第45話:灰かぶり救出の裏話3
屋敷に着くと、詩織は一目散に優里を風呂場へと連れて行った。
奏人は早速彼女の両親に報告しようと伯爵の書斎へ出向く。しかし、そこで待っていたのは思いもよらない話だった。
「え……御主人様たちがセントラルランドへ?」
「ああ、国王に現状を報告したところ通達があってね」
どうりで屋敷も騒然としているはずだ。国王と連絡をとっていた優作たちの方でもひと悶着あったようだ。
「えっと、何故?」
優作は見るからに意気消沈した顔をしているが、やはり灯里夫人は分からない。けれど悲しんではいるのだろう。
「やっぱり庶民上がりの子が跡取りを務まるのか不安があるらしい。だから私たちを人質にして……一ヶ月でちゃんとした貴族の令嬢に育てて欲しいとのことだ」
「一か月?」
聞き間違いだと思いたかった。ただでさえ黒龍のことでボロボロなのに、一か月で貴族教育を?
しかも優作たちが人質にとられるとするなら、屋敷に残るメンバーも限られてくる。
「あ、でもセントラルランドに一度に入場する人数は限られているから然程使用人が減るわけでも……」
独り言のように呟くと、優作の隣にいる男に「それは違う」と否定された。
「確かに入国人数は限られているため一度に乗り込むのは最少人数だが、それだけでは御主人様はいろいろと危なっか……不安なので、別々に使用人を送り込もうと思っている」
「父さん……じゃあ屋敷に残す使用人は」
「詩織とも相談するが五人程度だな」
優作の執事であり奏人の父親はきっぱりと人数を告げた。
詩織と奏人を覗けばあと三人。そうなれば殆ど教育は二人でしていくしかない。頭の中でざっと計算しただけでもハードなスケジュールだ。
「私たちも無理をして欲しいわけじゃないんだ。ただ、できれば今後も優里と一緒にいたい。そのためには……」
「分かっています。これは王族側から信用を失いかけているイーストプレイン家のため、そして俺たちサンチェス家の問題でもある。かならずや優里お嬢様を立派な令嬢にいたしますので」
無理とは言いたくなかった。駄目だったら共に亡命する覚悟もあるが、できればこの平和な屋敷でずっと共にいたい。
「うん……任せたよ、奏人」
そして優作たち一同は優里が目を覚ますよりも前に荷物を纏め屋敷を出て行くことになった。
自分たちは王の命令に逆らうことができない。
「疲れた……」
そして、休む間も与えられず父親からの引継ぎ作業が始まり把握すること半日。
奏人は机の上にノートパソコンを投げ出すとベッドに倒れ込んだ。
今日一日だけでこれなのに身が持つ気がしない……そう考えてもしまう。
今まで詩織の部下として使用人業務を行ってきたが、今日から自分は優里の執事となる。仕事の内容は大きく変わるのだ。
ずっと勉強してきたことではあったが改めて執事になるのだと思うと緊張もする。
そう考えていると、ノックの音が聞こえた。
「起きてるわよね? ちょっと来てくれない?」
「……なんだよ、俺がいかなければならない用か?」
姉の言葉にもなかなか腰が動かない。
「あら。優里ちゃんの部屋に来てもらおうと思っていたけれど面倒くさそうね。じゃあいいわ」
「いや、行く」
自分でも驚くくらい身体が軽くなりベッドから起き上がる。
そして扉の前でにやにやとしていた姉にぶつかりそうになった。
優里の部屋なら知っている。
昔彼女が使っていたその部屋に、今も眠っているのか。
はやる気持ちを押さえながら姉に着いていくと、既にこの家に残る使用人が扉の前に集まっていた。
「はい、じゃあ今日から私たちの新しい主人になる優里ちゃんに会いに行くわよ。寝ているから静かにね」
詩織が唇に人差し指を当てて小声で伝えつつ扉を開く。
入って中央当たりに机と二脚の椅子。右奥にドレッサーや化粧台。左側に大きなベッドがあり、その隣が庭を一望することのできる窓。
あの頃入ったことのある空間がそのまま残されている。そして。
「な、なんだこの美少女は」
奏人は目の前の光景に驚き思わず声を出してしまい、それから口をつぐんだ。他の三人も反応は薄いながら皆釘付けになっている。
ベッドの上で眠っているのは優里だ。
それは分かるが、自分が見つけた時とは随分容姿が違う。
「そりゃあもう屋敷に帰ってから速攻でお風呂に連れて行って、絡まっていた髪は切って隅々まで身体を洗ってね? 髪もさらさらになるまでシャンプーを四回とリンスを二回したかしら。で、傷を手当した後用意していた服を着てもらったの。その間一切起きないんだから余程体力に限界がきていたのね。大丈夫、息はしているわ」
詩織は自慢げに豊満な胸を反らした。
それを受けて奏人は再び優里を見る。
つい昨日まで優里は辺鄙な場所にある集落で酷い生活を送っていた。見た目もボロボロで無残な姿だったが、まさかここまで美しい姿に戻るとは。姉の手腕が恐ろしい。
それにしても、随分と大きくなったものだ。
まだ女性の体つきとまではいかないが、確実に成長途中。十年も経ったのだから当たり前だが。
反面手足は細すぎなくらいで健康面は心配になった。
「あれ?でもこの痣は?」
優里の身体には首から服の中に続く黒い痣がある。こんなもの、儀式のときにはあっただろうか。
「儀式の後……身体に残ったものだと思う」
黒龍を取り込んだ証のようなものだろうか。
「儀式に関する文献はこの家に殆どなくてネットでオカルト系のことを調べてみたけど……身体に異形のものを取り込んだ場合身体の制御を一時的に奪われることがあるって」
「じゃあ……優里お嬢様は体内に黒龍がいる限り苦しみ続けるのかよ」
そう思えば、やはりあと一歩のところで助けられなかった自分が不甲斐ない。
「まあ気を取り直して、今日からこの五人で優里ちゃんの過ごす屋敷を支えていくわよ」
このメンバーに関してはメイド長である詩織が厳選した。
まずは使用人の愛子。彼女は分かる。用心棒はどんな上体だろうと必ず一人だからだ。しかし後の二人が問題である。
「なんで新米が二人もいるんだよ」
まだあどけなさが残る幼い少年と、今朝バールのようなものを振り回していたツインテールの少女。
彼らはこの家に入って一週間も経たない。
「千尋くんはこう見えてかなりの天才なの。仕事を覚えるスピードも速いしイレギュラー対応なら完璧だと思うわ。絢音ちゃんもガッツがあるし優里ちゃんと同い年ってのも大きい」
「それと、新米をセントラルランドには連れていけないというのもあるだろうな」
奏人は改めて二人を眺める。確か千尋の苗字はシュナイダーと言った。その苗字なら聞いたことがあった。高位の役人の息子であれば最低限の知識があるだろう。絢音は完全に庶民の出たというが、詩織が気に入っているのだから自分が反対しても意味がない。
「あの、優里お嬢様ってどんな方なんですか?」
千尋が尋ねる。
奏人と詩織以外の三人は優里のことを知らない。奏人たちも五歳の頃の優里しか知らないためはっきりとしたことは答えられない。
それでも今確実に言えることは何か。
「儀式で人柱にされて殺されそうになっているのに抵抗もせず、澄んだ目で運命を受け入れようとしていた。素直で、他人思いで、危うい人。それは昔から変わらないらしい。俺は今度こそ優里お嬢様を守りたい。そのことに協力してくれ」
十年経ってもきっと優里の本質的なところは変わっていない。言葉は交わしていないがそんな確信はあった。
「分かりました、非力ながらやれることを頑張りますね」
千尋はさらりと答える。
「ま、任されたからには任務を完遂する」
と、絢音も意気込んでいる。
愛子も無言で頷いた。
これから一か月、自分は優里を守りながら教育もしていかなければならない。
もう一度気を引き締めなければ。
「優里お嬢様はいつ起きるんだろう」
「三日経って起きなかったら栄養面での心配があるから医者を呼ぶわ。それまではしっかり休息してもらいましょう」
「分かった。じゃあ見張りは交代制ということで」
「了解」
できれば姉ではなく自分が部屋にいる時に起きてくれますように。そしてその時はなんと声をかけようか……今からとても楽しみで仕方がなかった。
◆ ◆ ◆
「と、まあこんな感じですね」
「……そんな」
「え?」
「そんなに必死に……私なんかを」
奏人の話を聞いて呆然とする。
自分一人が命を取り留めるために奏人を始め両親など多くの人が尽力してくれた。それが申し訳なくも、嬉しくも思う。
優里にとっては複雑な気持ちだ。
「結果的に救出の時間をドラゴンテイルに操作された形になったようですけど、でも俺は優里お嬢様に会いたくて力を尽くしました。何も悔いることはありません」
奏人はこんなにも自分に甘い。朝起きて食事を摂るまでひどく甘やかしてくる。その上必死に助けてくれたなんて……嬉しいと思う反面、胸が苦しくなるのは何故なのだろう。
「さて、目も覚めましたか? 今日は一日勉強しきれていない近代知識を詰め込みますからね」
「が、頑張ります」
もう、すっかり目が覚めた。歯を磨いて身支度をして勉強の用意をしなければ。
セントラルランドに向かうまでもう時間がない。
とにかく全てが無事に終わること。それだけをひたすら祈って今日も優里の新しい一日が始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます