第50話:王家の回答2
王家の屋敷はセントラルランドの中心地に建てられていた。
周囲を円状の深い池で囲っており、玄関に辿り着くためには必ず監視カメラのついた橋を渡らなければならない。
この国のトップが君臨するだけあって、セキュリティーは完璧だった。
優里はドレスから普通のワンピースに着替えていたが、やはり先程スピーチがあったばかりのこともあってちらほら人の視線が向いている。愛子と奏人は優里が写真に撮られるのを器用に防ぎながら歩いていた。
優里は両親も呼ぼうかと考えたが、セントラルランド家の屋敷に一度に入れる人数はセキュリティーの関係上三人までということで、彼らを含めると護衛が一人もついていけない状態となる。王家に行くだけなのだからあまり警戒せずともいいだろうと優里や優作は言ったが、奏人や響に強く反対された。結局、招待された優里と、彼女を守る奏人と愛子の三人で向かうのが最適という話になり、今に至る。
「そういえば、王族も私たちのように特殊な能力を持っているのでしょうか?」
「ええ……そのはずですが、その内容は隠されており俺も知らないんです」
「サウスポート家にすら能力に関する情報は入っておりませんでした」
将斗は、王族はこの国で最も大きな魔力を持っているから気を付けろ……と、助言を出していた。
イーストプレインは触れたものの怪我を治す。ノースキャニオンは体力が二倍になる。ウェストデザートは触れたものの情報を得る。サウスポートは身体の一部を他の生き物に変化させる。そんな特殊な家の頂点に立つセントラルランド家……王族。一体どのような人々が待ち構えているというのか、想像するだけで緊張してしまう。
詩織の行動を思い出しながらインターフォンを鳴らし、出てきた使用人に丁寧なあいさつをする。
街の様子はあまりに異世界じみていたが、屋敷についてはイーストプレインと然程変わらない作りのようで、その点は安心することができた。
応接室に入ると金龍のレプリカのようなものが飾ってあり、部屋全体に金の装飾が施されている。椅子の背もたれすら金色に輝いているのだから王族の経済力を感じざるを得ない。イーストプレイン家の屋敷も優里にとっては豪邸だが、それともまた格が違う。一か月より前の自分がいきなりこの場に来たら目を回してしまうかもしれない。
人を待っている間はそわそわして周囲を見てはいけない……と、詩織に教えられているので、背筋を伸ばしてじっと待つこと数分。
やっと国王と女王、そして二人の少女が入ってきた。
国王と女王に関しては写真で見ていたが、娘らしき二人の少女は初めてみた。
ブロンドの髪と白い肌。そして金色の瞳。どちらもそっくりのため双子かもしれないが……違うのは、片方が車椅子に乗っているというところだ。
三人は大理石の机の前に座るが、車いすの少女は使用人が椅子をどかしたところに車いすのまま入り、何かを操作して座席の部分の高さを調整することで皆と同じくらいの座高となった。車椅子自体は目にしたことはあるが、セントラルランドの車椅子は機械の操作で高さを変えることができるらしい。もしかしたら他にも様々な機能があるかもしれないと優里は思った。
「改めて、ようこそセントラルランドへ。はるばるお越しいただきありがとう」
国王は机の上で腕を組んだ。
「ノースキャニオンで灰被りと呼ばれていたみすぼらしい少女がイーストプレイン家の跡取りを務められるか……それが心配で試させてもらったが、見事な成長だった」
「ありがとうございます」
やはり灰被りと呼ばれていたことは筒抜けらしい。一体どこから情報を得ているのだろう。
ひとまず認めてもらえたと安心していると、
「というのは建前でね」
と、思いもよらない言葉が出てきた。
「建前……?」
「本当はね、君を殺すかどうか迷っていたのだよ」
あまりにさらりと言うものだから……勿論女王たちや使用人たちも何も驚かずに黙って話を聞いているものだから、聞き間違いをしたのではないかと耳を疑った。が、ちらりと奏人や愛子を見れば彼らも怪訝な顔をしており、やはり王は信じられないことを言っているのだと呆然とする。
「将斗くんが似たようなことを言っていたんじゃないかな。黒龍を殺せば二度とドラゴンテイルが復活することはなくなる。だから黒龍と共に君を殺すことを一か月間検討していたし、その場合はご両親が一緒だとあまりに気の毒だからということで離れて暮らしてもらっていた」
確かに思い起こせば将斗が王も似たようなことを考えていると言っていたが、それが真実だとは思いもしなかった。
まさか一か月という期間にそんな理由が隠れているなんて。そしてそれを包み隠したり湾曲させたりすることもなく、ストレートに告げられてしまうなんて。
「でも、君はイーストプレイン家の跡取りとして立派に成長した。それどころでなく止まっていたノースキャニオン家の責務を動かしたり、イーストプレインの民を励ましたり、はてやサウスポートの七海さんにかけられた呪いを解くなど様々な活躍をしてくれた。よって、計画は白紙に戻すことにしたのだ」
もし、それらのことがなければ……優里は目の前の温厚そうな国王に殺されていた可能性がある。
恐ろしくはあったが、とにかく一か月の頑張りによって最悪な結末を回避したことに安心するしかない。
「あの……必ずドラゴンテイルの呪いを解き、黒龍を開放します。ですので、信じてお待ちください」
七海の呪いが解けたことで希望は見えた。パーティーは乗り越えたのだから課題は一つだけ。ノースキャニオンのためにもなんとか解決しなければならない。
「ありがとう、期待しているよ」
必死に告げればどうにか思いが伝わったようでほっとした。一瞬恐怖を覚えたが、彼らもまた同じテイル王国の人間であることに変わりない。将斗と和解出来たようにきっとうまくやっていける……そう、信じるしかない。
「あの……ところで、何故私のことをそこまでご存知なのですか? 灰かぶりと呼ばれていたことなど……使用人もそこまで話してはいないと思いますが」
せいぜい庶民として育ち、人柱にされた……その程度しか伝わらないかと思っていた。
誤って無礼な言動をしないよう言葉は極力少なくしようと考えていたが、それでもこればかりはどうしても気になってしまう。
「ああ……我々王族はね、直接見なくても何でも知ることができるんだ」
そう言って王は懐から小さな手鏡を取り出した。背後に金箔で装飾が施されており、窓から入ってくる陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
「鏡や水面に見たいものを映し出す……それが私たちの能力だ」
「鏡に……」
それを使って、今まで優里の行動を観察してきたのだろうか。そう考えると、なんだかとても恥ずかしい気持ちになった。笑われるような失敗はしていなかっただろうか。失言はなかっただろうか。
そんな優里の心配をよそに、王はにこりと笑みを浮かべた。
「この鏡は情景しか映せないにも関わらず、優里さんの心がとても透き通っているのが伝わってきた。本当に素敵なお嬢様だ」
「あ……ありがとうございます」
殺そうと考えていたと言われたり、急に褒められたり、どうもこの場所は居心地が悪い。
思わず俯いてしまいそうになるのを必死に堪える。
「そうだ、私の家族を紹介していなかったね。順番に挨拶を」
王は背筋を伸ばしたまま微動だにしなかった隣りの女性に声をかけた。
すると、魔法が解けたかのように女性が口を開く。
「王妃のサラ・セントラルランドです。遠方より遥々ご苦労様でした」
絵にかいたような美しい笑みを浮かべて、サラ・セントラルランドは頭を下げた。事前情報によると年は王と同じくらいのはずだがその面影は一切ない。
二十代と言われてもおかしくはない美貌は、まるで魔女のようにも見える、と優里は思った。
「私は第一王女のジュリアと申します。優里さん、あなたと同じ十五歳です」
次に、娘の一人が挨拶をする。
ブロンドの髪に白い肌。まるで人形のような少女は、見かけによらずはきはきと名乗った。
「わ、私は第二王女のジャスミンです……ジュリアの双子の妹で同じく十五歳です」
一方車椅子に乗っている少女は、ジュリアより小さな声で震えそうになりながら名乗る。髪も、肌も、目の形もそっくりなのに、性格はあまり似ていないのだろう。挨拶だけでそれを感じる。
二人とも年齢は十五歳。身分は違うが優里と同い年だ。
黙っていると大人びて見えたが、口を開けば年相応の内面を感じ、少しばかり肩の力が抜ける。
「優里さん、私たちあなたにとても興味があるの。よろしければ私とジャスミンと一緒にお茶をしてくださらない?」
すると、急にジュリアがそのような提案をしてきた。
突然の誘いに戸惑うが、王たちもにこやかに彼女を眺めている。
早く帰りたいという気持ちもあったが……ジュリアたちの気持ちを無碍にするわけにもいかない。
「はい、是非」
優里は迷った末、笑顔で答えることにした。
彼女自身もまた、王女たち二人の生活に少し興味を抱いていたのだ。
ただここで将斗の言葉が脳裏をよぎった。
彼はあの時、一体何を考えて優里に忠告をしてきたのだろう。
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