第51話:王家の回答3
どう考えても危ないだろう、と奏人は思った。愛子の方を見れば、彼女もまた同じ顔をしている。
将斗は「お姫様に気を付けろ」と謎の忠告を残していたし、一伯爵家の跡継ぎを部屋に招待するなど怪しい話だ。
しかし優里は臆することなく着いていこうとするのだから困る。先ほどの国王の言葉は恐ろしいものだったが、回避できたのでいいとしよう。きっと本気で殺そうと思っていれば一か月の猶予なんて与えなかったのだろうから、殺される可能性など最初からかなり低かったに違いない。
それでも、この誘いは危ないと直感的に思った。
もしものために、優里には青龍の鱗を肌身離さず持ってもらっているし、自分も愛子もすぐに守れる位置にいるつもりだ。
しかしなんといっても相手は人の感情を操る人外。何が起きてもおかしくない。
また、ドラゴンテイルに狙われること以外にも注意すべきことはあった。
優里は昨日、街で発作により倒れかけた。なんとか目立たないように支えたが、おそらく身体的には本調子ではない。
両親と会えて嬉しくて……楽しいと思ったその先の感情を呪いによって防がれた。本当に呪いは厄介だ。
できればもうどこにもいかないで欲しい……屋敷の中で平穏な日常を暮らして欲しい……日に日にその思いは強くなっていく。過保護と呼ばれてしまう自覚はあったが、しかしそれは仕方がないのだ。優里はいつだってあまりに無用心なのだから。
サウスポートで将斗に襲われていた場面に遭遇した時なんて、憎しみで相手を殴りそうなほど腸が煮えかえったような怒りを感じた。
その時、自分の中で彼女に対するはっきりとした「好き」という気持ちを認識し、吐露してしまったのだが……おそらく彼女はその時の「好き」を勘違いしている。その方が、今後のことを考えると都合はよかったが。
「ここよ」
とジュリアは二階にある大きな扉を開いた。あちこちにぬいぐるみやオモチャが溢れた部屋。真ん中にある白いテーブルには焼き菓子が並べられており、左右の壁にはそれぞれ同じ大きさのベッドがあった。大きな積み木やおままごとセットは彼女たち二人で使うのだろうか。
「素敵な部屋ですね」
目新しいものが沢山あるからか優里は興味深そうに部屋の中を見渡している。
一方の愛子と奏人は逆に危険物がないかを調べるのに必死だ。入口付近にたったまま、十五歳の少女たちのやりとりを眺める。
「この猫のぬいぐるみがアンでね、こっちのウサギがラピス、クマはアネモネ」
ジュリアは一メートルほどのぬいぐるみを一つずつ持ち上げながら紹介していく。一方のジャスミンは黙ってお菓子を食べて二人のやり取りを見つめていた。容姿はそっくりだが性格は正反対な二人だ。
「ねえねえ、あなた集落ってところにいたんでしょ? そこではどんな生活をしていたの? 教えて」
あまり集落にいた頃の話を他人にしてはいけない……と、詩織に厳しく言われていたからだろう。優里は不安げに奏人の方を振り返った。
「まあ、軽くでしたらいいと思いますよ」
奏人が告げれば安心したのか、優里は集落の話を始めた。
「まず私が住んでいた家は電気がほとんど通っていなかったので、明かりはろうそくの火が頼りで、冬は暖炉の炎で暖を取っていました。食料は隣の町まで買いに行って……朝ごはんはパンに目玉焼きを乗せたものを食べることが多かったですね」
十年間暮らしていただけあって優里は集落の様子を活き活きと語る。
外で洗濯物を干している時にやってきた小鳥やウサギが友達だったこと、長老の家で初めてテレビを見た時の驚き。灰被りと呼ばれていたことには触れず、楽しいことだけをピックアップして話しているようだった。
ジュリアとジャスミンもその話には興味津々で「ノースキャニオンに旅行に行ってみたいわ」と言っている。
「じゃあ、イーストプレインではどんな日々を送っていたの?」
ジュリアはイチゴのジャムがたっぷり乗ったクッキーを口にしながら尋ねた。
「イーストプレインでは……屋敷で、使用人の皆様と楽しい日々を過ごしました。イーストプレインには五人の使用人の方がいるのですが……」
そうして優里は、奏人たちとの思い出を語りだす。その顔は集落について語っている時よりさらにも活き活きとしていて眩しかった。
「可愛い」
「同意します」
小声で呟いた奏人に愛子が答える。親バカのような気持ちも入っているが、こんなに笑顔が似合う少女がいるかと全国民に問いたいほどに優里の笑顔は輝いている。
「へえ……優里さんはとても大切にされてきたのね」
「そうですね、皆さんとても親切にしてくださいました」
優里がジュリアと話していると、話を聞いていたジャスミンが急に激しく咳き込み始めた。
「ど、どうされました?」
クッキーをぽとりと手放し、苦しそうに息をしている。
「ああ、ジャスミンは喘息もちなの。すぐ使用人を呼ぶわ」
そう言ってジュリアは携帯電話を取り出すと誰かへ電話をした。一分もしないうちに執事がやってきて、車椅子に乗った彼女を連れていく。
「あの、ジャスミンさんは足も悪いのですか?」
「ええ。あの子は足も悪いし喘息もちで身体も弱くて……手のかかる子だわ」
奏人はすれ違いざまにジャスミンを確認したが、喘息の発作を起こしているのは間違いなさそうで、執事の方もひどく慌てていた。彼女の身体が弱いことは本当のようだ。
「それにしてもあなたの執事さんたちずいぶんとべったりなのね。私たちですら呼ばないと執事が来ないのに」
「ああ……えっと、奏人さんたちは心配性なんです」
心配性なのは否定しないが、目を話すと彼女は何をしでかすか分からない……だから常についているというのがあるのだか、自覚はないだろう。
「私は見られているといい気がしないの。ねえ、二人きりにならない?」
「え……?」
嫌な予感がする、と思った奏人の元にクマのぬいぐるみが飛んでくる。
愛子は器用にウサギのぬいぐるみを避けて、優里の手を引っ張ろうとするジュリアの手を解こうとしたが、隣りにある机を倒されたことで一瞬の隙を生んでしまう。色とりどりの焼き菓子が、カラフルな絨毯が敷かれた床に散らばった。
「……お前は、誰だ」
もう、敬意は払えない。
彼女はこの国の第一王女ジュリア・セントラルランドではない……そんな確信があった。
手を掴まれた優里も戸惑っている。
「ふ……一付き人に気づかれるとは……私も随分と衰えたものだ」
ジュリアの目が赤く光る。
赤い……瞳。
「私はこの国の裏側に切り捨てられた存在……貴様らがドラゴンテイルと呼ぶ存在だ」
ジュリアの姿をしたドラゴンテイルは、掴んでいた優里の腕に強く爪を食い込ませた。
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