第49話:王家の回答1
「皆様はじめまして。東の平野、イーストプレインより参りました優里・イーストプレインと申します。私はイーストプレイン家の諸事情により十年間実家から離れて暮らしていました。この度正式な跡取りとして再び皆様の前に参じることができたことをとても嬉しく思います。今後も学ぶべきことはいくつもありますが、イーストプレインのさらなる発展と他地域との交流に力をいれていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします」
パーティーの会場は丸いドーム型の建物だった。てっきり屋敷のようなところで行うと思っていたため拍子抜けしたが、中に入ればドレスやタキシードを着た紳士淑女が幾人もおり、今度はあまりに見慣れない煌びやかな風景に圧倒されてしまった。縦に五列並べられた机には飲み物や食事、スイーツもあるのだがとても口にできるような状態ではない。
優里は詩織とともに厳選したブルーのドレスを着ており、一か月前より少しだけ伸びた髪にも同じくブルーのリボンを付けていた。
勿論両親も華やかな格好をしており、優作も昨日とは違いきちんと姿勢を正して伯爵としての威厳を放っているように見える。
見知った顔もたくさんあり、舞紗は赤い頭巾を被らず緑のアクセントが入った黒いドレスを着て、父の側でそわそわとしていた。輝夜はウェストデザートの正装ではなく白を基調としたドレスを着ており、兄弟と思われる男性たちと共に上品に振る舞っていた。月彦の姿もある。
赤いドレスを着た七海は、今回ばかりはピアスも全部外しておとなしい格好をしている将斗にべったりで、彼が次期伯爵としてスピーチをする際も最前面で見つめていた。
優里は何度も練習をしていただけあって、壇上でマイクを持ち用意していた台詞を喋るのは完璧だったと言っていい。
多くの人の目とマスコミのカメラはあるが、知り合いがいると考えれば然程緊張もしない。
ただ、問題はここからだった。
「優里様は今までどちらですごされていたのでしょうか?」
ここからマスコミからの質問が始まるのだ。
詩織から再三注意を受けた通り、無知をさらさず、そして何より庶民として暮らしていた事実を隠して喋らなければならない。10台ほどのカメラをぐるりと見つめた。
ある程度の答えは用意しているが、ボロはでないだろうか。
「ノースキャニオンとの境界にあるはなれで、メイドや執事と暮らしておりました」
これは大きな嘘だが仕方がない。
「イーストプレインの課題については何かお考えですか?」
「イーストプレインは平和な土地と言われていますが、まだ貧困格差があったり、食糧などを他の土地から調達しなければなりたたない場所でもあります。ですからその辺りを改善していきたいです」
これは街へ出て感じたことなので嘘ではない。
「他地域に出向いたことはありますか?」
「はい。ノースキャニオンやサウスポートへはそれぞれの旧家の御屋敷へお邪魔しました」
「ご趣味は?」
「本を読むことです」
「最近読まれた本はなんでしょうか?」
「『タンポポの密室』というイーストプレインが舞台の探偵小説です」
矢継ぎ早に飛んでくる質問になんとか答えていく。案外簡単に答えられる……そう思っていると。
「イーストプレインへの大規模な半導体製造工場誘致についてはどうお考えですか?」
と、知らない話題を質問された。工場というのは機械類を作る場所で、イーストプレインには自動車工場や電化製品の工場などウェストデザートの監修でいくつかの工場が建てられていると聞いていた。
しかし、半導体とは一体なんだろうか。そしてどうお考えか……という質問の意図も分からない。
工場を誘致することで、現在何かトラブルが起きているのだろうか。それとも市民から喜ばれているのだろうか。
優里は胸に手を当てた。こういう時は無理に答えて失言してはいけない。
「申し訳ございません、そちらの問題に関しては私の勉強不足であまり把握できておりません。帰り次第勉強させていただきます」
はっきりと答えて微笑むと、それ以上追及されることはなく、ほっと一息ついた。
他にも初めてセントラルランドに来た感想やイーストプレインのオススメの場所などを聞かれ、感じたままを答えていると、やっと質疑応答の時間が終了した。
これで、一か月頑張ったことの成果は十分発揮できたと言っていいだろう。
マスコミも他の貴族たちも変な顔一つせずに見守ってくれたのはありがたかった。
「流石ね、優里さん」
壇上から降り、奏人に用意された水を飲んでいると、頭一つ分下のところから声をかけられた。舞紗だ。
「いえ……本当に必死で……ボロが出ていなければいいのですが」
「立派やったよ、私も見習いたいほどに」
気づけば輝夜も側にいて、優里のことを称賛している。
「輝夜さんは、今日はドレスなんですね」
シルク生地で出来た白い花の飾りがとても美しい。
「うん、郷に入れば郷に従え……ってね」
頭の上で二つ球体状に括った髪には、よく見ると花の髪飾りが刺さっていた。
「優里様……」
鈴の鳴るような美しい声で駆け寄ってきたのは七海だった。臆病そうにしているが、真っ赤なドレスがよく似合っている。
「とても、素敵なスピーチでした」
頬を染めて感想を言う七海の背後から葉巻の匂いを纏った男もやってきた。
「馬子にも衣装……猿にも原稿さえ渡せばそれなりに様になるってもんだなあ」
将斗は馬鹿にするように言うが、その言葉は以前よりも棘がない。
「将斗様こそ、伯爵継承おめでとうございます」
「はっ、まあここからが始まりだな」
きっと今の彼ならサウスポートをうまく取りまとめてくれることだろう。
「おやおや、皆さん随分仲がよろしいようで」
皆で話をしていると、優里の背後から低く穏やかな声が聞こえてきた。低く、重量感を持った声。これが本当の「威厳のある声」だろうと優里は思う。
振り向くと、先日写真で見てしっかり顔を覚えた男性が立っていた。まさか、今こうして談笑している時間に遭遇するとは思ってもいなかった。
しかし、ここで焦ってボロを出してしまっては今までの努力が水の泡だ。
「国王様、初めまして」
笑みを浮かべ、煌びやかなマントを見に纏った大柄の男性を前に丁寧に頭を下げる。周囲の者達も優里に合わせて静かに頭を下げた。
彼はティモシー・セントラルランド。皆がひれ伏す国一番の権力者、テイル王国の国王である。
「将斗・サウスポートくん、優里・イーストプレインさん、二人とも見事なスピーチでした」
「お褒めいただき光栄です」
国王の言葉にすかさず将斗が答える。続いて優里も頭を下げると、国王はゆっくりと二人を眺めた後、
「優里・イーストプレインさんは後で私の屋敷へ来るように」
とだけ伝えてその場を去っていく。
「えっと……私?」
スピーチに何か問題があったのか。それとも今の挨拶が変だったのか。思わぬ呼び出しに身体が強張る。
「まあ、これはお前が跡取りに相応しいか確認する国王の審査だろ? そういうことだ」
「そういうことって……」
一か月で立派なお嬢様になるように……両親を人質にそう命令を下したのはこの国王だ。マスコミや他の貴族が認めても彼が頷かなければ優里は失格となる。その判定をこれから言い渡されるということだろうか。
「大丈夫、知り合いという贔屓目で見なくても完璧な振る舞いやったし、多分労いの言葉でもかけてくれはるんやないかな」
「そうよ、少なくとも失格だけはありえないんだから」
皆にそう言われるのなら大丈夫なのだろう。優里は胸を撫でおろし、ずっと背後に立っていた奏人と愛子を見つめる。
「では……行きましょうか」
これが、悪い結果にならないことを祈りながら。
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