第43話:灰かぶり救出の裏話1

「優里お嬢様、朝ですよ」

「……ん、う」

 優里は朝が苦手だ。

 一度目が覚めてしまえば朝の清々しい空気を感じて心地いい気分にもなれるのだが、それまでがどうしても苦痛だった。

 まずは根本的な体質の面だ。輝夜曰く低血圧や低体温というのが関係しているらしいが、万全な体調になるまで時間がかかるためどうしてもすっきり目覚められない。

 次に眠りの質も関係する。優里が眠っている間に見る夢は十中八九悪夢だ。継母に怒られている夢、人々に馬鹿にされている夢、それから儀式の夢など。悪夢を見るのは集落にいる時から変わらずで、屋敷に戻ってからも昔の夢にうなされている。そんな悪夢で頭が疲弊するからか、それとも起きると夢の中のような憂鬱な朝が来る予感がしてしまうのか、余計に起きるのが苦痛になるのだ。

 優里は奏人に頼りすぎて迷惑をかけないようにと心がけているのだが、朝だけはどうしても甘やかしてくる奏人に勝てず、ずるずると甘えてしまっていた。昔は苦手といえど一人で起きなければならなかったのだが、現在は毎朝のように起こしてもらっている。起きなくても怒られない……その生活に身体が慣れ始めている。

 今日も呼びかけられてなんとか身体だけは起こすものの、もう一度寝てしまいたい気分だった。

「おはようございます、体温計りますね」

 輝夜に毎朝体温を計測するように言われてから、奏人は律儀にそれを実践している。脇の下に体温計を入れられ少しくすぐったいが、身をよじるほどに身体が動かない。

「35.8……相変わらずの低体温ですね。とりあえず目覚めのお水を」

 グラスを渡され一杯分の水を飲む。それにより少しだけ眠気がひいていく。

「布団取りますからね。身体こちらに向けてください」

 温もりが奪われ、言われた通りに奏人の方を向く。するとカーディガンを着させられた。腕を通すところまでされるがままだ。

「靴下履きますからね」

 白い膝丈の靴下を履かせられ、そのまま左右の靴まできちんと履かされる。いつもならこの辺りで目が覚めるが今日はまだぼんやりとしていた。

「ダイニングまで歩けそうですか?」

「……うう」

「それとも今日はここで食べてしまいます?」

「たべに、いきます」

 皆とご飯を食べなければと立ち上がるが、ふらりと眩暈がした。

「問題です、36+45-70=?」

「……いち、です」

「はい、間違えたので今日はここでお食事ですね」

 迷っている時は奏人が簡単な問題を出し、それに答えられるかどうかで場所が決まることがある。今回は残念ながら頭が働ききらないようだ。皆と朝から会えないのは寂しいが、眠気には抗えなかった。

 このように、優里の朝は奏人に甘やかされ流されていく。


「……すみません、今朝もいろいろとやっていただいて」

 朝食は卵サンドとトマトのスープだった。流石に食べているうちに目も覚めて、共に朝食を食べていた奏人に声をかけられるようにもなる。

 因みにここでもまだ覚醒していないときはスプーンでスープを口に運ばれることもあった。

「いえ、優里お嬢様に尽くせるなら本望ですから。今晩もあまり眠れませんでしたか?」

「……また、悪い夢を見まして」

 そのせいで寝ても疲れがとれないことも多々ある。

 夜中に目が覚めてしまい奏人に話を聞いてもらった夜もあった。

「どんな夢でしょうか」

「その……儀式の時の夢です。あの時誰も助け何てこなくて……という苦しい夢。よく見るもの、なのですが」

 今でも生々しいほど思い出せる。怪しげな鈴の音や黒龍が入ってくる痛み、冷たい聴衆の目などの全部を。

「身体を撃たれて、それから笑い声が聞こえるんです……そういう夢、で」

「そうですか……それは苦しいですね」

 奏人は真剣に相槌を打って聞いてくれる。それがまたくすぐったい。

 なんとか話題を変えようと考える。

「そういえば……あの時、奏人さんたちはどうやって私を見つけたんですか? その……あの時の私は本当にみすぼらしくて、見つけるのなんてかなり難しかっただろうと思いますが」

「ああ……そうですね……気になりますか?」

「はい」

 大分目も覚めたので、今日は自分の知らない裏側を聞いてみたい。そう告げると奏人は暫し悩んだ後、

「分かりました。では優里お嬢様を見つけた一週間前辺りからお話を始めましょう。ある日俺は唐突に優里お嬢様のご両親に呼ばれまして……」

 と、過去の話を語りだした。

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