第42話:人魚姫の秘密4

「今回七海さん呪いが解けたことによって、優里さんの呪いも解くことができると判明したわ」

「そうですね」

 ノースキャニオン家の屋敷の裏手には背の高い木が並ぶ林があり、その中に木でできた小屋がひっそりと建っている。

 建付けの悪い扉に、壁に並べられた狩猟用の銃や縄などの道具。真ん中には大きな木のテーブルがあり、木で作られた不格好な椅子が二つだけ用意されている。ここは、舞紗と虎徹が使う密かな隠れ家だ。

 虎徹は伯爵から屋敷に出入りしてもいいという許可を得ていたが、元猟師という身分もあって屋敷に入りづらく、舞紗も屋敷の空気が合わないのかこの場所へ戻ってくることは多かった。

 今日は父からマイサレアのハーブティーを水筒に入れて持たされている。

「七海さんは思いを伝えたいって気持ちが爆発して言葉になったんだと思う。でも優里さんは……感情が栓になっているのに感情が高ぶったら発作になっちゃうなんて……難しい」

 舞沙は腕を組んで天井を見上げた。確実に情報は集まっているが、そうこうしている間に一か月も経ってしまう。自然を失っていくノースキャニオンの現状を見ている舞沙にとってそれはなんとももどかしかった。


「それにしても……皆さんはこんなにも国に向き合っているんですね」

「え?」

 虎徹は猟銃の筒の部分を丁寧に拭きながら呟いた。

「どういうこと?」

「私には神話のことや龍のことなど分かりません。つい先日まで黒龍なんて実在しないものだと思っていました。しかし今回集まって真剣にテイル王国の在り方を議論している姿を見て、これが我々庶民との違いかと痛感しました」

「そう、なのかな」

 舞紗は恥ずかしそうに頭巾を下に引っ張った。メイドや執事にはない虎徹の優しい声は時折くすぐったい。

 自分はまだ幼く力がないと実感しているが、父や優里など信頼している人たちが褒められるのは少し誇らしい気分だった。

「ノースキャニオンの次期当主は舞紗様がよろしいかと思います」

 筒が磨き終わり、今度は猟銃のパーツを丁寧に組み立てていく。舞紗は虎徹の角ばった手を見つめた。

「それは……嫌。後を継いだらこうして虎徹と屋敷の外でサボることができないもの」

「舞紗様……」

「ねえ、お掃除が終わったら久々に狩りごっこをしない? そうしないと銃の腕が鈍っちゃいそうで」

 舞紗は懐から拳銃を取り出す。これも、以前虎徹に貰った大事な拳銃だ。

「ええ、喜んで」

 椅子から跳ねるように飛び降りて窓の外を眺める。一週間後のパーティーには自分も一緒に行くようにと父に言われてしまった。 

 その時は流石に赤い頭巾を被ってはいけないだろう。

 だから、紐の部分をきっちりと閉めて、北の赤頭巾らしくいようと胸を張って空を仰いだ。



「月彦……疲れたぁ……」

「か、輝夜ちゃん」

 輝夜は部屋に入ってきた月彦を見て、わき目もふらず飛びついた。

 今日は白衣を肩に引っ掛けただけのワンピース姿だ。

「あのクソ男に愛想振りまくのも限界やし、怪我をした使用人や市民たちの手当てだけでも手一杯なのに赤龍が現れるし、優里は危険に晒されるしクソ男はシスコンクソ男だったし情報量が多すぎやわぁ」

 サウスポートにいる間、輝夜は殆ど素を見せていない。自分はウェストデザート家の正統後継者ではなく、医療を行う面で将斗に金銭面で援助もしているため、礼儀をわきまえ令嬢として謙虚に振る舞わなければならない……輝夜はそれを強いられるような社会で生きている。が、それも続けば疲労の原因になった。

 月彦の身体に顔を埋めると、幼少の頃からよく知っている彼の匂いがして少し落ち着く。

 疲れた心にはこの幼馴染の匂いがよく効く。

 ずっとそうしていると、月彦が輝夜の頭を不器用に撫でた。なんとか自分を癒そうとしてくれている、その不器用さも心地いい。

「ただ、優里の呪いを解くための手がかりは得た。呪いによって隠してしまった本当の思い……それが解き離れる時呪いは解ける」

「でも……優里さんの思いって?」

「そりゃあまあ、こういうのは愛の力って決まってるんやない?」

 月彦から離れ、下から顔を見上げる。いつの間にか背も高くなって顔立ちも随分と変わった。

 黙っていればミステリアスなイケメンと名高いが、素を見せれば実にポンコツ。そんなところも愛おしかった。

 いつだって月彦は輝夜にとって大切な人。そして優里にもまた同じように大切と思える相手がいるはずだ。

「……分かるような、分からないような」

「そういう時は分かるっていっとき?」

 月彦の襟を引っ張ってキスをする。次に優里たちが向かうのはセントラルランドだが、果たして無事にパーティーを迎えられるのか。

「にしても、東西南北どこにも犯人がいなかったとすれば残りは一か所か……」

「輝夜ちゃん、襟引っ張ったまま物思いにふけるのやめて」

 パーティーまで一週間もない。輝夜は自分ができる最善の策について考えた。

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