか? 学校の?」

「うんまあ、そんな感じよ。正確に言うとここには存在しない別の空間とのゲートが学校の地下にある……というのだけれどもまあ、わからなくていいの」

「……?」


 よくわからないけれども、わからないのはそこだけじゃないので気にしないことにした。


「とりあえずね、あの上の旧部室からエレベーターを通してここ……ロボット工学部本部につながってるってことでいいのよ」

「繋がってようが繋がってまいがいいんですが……とりあえず、ここはどこか夢か異世界っていうわけじゃないんですよね?」

「ええ、まぎれもない現実だわ。それを証明するためにも……さて、改めて見てもらいましょうか。この現代ダンジョン部部室の街並みを」


 本部とやらの扉を開き、外へ出るとそこにはレンガ造りの中世風の街並みが広がっている。


「なんです、これ」

「うーん。街並み」

「いや色々突っ込みたいことはあるんですが……なんで町があるんですか」

「もとからあったから……かな? ああ、ここに人は住んでないわよ。……ダンジョン部の人が中で寝泊まりしてる事もあるけど」


「……ダンジョンってなんなんです? そもそもこの地下空間は何なんです?」

「それにはこの現代ダンジョン部の歴史から話す必要があるわ……」


 ***


 昔々、この果ノ先高校が出来た当初、とくに部活名も決めずに集まった連中がいたらしいの。

 とりあえず何をしようかと考えたとき彼らはなんとやみくもに穴を掘り始めたの……特に意味もなく。

 そんな馬鹿たちに同調して他の部活の人もそれに参加するようになり……


 ***


「そしてこの空間とダンジョンが見つかったというわけよ」

「……それ、ここが存在する理由を説明してませんよね?」

「それに関してはわからないわ☆」

「そんなんでいいんですか……」


 私はあきれそうになった。が、そんな私を見てくすっと笑い神舞先輩は空を見上げ始める。


「ほら、みてごらんなさい天井を」

「天井……? ……うわっ」


 そこには、空があった。

 ここは地下奥深くにあるはずなのに、なんら外と変わらない青空が広がっている。


「正確に言うと、外の空を映しているだけで実際はちゃんと天板があるらしいんだけどね」

「どうやってそんなことを……」

「さあ、わからないわ」

「わからないって……」

「でも、実際にあるんだから仕方がないでしょう?」


 先輩はあっけらかんとしている。私はまだ状況をよくつかめていなかった。


「なんでダンジョン部なんです? 中世や近世にダンジョンはあったんです?」

「あったかもしれないしなかったかもしれない……でも現代にダンジョンがあるのはおかしい、そういう名称よ」


 わかるようなわかんないような。


「うーん……頭が痛くなりそう……それで、なんで私をここに連れて来たんですか?」

「あなたが……この現代ダンジョン部に気づいたからよ」

「気づいた? いったいどういう……」


 先輩はあたりを見回し、両手を開く。


「この現代ダンジョン部の地下空間はね、人から気づかれないように認識阻害魔法がかかっているの。でも、それに気づける人がごくまれにいる……その人はね、ダンジョンに潜る資格を持ち、そういう運命を持っているのよ」

「……運命? ちょっと意味が分からないんですが」

「運命なんてものは形がないからね、そう簡単にはわからないわよ。……でも、確かに存在する」


 そういうと、先輩は遠くの方を見る。


「さてあっちの方も実際に見てみましょうか」

「あっちって」


 神舞先輩は私の方を向きなおすと、得意そうな顔で私に言った。


「もちろん、うちの部活の目玉――ダンジョンの中よ」


 ***


 街から出て少しだけ歩くと、レンガ敷きの道路はなくなり土の上を歩くようになった。

 神舞先輩はある所で足を止める。そこには地面の一部辺りだけが陥没していおり、その落込みの下になにかレリーフの描かれた板のようなものが据え付けられていた。


「さて、こっちよ」


 その地面の凹みの中に入れるよう階段が敷いてある。

 そこを下りて板の前に行くと――それは、板ではなく扉であった。


「ここからがダンジョンよ、きをつけなさいっと!」


 神舞先輩は、空へ向かって手を掲げると、どこからともなく人間の大きさほどの大剣が現れたのであった!


「!? なんです!? それは!」

「私の愛剣「塊塀剣かいへいけん」よ!」

「いや剣の名前じゃなくて……どうやってそれを何もない場所からここに!?」

「魔法よ!」

「まっ……」


 いよいよ、ファンタジーじみてきた。

 いままで実感してなかったが、元から現実離れしていたのだけれども。


 いよいよ、扉の中に入る。

 中は大きな一室となっていて、床にはいくつか魔法陣のようなものが描かれている。

 真ん中にポツンと、一人の女の子がいる。


「こんにちは。わたくし、サポートロボットのアシャラと申します」

「え? ロボット? 人間にしか見えないけど」

「ええ、ロボットです。実際に触ってみますか?」


 彼女の手を握る。……あまり人の肌と違いが判らない。

 でも、どこか硬いような、冷たいような、そんな感触を感じた。


「アシャラさん、この入部希望者にダンジョンを見せてあげたいんだけれどもいいかしら?」

「えっと、まだ入ると決まったわけじゃ……」

「了解しました。神舞様のレベルなら大丈夫でしょう。それでは、メンバーを登録しますので名前をお教えください」

「この子は、板野真希よ」


 勝手に名前を教えられてしまった。あう、今ので入ったことになるんじゃないだろうな。


「それでは板野様、こちらを手にお付けください」


 そのロボットさんとやらから腕輪を渡される。


「これは……?」

「ダンジョン内サポート用端末です。現在のダンジョンのマップや、自分のステータスが見られます。いざというときのセーフティにもなっておりますのでくれぐれも外さないように」


 恐る恐る、その腕輪をつける。……そんなに重くはない。


「それじゃ、とりあえず初心者体験ってことで簡単め場所でいいわね……いくわよ!」


 神舞先輩に連れられ、一つの魔法陣の上に立つ。


「それでは、いってらっしゃいませ」


 その瞬間、私の体がどこか遠くへ行くような感覚がした。


 ***


 そこは、広めの道でできた迷宮の中であった。

 内壁と床は土が垂直に固められており、手を当てると頑丈にできていることがわかる。


「ほえー……確かにダンジョン、っぽい?」

「確かに、じゃなくて本当にダンジョンなのよ……来るわよ! 見てなさい!」


 そういわれ先輩の方を向くと、奥の方からたたっ、たたっと何か動物のようなものが走ってやってくる。

 それは、灰色の犬のような形をした――しかしそれは、犬ではない、何か魔物のようであった。

 眼は赤く血走り、頭には角が生え、爪は激しく鋭い。


「グレイドッグね……来なさい!」


 襲い掛かってくる犬の魔物を、神舞先輩は構えた大剣を振り難なく撃ち落とす。

 もう一匹、とびかかるそれをかえすがえす切り倒し、なぎ倒していく。


「すごい……」

「まだまだよ、ついてきなさい!」


 ゆっくりとこちらをちらちら見ながら駆けていく先輩に、私は走ってついていく。


 今度は通路より大きな一室に出る。その部屋の真ん中には、豚のような魔物が大きく吠えていた。


「ベヒンモスね……ちょうどいい相手ってわけ!」

「で、でかっ……倒せるんですかあんなの!?」

「もちろん! 余裕綽々よ!」


 私たちの姿に気づき、豚の魔物は勢いよく突進してくる。


「まずは目くらましに……シャドウノード!」


 そういって腕を振るうと、手先から黒い光の球のようなものが放たれる。


「何今の!?」

「魔法よ!」


 本格的にファンタジーになってきた。今までもか。


 グゥオオオと唸るベヒンモスは、暴れながらもそのまま突っ込んでくる。

 神舞先輩は焦ることなく、その鼻っぺしを大剣で勢いよく叩いた。

 すると――ぐしゃり、と豚の体がゆがむ。ぎゅおおお、と豚が苦しむような声が聞こえる。

 そのまま先輩は走りこむと、大剣を額にぶすりとぶち込む。


「さっさと決めちゃうわよ……塊塀剣、オープン!」


 すると、大剣の中軸の辺りがガシャりと大きく裂け、開き始めた。


「塊塀! ビーム斬!」


 その声とともに、開いた剣の真ん中から一筋の光線――ビームがはなたれ、同時に剣を掲げることでベヒンモスを切り裂いた――否、消し飛ばしたのであった。


「……今のビーム、何です?」

「うーん、ダンジョンの現代要素?」

「……ひゃえー」


 私は、ただひたすら仰天することしかできなかったのであった。




 と、そのときだった。

 ぐらり、と地面が揺れる。

 ぱらぱら、と天井からほこりのようなものが落ちてくる。


「? ダンジョンで揺れ? いったい何が……」


 そんな様子をうかがう暇もなく。

 ごごご、と巨大な音がする。

 そうしてさらに、床が引き裂かれ始めた!


「えっ、えっ!? 落ち――」

「! まずい、板野ちゃん!」


 ばらばら、と地面が崩れ落ちていく。

 神舞先輩の必死で伸ばした手は届かず、私の体は瓦礫とともに落ちていった――その瞬間。


「板野――危ない!」

 

 井荻君の声がする。

 そうして私は、何かに受け止められた気がした。

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