第52話:最終決戦1
優里は痛みに顔をしかめ、そしてドラゴンテイルと名乗るジュリアを見つめる。
目は赤く光っているものの容姿はジュリアそのもので、綺麗なブロンドの髪や白い肌も変わらない。少なくとも十年前自分が見たあの女性の姿とは違っていた。
「今までこの女の強い魔力を借りて鏡から出ていたが、具現化の時間にも限界があった。だからいっそこの女の身体を借りてみようと思ったが……随分と居心地がよくてねえ」
十五歳の少女とは思えない話し方で優里と向かい合ったジュリア……否、ドラゴンテイルは、近くにあった手鏡を叩き割ると、ガラスの破片をナイフのように握った。
「優里お嬢様に触れるな」
奏人が懐から取り出した銃を向けるも、
「いいのか? この身体は王女の身体だぞ?」
と問いかけられると、手を降ろさざるを得ない。
この会話の内容は優里に取り付けられた録音機能付きGPSで録音しているものの、流石に王女の身体を傷つけてはまずいと判断したのだろう。
優里も彼女の身体を傷つけるなどとてもではないができないと思った。
「では、こうします」
すると、床に伏していた愛子が素早くジュリアの背後に回り、首に見事な手刀を叩きつけた。
その途端、彼女は急に脱力して絨毯の上にふらりと倒れる。
「気絶させただけです」
倒れたジュリアを不安げに見る優里に、愛子はそう説明する。
ジュリアの豹変に緊張はしたものの、案外呆気なく終わってしまった……そう考え、優里はほっと胸をなでおろす。
「しかし……ジュリア姫がドラゴンテイルに魔力を授けていた犯人だなんて……一体何故」
三人が倒れたジュリアを見守っていると、ジュリアがパッと顔を上げた。
奏人は優里を引き寄せ守りの体勢に入るが、今の彼女にはドラゴンテイルが宿っているようには見えない。赤く光っていた瞳も、元の色に戻っていた。
「今……私……まさか」
ジュリアはぺたぺたと自分の手足をに触って身体を確認した後、呆然と部屋の惨状を見渡している。
さて、彼女に今までの記憶はあるのだろうか。
「あなたは今ドラゴンテイルに身体を乗っ取られていました。心辺りは?」
優里を自分の元へ引き寄せたまま奏人が尋ねると、ジュリアは沈黙した後、何も答えず部屋の左端にある折れ戸を勢いよく引っ張った。
「え……」
それはクローゼットの扉のように見えていたが、中には服の一着も入っておらず、薄暗い中に鏡が一枚立てかけられているだけ。
一見普通の姿見だが、ポツンと一つ置かれている時点でなんとも不気味に見える。
「ちょっと……私を一番にしてくれるって言ったのに……何してくれているのよ」
「一番に……?」
ジュリアは姿見の枠を両手で握って、その奥へいる何者かに呼びかけているように見えた。
今の彼女の頭にはおそらく優里たちのことなどない。一体どうしてしまったのか……優里が近づこうとすると、
「だからその女を殺そうとしたのだろう」
と、鏡の中から声が聞こえた。老婆の声にも幼い少女の声にも聞こえる不気味な声だ。
気づけば鏡は目の前のジュリアの顔を映すことなく、銀髪に赤い瞳の怪しげな女性を鮮明に映し出していた。
優里はその姿を知っている。彼女こそ、幼い優里に接触し、感情や記憶をいじってきた張本人。そして龍を真の姿に戻そうとする、ドラゴンテイルだ。
身体が震えそうになり、ぎゅっと手に力を入れる。
彼女は何故、ジュリアの鏡に姿を現したのだろう。二人はどういった関係なのだろう。不安に思う優里たちを他所に、ドラゴンテイルは口調を変えてジュリアに語りかける。
「青龍の加護を受けた美しき令嬢……彼女の命を奪い、そして美しきあなたの妹も殺す。そうすればあなたは間違いなく誰にも負けることのない美しいプリンセスになるのです」
「こ、殺す……?」
ドラゴンテイルの言葉にジュリアは混乱している。何かがおかしい。
「あの、ジュリアさん……あなたはドラゴンテイルにどうして力を貸していたんですか?」
優里が背後から声をかければ、ジュリアは首を傾げた。
「ドラゴンテイル……? この鏡の魔女が?」
どうやら、ジュリアにドラゴンテイルに協力していたという意識は一切ないらしい。
「私は……一番になりたかったの。だから彼女に協力していた」
鏡を背にしてジュリアが告げる。
「一番? しかしあなたは王族の第一王女のはずでは?」
奏人の言葉にジュリアはむっと頬を膨らませた。
「確かに順番的にはそうね、でも愛情的には違うの。私よりも身体が弱くて足も悪い可哀想なジャスミン……お母様もお父様も使用人たちも皆ジャスミンに付きっ切りで私のことなんて見てもいない。私は王女だけど孤独なの。そしたら十年前、鏡の魔女が現れた」
鏡の魔女はジュリアを肯定した。あなたは将来とても美しい姫になると告げた。しかしそのためには彼女を脅かす存在もいる、と。
「東の地に生まれた美しい少女は十年後私を越してしまう……鏡の魔女はそう予言して、私の魔力をあげたら解決してくれると言った。だから魔力を渡したわ」
三年前、南の地の少女が邪魔になると聞いてまた力を貸した。それがドラゴンテイルの計画に使われるとは知らず。
「えっと……十年前、魔力を借りて鏡の外に出たドラゴンテイルは私に呪いをかけ、ノースキャニオンへ送ったんです。そして十年後にこの通り、黒龍を降ろすことに成功しました」
「そんな……じゃあ、私の所為で……?」
「いえ、悪いのはドラゴンテイルですから、知らずにやってしまったことは仕方がないかと……とにかく、これ以上ドラゴンテイルが外に出ないようにしてもらえれば……」
ジュリアが自覚した今、ドラゴンテイルに力を与えることさえしなければ相手は鏡の中だ。恐れる必要はない。しかし。
「ドラゴンテイルの姿が消えた……逃げたのか?」
鏡を見た奏人が不安そうにつぶやいた。
いつの間にかその姿見はもうただの鏡へと戻っている。
諦めたのか、それとも別のたくらみがあるのか……と、彼らが呆然としていると、急に大きな音を立てて部屋の扉が開け放たれる。
「くく……私に魔力を貸す人間は一人ではないと思え」
「ジャスミン……?」
声を上げて堂々と部屋に入ってきたのは、ジュリアと瓜二つの少女だ。そんな人間はジャスミンしかいない。
しかし、足が悪く立てない彼女がどうして歩いて部屋に入ってくるのか。
皆が見守っていると彼女の目が赤く光り、邪悪な笑みを浮かべた。やや猫背の身体には、先ほどまで感じていた弱々しさの欠片もない。
ジュリアの時と状況は同じだった。
ジャスミンの身体は今、ドラゴンテイルに支配されている。
「ふふ、足など魔力でどうにでもなるというのに哀れな娘だ。さて、お前たち双子はどちらも憎しみの感情が強い。愛情を注がれなかった姉、足が不自由で満足な生活が送れない妹。素晴らしい憎しみを抱いておりゾクゾクとする」
「まさか、どちらにも幼少期のころから取り入って……憎しみの気持ちを操ってきたのか」
ドラゴンテイルは感情を操る。双子のそれぞれの心に付け込んで憎しみを増幅し魔力を奪っていたのかもしれない。
「今度こそ黒龍を我が手に」
ジャスミンの髪が綺麗なブロンドから銀色に変化していく。
「きゃあっ」
そしてジャスミンがジュリアの手を掴んだ瞬間、急にジュリアが脱力して目を瞑り、次に目を開いたときにはこちらも目に赤い光を宿していた。
「両方の身体に……乗り移った?」
優里は双子の身体を交互に見る。
身体は二つ、魔力も二倍。随分と、ややこしいことになってしまった。
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